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[SR-001-02] 第一章:最初に考えること

本ページは「社会人のための楽器の継続と上達の手引き」の全11ページ中の2ページ目で、「第一章:最初に考えること」の章です。

※本書にはペーパーバック版およびKindle版も存在します。また、書籍の詳細については、シロイブックス公式サイトの書籍情報のページもご利用ください。


あなたの動機を解き放つ

音楽が人生に与えるもの

さて、最初に自問してみましょう。あなたは何のために楽器を弾くのでしょうか?

興味本位から生きがいのレベルまで、人によってさまざまだと思いますが、それは突き詰めれば「自分がやりたいからやるんだ」という以外にないと思います。ここには何も立派な理由は必要ありません。それでいいんです。それこそが本物で、本当のものはそこにしかないからです。

話をぐっと広げて、人が生きる意味について考えてみます。あらゆる人間はたまたま生まれてきただけなので、生きるということに対して、最初から何か意味が与えられているということはありません。この宇宙が存在しているのは何かの偶然で、地球みたいなものがそこに発生したのもたまたまで、人類がこのように進化したのは自然界の気まぐれです。この世界に必然というものは何も存在しません。物理世界は意味の世界ではなく、そこにただ存在しているだけです。

そういう中で、「人生にいったい何の意味があるのか」と問うことは適切ではありません。人生の意味というのは、自分でつくるものなんです。人が大変な仕事をして、友人や恋人や家族といった関係を築いて、ときどき落ち込みながらも毎日頑張って生きているのは、すべてこの「人生に意味をつくる」という行動になっています。

いきなり大きな話をしましたね。楽器の上達について解説するはずの本で、まさか人生と宇宙の話が出てくるとは思わなかったでしょう。しかし、これは大切な話です。音楽と楽器というのは、あなたにとって本物の動機の対象になることがあり、あなたの人生に対して、実際にそのような意味を与えうるものです。

それで、あなたは音楽が大好きで、楽器に対して希望と可能性を見出しました。人生の中で、誰もが本当にやりたいことを見つけられるわけではないので、これは幸運なことです。大いに喜んでいいことです。

趣味の音楽活動においては、仕事のような責任や義務は何もありません。どうぞ全力で楽しんでください。本書は、そのようなあなたを応援するために書かれています。

楽しいことは常に大変

「楽しい」ということを考えるとき、重要な視点があります。それは、人が何かを楽しいと感じて、そこに意味があって充実していると心から思えるときには、それは必ず大変なことでもあるということです。

自分が本当にやりたいことや、夢中になれることを見つけた人というのは、すごく輝いて見えます。自分もそういうことを見つけたいけれど、自分には何もない、と感じることもあるでしょう。ただ、ここで気をつけるべきことがあって、人前に立つようになった表現者が見せてくれるのは、最終的な成果物だけだということです。一枚の綺麗なイラストを見るときには、細かな修正が繰り返された下書きや、ボツになった多数の描きかけの作品、それまで何十年もかけて積み重ねてきた膨大な時間といったものは見えません。

キラキラして見える作品も、それをつくり出しているのは決まって地道な作業です。あなたがこれから楽器に真剣に取り組むのなら、その先に待っているのは、どうにも味気なく感じられる毎日の練習と、いつまで経っても上手くならないという消えない悩みです。あなたはいつか、人前で気心の知れた仲間と一緒に渾身の演奏をして、楽器に取り組んできて心底よかったと感じられるような瞬間を手にすることができるかもしれません。しかし、それを得られるのは、目の前の長い道のりに挫けることなく、コツコツと日々を積み重ねてきた人だけです。

このようなことは楽器に限った話ではなく、仕事の場面でも、友人関係や恋愛といった人間関係であっても同じです。これは人生の中で意味のある何かを手に入れようと思ったときに、必ず現れる法則のようなものです。

これは何も、苦しいことに耐えよといった古くさいメッセージを送りたいわけではありません。パズルを解くのが面白いのは、それが難しいからです。小さな子どもにも解ける簡単ななぞなぞで、大人が真剣に楽しむということはできませんよね。自分の取り組んでいることが困難なことで、価値のある何かを簡単に得ることはできないのだということをちゃんと理解しているのなら、大変な過程だって楽しみに変えることができます。

登山をする人に対して、「景色のいいところなんて普通の観光地を回ればいくらでもある」「もっとすごい絶景がネットですぐに見られる」などと言って勝った気になっている人がいたとしたら、それはちょっと滑稽なことです。自分で何もせずに「あんなことして楽しいのかね」と言う人は、そのような価値のあるものを手にすることが永遠にできません。

動機が自発的ならば、人はいくらでも頑張れる

「仕事がつまらない」ということはよく言われますね。本来、人は技術を行使することを楽しむものです。デザイナーやエンジニアといった専門職は、自らの頭と手を使って、難しい課題を解決するということを楽しみます。そして、これはもっと一般的な仕事にも言えるはずです。

刺繍や編み物といった趣味は、全体としては美的なセンスも知識も技術も要りますが、実際に長い時間やることになるのは、規則的に手を動かすという繰り返しの作業です。「スキルは必要だが、概ねパターンに沿った繰り返しである」というのは、事務職などの多くの仕事にも当てはまることだと思います。ところが、刺繍は楽しめても事務仕事は楽しめないという人は多く存在します。

何がこれを分けているのかというと、それは動機が自発的であるかという点です。他人の仕事をただやらされているだけだという感覚があれば、それが楽しくなくなるのは当然です。仕事を楽しんでいるデザイナーは、自分の担当している案件に対して「これは自分の仕事だ」という姿勢を持っていることでしょう。単に自分がこの業務の担当者であるという意味ではなくて、この仕事は他人のものではなく自分のもので、自分にとってそれはやる意味のあることなんだという感覚です。

もっとも、仕事を楽しめずにくすぶっているデザイナーというのもいるはずなので、この種の「クリエイティブな」仕事だけを美化しているわけではありません。ポイントは、その仕事の中に自発性を見出したかということにあります。ごく普通の事務仕事をやっている人の中にも、そのような楽しみを見つけられた人というのは一定の割合でいるはずです。

言うまでもなく、仕事というのは大変なことです。その大変さの中に、やりがいや楽しみを見出せた人たちがいます。あなたがこれから取り組もうとしている楽器は、仕事のように生活上の必要に迫られたものではなく、ただ好きだからという気持ちで向き合うものです。それならば、それが大変な道だということが明らかになったとしても、そこに意味を見出すことは、仕事よりもずっと容易なはずです。

動機があなた自身の中にあるのなら、大変な道でも頑張れるはずです。

夢を持ったほうが面白い

「こんなふうになりたい」をイメージする

楽器は弾きたいけれども音楽はあまり聴かない、といった人はいないでしょう。本書の読者はきっと大の音楽好きで、憧れのミュージシャンだってたくさんいるはずです。これを「憧れ」ではなく「目標」に切り替えてみてください。

ここでは知名度や成功といった物差しは関係ないし、演奏技術の面で同じレベルまで到達するという意味でもありません。この人のように自分を表現してみたい、人の心に響くような何かを届けたい、と感じさせてくれたアーティストはいないでしょうか。自分もそのような人間になるぞ、ということを決心するんです。

「この人が目標だ」という対象を、はっきりとひとりに絞る必要はありません。重要なのは「この人たちと同じ世界に立とう」と決めることです。表現者やアーティストといったものを、どこか遠い別の世界にいる人たちととらえるのではなくて、自分もそこに仲間入りするのだと考えてください。プロと比較して、演奏技術が拙いといったことは問題ではありません。

演奏活動を本格的に行うようになると、自然に楽器を弾く人たちとの人間関係のネットワークが広がっていくと思います。そして「自分もこの人のようになりたい!」と感じさせてくれるような、上級者の人に出会えるかもしれません。おそらくその人はあなたと同じように、普通に仕事をしながら音楽に打ち込んでいる人です。このような人を目標にするのもいいことです。

こうした人の存在は、実際に仲良くなって一緒に演奏するということもできるので、あなたの音楽人生において、プロのミュージシャンよりも刺激になるかもしれません。人は実例を見たほうがやる気が出ますから、身近に目標となる人を見つけるのはよいことです。人間関係を広げるということについては、第七章の「人間関係から得られるもの」でも詳しく考えていくつもりです。

ゴールはないが、チェックポイントがたくさんある

楽器の上達には終わりがありませんが、ところどころで到達点になるイベントが待っています。たとえば、以下のようなものです。

  • ひとりで練習するのではなく、仲間と一緒に演奏を合わせる

  • ほとんど知り合いしかいない発表会で、人前で演奏する

  • 人通りの多い、にぎやかな屋外イベントで演奏する

  • ギャラの発生する演奏をする

  • レコーディングを行い、音源をリリースする

自分がこのようなことを行えるようになったところを想像してみてください。ワクワクしないでしょうか? 初めてそれを経験するという感動がまずあって、そこから何年も経つうちに、次第にそれがあなたにとって当たり前のことになっていきます。あなたが小さかった頃を思い出してみれば、自分ひとりで電車に乗ることだってドキドキしたことでしょう。それと同じで、今は遠くの世界にあるように思えるライブという場が、電車に乗ることと同じくらい当たり前のことになる可能性があるということです。

レコーディングを行うという段階まで到達する人は多くないはずなので、誰もがそこまで行けると主張するつもりはありません。しかし、発表会に出るといったことを想像するのは難しくないはずです。楽器の演奏者を求めている屋外イベントなども、探してみれば案外あります。満員のスタジアムでライブを行うような華やかなアーティストのイメージを取り除いてみれば、アマチュアの演奏者が活躍できる場所というのはたくさん存在しています。

音楽に真剣に取り組むようになると、こうした感動するような体験がたびたび得られて、かけがえのない思い出になっていきます。これは夢の話ではなくて、現実の話です。あなたがその気になるなら、それは得られます。

現実が夢を超えてくることがある

私はこのことをはっきりと保証したいのですが、この先、あなたが想像しているよりももっと素晴らしいことが待っています。現実が予測を超えて展開したとき、人生は面白くなります。

さきほど、なりたい姿についての目標を持とうという話をしました。自分も表現者の仲間入りをするのだという話ですね。この目標は、音楽活動を進める中で徐々に変化し、より具体的になっていくはずです。ちょうど小学生よりも大学生のほうが、将来の職業についてしっかりと考えられているようなものです。通常、子どもの夢と大人の夢を比べるなら、大人の夢のほうが現実的で、やや味気ないものに感じられると思います。

しかし、職業とは関わりのない音楽活動について言えば、これは当てはまりません。夢みたいな夢を実際に持って、それを現実にしていくことができます。ステージの上で演奏するなんて、今は想像もつかないという人も多いはずです。しかし、五年後や十年後のあなたには、それがときたま国内で一泊二日の旅行をするような、週末のごく当たり前の風景になっているのかもしれないのです。

夢を大きく持ってください。それを笑う人はいません。

この第一章では、楽器に取り組むことの大変さと、そこから得られる価値について考えてみました。続く第二章からは、日々の練習をどう続けていくかといった実践的な内容に入っていきましょう。

【次の章へ】第二章:練習をどう続けるか
【前の章へ】はじめに:本書が目指すもの

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書籍「社会人のための楽器の継続と上達の手引き:練習の習慣化から、音楽性を深めるまで」のnote版です! 楽器を楽しく続けるにはどうしたらいいか、興味のある方はぜひ試し読みしてみてくださいね。

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