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認知と認知症

 参った。
 まさか、医者の口から認知症患者のことを「認知」と呼ぶ状況に遭遇するとは。
 参ったというか呆れたんですわ。

 アホかと、バカかと。
 ( ゚д゚)ポカーン でした。

 高齢者医療や福祉の領域において「認知症」は切っても切れない、というか、永遠のテーマの1つになっております。
 だからこそ身近な「症状」であり、身近な「問題」であり、身近な「課題」だったりするのです。
 とはいえ、生物学的に人間が長齢種になるとは想定しなかったこともあって、そんな脳ダメージの1つとしての副産物がタウ蛋白なわけで……と、話が意味不明になりかけているので、戻すえー。

 で、「認知」です。

 皆さん、認知ってなんですか?

 と問われて、すぐに「認知症」と答えた人は、速攻で「火炙りの刑に処します。」と、言いたいのを我慢しつつ、親指を下に向けながら心の中で『go to hell』とつぶやきながら、笑顔を向けちゃいます。

 ……ってなぐらい、「認知」と「認知症」には大きな隔たりがあります。

 さっと「認知」という単語を調べてみると、goo辞書では以下のように記されていました。

 1 ある事柄をはっきりと認めること。「反省すべき点を—する」

2 婚姻関係にない男女の間に生まれた子について、その父または母が自分の子であると認め、法律上の親子関係を発生させること。

3 《cognition》心理学で、知識を得る働き、すなわち知覚・記憶・推論・問題解決などの知的活動を総称する。

goo辞書

 状況や事象により若干の意味合いに変化はありますが、いずれも共通しているのは、「目の前にある物・こと・様子を『認める』こと」に尽きます。

 さらに3番目の《cognition》を深掘りし、今年2月までお世話になった社会福祉士国試ナビの説明において、「認知」の意味を以下のように書いています。

 認知
 ・感覚や知覚をはじめとして全ての能力を活用した情報処理活動
 ・知識を獲得し、組織立て、それを利用すること

社会福祉士国試ナビ2024

 目の前の事象を認めて、そこからさまざまな構築や活用に結びつける、最初のきっかけが「認知」という意味と言っても良いと思います。

 さて、一方の「認知症」とは何でしょう?

 再び、社会福祉士国試ナビより引用します。

 脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の気質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態

社会福祉士国試ナビ2024

 全く意味合いが違うんですよね。
 認知は「事象を見て認める行為」であって、認知症は「事象を見て認める力が低下した状態」なのです。

 だから全く言葉が違う。

 多くの医療従事者や福祉従事者は、軽く認知症患者のことを「認知」と指して呼びますが、これ根本的に間違っております。

 スラング、いやそれ以上、もっと言えば、認知症患者さんをバカにした表現です。

 多くの高齢者の方は「認知症」という言葉やその病態に対し、かなり過敏です。
 過去に症状を起した親や親戚やご近所、もしかしたら友人知人の状況(特に周辺症状による思わぬ行動や行為)を目の当たりにして少なからずショックを受け、「自分はあのようにはなりたくない」という思いを抱いた方も多いと思います。
 そんな自身の身体の衰えを感じながらも人に迷惑をかけたくない思いの一方で、どうしても世話にならざるを得ない状況の中、その世話になってるスタッフさんが陰で「認知、認知」とか言っているのを耳にすると、それがあたかも「自分のように言われている」と錯覚に陥ることは大いにあります。

 現に自分自身が、《揺れる高齢者》の精神的ショックを目の当たりにした出来事を経験したことがあります。

 ******

 認知症の名称が「痴呆」から変わって10年程度経過したかで、「認知症」という単語が定着したかなー、な感じの頃のことでした。
 その頃ワイはポンコツMAXな病棟看護師をしておりました(今も詰んでる専門職を持続しております)。
 ある日の夕方、詰所内でスタッフ数人が申し送りのような感じの何気ない会話の中で、ある先輩スタッフがBPSD症状がかなり強い(ろう便、被害妄想、暴言)認知症患者Aのことを「認知、認知」と連呼し揶揄していた会話をしていたのです。
 ワイはその頃はまだ認知症のことをさして大きな病気(症状)と捉えてはなく、【老いからくる生理的な人格障害】と受け止める程度でした。
 なので、先輩の話は患者Aの情報として、ごく普通に「( ´_ゝ`)フーン」と話を聞いてました。
 そこに、たまたま別の高齢者患者B(女性、その時は穏やかであった)が詰所の前を通りました。
 運悪く、先輩の連呼する「認知、認知」の単語を耳にしたBさん。
 通りかかった際に、ギョッとした不安な表情を見せたBさんのそれを、ワイ、偶然にも見てしまったのです。
 穏やかだった表情が不安に変わる瞬間。
 何故かそれがかなり印象的だったのです。
 それで、「認知、認知」の単語が精神的な不安定の要因となり、実際にBPSD(Bさんの場合は急な激しい暴言と暴力)が出現したのです。

 別の日の準夜勤務でのこと。
 就寝前の時間となり、普段は穏やかに消灯の際には「おやすみなさい」とスタッフに声をかけて下さるBさんが、その日は違いました。

 別スタッフが消灯で各病室を回っていた時、Bさんのいる部屋の辺りで甲高い怒号が聞こえてきました。
 ワイは別の作業をしていたのですが、ちょっと尋常じゃない様子を察して声がある方に向かいました。
 そこには、オーバーテーブルの上に置いていた吸飲みを掴み、まさに別スタッフに投げつけようとしたBさんの姿がありました(Bさんは4人部屋の廊下側のベッドで、他の患者はすでに寝ていたり、個人テレビを見るなりで、自身のスペースをカーテンで隠す状態でいました)。
 ひとまず、Bさんの手から繰り出されそうなお茶の入った吸飲み攻撃が別スタッフの服にクリティカルヒットしないために、Bさんの吸飲みを掴んで引き取った冷静沈着モードなワイ。
 ものすごい剣幕で怒号を放つBさんをその場に居らすことは、別患者の不眠と、その後の不安定を招きかねないわけで、下手をすれば夜勤以降の不安定に続くめんどくささを回避する(=入りの先輩のお叱りを受けない)ためにも、近くに停めている空きの車椅子を用意し、Bさんに「話は詰所で聞くけー まあちょっと移動しましょうや」などと宥めながら、どうにかBさんを車椅子に乗せて詰所に移動。
 詰所でBさんの話を聞くワイ(フリーで救急車搬入時の対応要員であったので、消灯以降は基本ヒマ)。
 まずは本人に落ち着いてもらうために、Bさんの様子をみつつ、吸飲みのお茶をコップに移し、頃合いをみて水分摂取してもらおうという作戦をとってみました。
 Bさんはひたすら「そうじゃない」という言葉を吐いていて、理解に窮しました。
 別スタッフは消灯後退勤だったので、帰る間際にさくっと状況を聞くと、『《私はボケてないのにボケたボケたと言われる……辛い、辛い》と焦点なく呟くBさんに声をかけようとしたら、「あんたも私をバカにするんか!」と急に怒り出した』という状況となった、という。
 当時はまだ看護記録は手書きの時代、カーデックスをバシバシ捲りながらBさんのページを開き、当日日勤以前の記録を読み返す……ん?
 どうも昨夜とその前の日の同じ時間にも、Bさんは暴言をスタッフに吐いている状況だったのです。

 同じ時間に同じ状況……。

 フリー業務のスタッフは、別の申し送り(救急関連)を聞くので、病棟の申し送りは当日準夜のスタッフや日誌で把握する程度。なので、微細なことはスルーされていました。
 当時、Bさんの異変は微細レベルで放置されていました。

 ですが、穏やかだったBさんが急に同じ時間に変貌する点に違和感を感じたワイ。
 その日の病棟受け持ち担当の同期看護師が消灯時頃の点滴交換が終わって詰所に戻ってきたので、その違和感を話したところ、同期は「まさか……」と、以前の夕方の先輩スタッフの「認知、認知」話を出したので、「(*゚ロ゚)ハッ!! 」となったワイ。

 詰所を通りかかったBさんの表情の変貌、その頃から同じ時間に同じ豹変。
 他の患者にではなく、他のスタッフにではなく、白衣を着た看護師にだけ暴言を吐くBさん。

 なんか全部が繋がったで……。

 呼び水となった状況を結果的に目の当たりにした、ワイ。

 ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!!!!

 となり、ワイはその繋がりを同期に話し、同期も「ガ━(゚Д゚;)━ン!!!!!」となる。
 そして2人して、

 (´Д` ;)ウワァーーーーー!!!

 な状況になったのです。
 が、起きた事実は戻せない。

 なので、同期とともに、当日準夜勤務の先輩スタッフ(主任さん)に、仔細を話し、急なBさんの豹変(当時まだBPSDという単語も、中核・周辺症状という概念も、ほとんど浸透していなかった)を伝え、どうすればいいかを相談しました。

 主任さんがとても理解ある人であったのもあり、また当日の当直医が心療系に明るい医師だったのも救いで、結果、主任→医師のコンボでBさんに関わったこともあり、Bさんの頭の中の混乱をBさんの言葉で話し、吐いたことで、落ち着きを取り戻しました。

 話の中で「自分はボケてしまったの?」と自問するBさんの言葉には苦しみが滲んでいました。

 病院なので、やはり不安定な状況には内服……という流れで、ひとまず今内服するための抗不安薬が処方され(ワイが薬局で調剤受け対応をして)、Bさんに内服してもらって就寝となりました(記録でその後は朝まで安眠しましたとのことだった)。

 翌日に担当医にも豹変話は伝わり、退院するまでの毎夕Bさんは抗不安薬の内服の継続となり、以降、大きな暴言暴力が出ることはありませんでした。

 ただ、きっかけとなった「認知、認知」話は詰所での会話であれ、認知症患者を卑下する話だったとスタッフ全員で反省することとなり、またBさんが退院するまで、時間をかけてスタッフ全員でBさんへのショックを薄めていく対応をした経緯があります。

 ******

 まさに「認知症」を『認知』と呼んでの隠語が本当に認知症発症の呼び水になった例で、今でも印象深いです。

 とにかく、高齢者に関わる仕事に就く人は、「認知」と「認知症」の言葉の違いをよーーーーーーーく理解してください。

 で、歪んだ使用方法を現に実践している人は、その誤った使用を「認知」してくださいね。

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