Off Flavor入門〜①イントロダクション
有名なアンナ・カレーニナの法則は、オフフレーバーにも当てはまります。つまり異なるオフフレーバーにはそれぞれに異なる発生原因があります。
しかしながら異なるオフフレーバーの発生原因にも、共通の仕組みがあります。このシリーズでは最初にオフフレーバーの仕組みをざっくり見て、その後に個々のオフフレーバーの「不幸の理由」を論じていく構成にしたいと思います。
初回はイントロダクションとして、オフフレーバーの意義などについて。
オフフレーバーとは
本来はビールにあってはならない、好ましくないフレーバー(味わい)のことです。ビールは7,700種類以上の化学成分から成り立っていると言われており、それぞれのレベルが適正に保たれていると素晴らしい味わいになります。ところが、ある種の化学成分が突出してしまうとそれがオフフレーバーとして認識されます。
オフフレーバーの原因は、原材料に問題がある場合、醸造工程に問題がある場合、保管が不適切な場合などがあります。
オフフレーバーの意義
オフフレーバーは審査会やブルワリーでの出荷判定時の官能評価などで厳しくチェックされます。ビールの審査会では顕著なオフフレーバーがあると真っ先に落選しますし、オフフレーバーがあるビールが入賞することは稀だと思います。
しかしながら、オフフレーバーだけがビールの良し悪しを決める要因ではありません。ビールの味わいは様々な成分のバランスの問題であり、味わい以外にも外観やマウスフィールというフレーバー以外の要素も関係してきます。
また、訓練を積んだビールの審査員でも、ある特定のオフフレーバーに敏感な人とそうでない人がいます。一般の消費者ではもっとオフフレーバーに対して寛容なことが多いです。究極的には「ダイアセチルぷんぷんのビールでもその人が飲んで美味しいと思うんだったらいいじゃん」と思います。しかめっ面してアラ探しをしながら飲むビールは美味しくありません。
とはいえ、だからと言ってオフフレーバーを軽視することはできません。
なぜ今オフフレーバーか
地ビールブームと呼ばれた1990年代後半には新規参入が多く、1997年には125件の新規参入がありました。技術や経験の不足からオフフレーバーが目立つビールがたくさん出回り、それが原因で「地ビールは美味しくない」というイメージが定着してしてしまいました。2000年代以降しばらく地ビール暗黒時代が続いたのは皆様のご認識のとおりです。
近年のクラフトビールブームで新規参入が再び劇的に増え、2022年は124件とピークに近づきました。地ビールブームのピークですら300程度だったブルワリー数は今は700を超え800程度と言われています。こういう状況で懸念されるのは暗黒時代の再来です。
美味しいビールは主観的なものですが、オフフレーバーの顕著なビールはいわば「足切り」対象であると思います。すべてのビールの中から足切り対象を除外した上で、どれが美味しいか/どれが好みかを論じていくのが理想です。野球でいうとストライクとボールのようなもの。ストライクゾーンにきたボールを打つのが基本です。際どいコースで判定に悩むこともあるし、場合によってはボール球をホームランにすることも可能ですが、大まかな指針としてはストライク/ボールは大切なものです。
シリーズの展望
今シリーズは前提知識編と解説編に分けた構成を考えています。
前提知識編
オフフレーバーの理解にはビール知識だけではなく分子レベルの化学的理解が必要です。まず感覚器官が匂いを感じる仕組みについて触れ、主に有機化学や生化学的な内容をカバーしたいと思います。化学以外ではガストロフィジックスやビアスタイルに関してもさわりだけ触れたいと思います。
扱う項目は下記のような感じでしょうか。
匂いと味を感じる仕組み
電子の性質と原子軌道
有機化合物の構造
有機化合物の反応
酸化とは
エネルギー、触媒、平衡
酵母の活動と汚染
オフフレーバー目線でビアスタイルを読み解く
個別紹介編
個別紹介編は、個々のオフフレーバーを順次紹介する感じです。Brewers AssociationやSiebelから出ている情報をベースにしようと考えています。
アセトアルデヒド
酢酸
酪酸
カプリル酸
ダイアセチル
メルカプタン
THP
フェノーリック
DMS
イソ吉草酸
H2S
T2N(酸化臭)
日光臭
例によって書いてる途中で他にも項目を思いつたり、削除したり、統合したり、順番を変えるかもしれません。そして、ちゃんと最後まで書ききれるかどうかも分かりませんが、気長にお付き合いください。
全体を通して
科学的な話が多くなりますが、初学者ゆえあまり専門性のある話はできませんし、説明が至らない部分もあるかもしれません。
科学読み物として一般教養レベルの解像度にしたいと思います。特定の分野の研究者から見ると一つ一つは不十分な内容かもしれませんが、専門性というより広く色々な分野を繋げて理解できるような工夫をしていきます。
また、オフフレーバーの話を掘り下げてするからと言って、うちのビールが完璧と思っているわけではなく、傲慢に上から目線で考えているわけではありません。私自身の知見もうちのビールもまだまだ発展途上なのでこれからも勉強していきたいです。
参考文献としてはこんな感じです。まだ読みたすかもしれません。
次回へと続く
次回は、オフフレーバーを感じる感覚器官の説明をメインにし、補足的にガストロフィジックスの話をしたいと思います。
お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。
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