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ビールと水〜⑭味わいに影響するイオン成分

前回からの続き
前回はイオン成分の概論として麦汁中のイオン成分が仕込や発酵にどう影響かを取り上げました。今回は最終的にビールに残ったイオン成分がどう味わいに影響するかを見ていきます。


ビールの味わいに影響を与えるイオン成分

このシリーズの初期から、ビール屋が重視するイオン成分は以下の6つだと述べてきました。カルシウムイオン(Ca 2+)、マグネシウムイオン(Mg 2+)、バイカーボネート/炭酸水素イオン/重炭酸イオン(HCO3 -)、ナトリウムイオン(Na +)、塩素イオン(Cl -)、硫酸イオン(SO4 2-)です。
HCO3 -はアルカリ度に関係し、味わいにはあまり関係しないので、今回の投稿ではHCO3 -以外の5つのイオン成分について触れたいと思います。

カルシウムイオン(Ca 2+)

昔から「カルシウムはブルワーの友」と言われていたようです。すでに何度も述べたようにカルシウムはリン酸塩と結びついて、麦汁のpHを下げる反応において中心的な役割を果たします。カルシウムは他にも旺盛な発酵を促し、ビールの清澄性を高めるのに貢献し、Mash時に酵素の働きを助けると言われています。
味わいにおいてのカルシウムの特徴はほとんど味がしないこと。つまり醸造工程での効能が多く必要なイオン成分であるにも関わらず、ほとんど味わいの邪魔をしないので、めちゃくちゃ重宝されるということです。
官能閾値としては200ppm程度と言われ、それ以上になるとミネラル感を感じるそうです。

マグネシウムイオン(Mg 2+)

マグネシウムにも麦汁のpHを下げる効果がありますが、その効果はカルシウムの半分程度と言われており、カルシウムほど重宝されていません。カルシウムと違って、水質調整でマグネシウムを足すことはほとんどありません。
マグネシウムが忌避される理由は味わいへの影響です。含有量が高くなると「苦味」「酸味」を感じると言われています。一般には仕込水の段階で40ppm以下であると望ましいと言われています。
解糖系でマグネシウムが使われるので発酵には5ppmほどのマグネシウムが必要ですが、醸造水のマグネシウムイオンが少なくても気にすることはありません。麦芽の成分が溶け出し、麦汁には70ppmほどのマグネシウムが含有されるのは前回見たとおりです。

ナトリウムイオン(Na +)

5つのイオン成分の中で最も意識されないのがナトリウムかもしれません。醸造の実務の中でナトリウムを足すのは、アルカリ度を上げるために重曹(NaHCO3)を足すか、ゴーゼを造るときに塩(NaCl)を足すときくらいだと思います。そういうシチュエーションは日常的ではないですよね。
ナトリウムイオンは低いレベルだとマウスフィールを改善すると言われています。ボディが豊かになるという感じでしょうか。150ppmを超えると塩味を感じるようになります。

塩素イオン(Cl -)

塩素イオンは硫酸イオンとともに最もポピュラーなイオン成分の一つです。水質調整で塩化カルシウムを投入するときに副産物的に導入されることが多いです。味わいの特徴としては、モルトのキャラクターを丸みを帯びたものにし、ボディ感を高め、時には甘みすら感じるような効果を付与します。マウスフィールを求められるHazy IPAは塩素イオンを高めにしていることが多いです。これは次回Sulfate-Chloride Ratioとして解説します。
味わいに関しては良いことが多く見える塩素イオンですが、多すぎるといろいろな弊害があります。100ppm以上で金属を腐食させるリスクが高まりますので、醸造設備にダメージを与えるかもしれません。300ppm以上だとビールの清澄性やコロイドの安定性に影響を与えます。400ppm以上でビールのフレーバーに好ましくない影響を与えると言われ、500ppm以上でビールの発酵に悪影響を与えます。
ちなみに塩素は水道水の殺菌でも使われます。この場合、殺菌効果があるのは、塩素が水と反応してできた次亜塩素酸(HOCl)や次亜塩素酸イオン(OCl-)であり、これらと結合塩素(アンモニアなどの化合物と結合した塩素)を合わせて有効塩素と呼ばれています。水道水のカルキ臭は塩素イオン(Cl-)ではなく、有効塩素に由来します。

硫酸イオン(SO4 2-)

硫酸イオンもビール屋にとってはとても馴染みの深いイオン成分で、水質調整で硫酸カルシウム(CaSO4)を添加するときに副産物的にビールに導入されます。味わいとしては、ホップの苦味を引き立たせせ、ビールをドライにする効果があると言われています。
硫酸イオンは「ホップフレーバーを引き立たせる」と主張する人もいますが、どうやら実際はホップの苦味を引き立たせるだけで、ホップフレーバー自体にはネガティブな効果があるようです。硫酸イオン濃度が高くなるほどホップフレーバーは損なわれるという研究が「The New IPA」で紹介されています。
ペールエールの聖地バートンオントレントの水は硫酸イオン値が高く、この水質を模倣しようとする試み(バートナイゼーション)が長らくビール屋では流行っていました。ウエストコーストIPAは硫酸イオンが高めで、苦味が引き立ち、ドライに仕上がっているものが多いです。

Less is Better

ここまで各イオン成分の味わいへの影響を見てきました。イオン成分を分類する下記のいずれかになると思います。

  • 低いレベルだと味わいに対してニュートラルだが、高いベレルだとネガティブ

  • 低いレベルだと味わいに好ましい影響を与えるが、高いベレルだとネガティブ

今回挙げた5つのイオン成分以外でも金属イオン(鉄、銅など)やカリウムなど水にはたくさんのイオン成分が存在しますが、いずれも一定のレベルを超えると味わいに好ましくない影響を与えます。高いレベルで存在していて、味わいに好ましい影響を与えるイオン成分は皆無と言って良いと思います。というわけで水質調整においては、イオン成分は低いほうが望ましい=Less is Betterが原則となっています。

次回へと続く

今回はイオン成分がビールの味わいにどんな影響を与えるかを見てきました。次回は現代の神話Sulfate-Chloride Ratioについて触れたいと思います。

新しいビールの紹介です。

ウエストコーストIPAのTrigger第2弾。ビールと水の歴史を考える上でウエストコーストIPAは避けて通れないスタイルです。ウエストコーストIPAは伝統的に硫酸イオンが高めで苦味が引き立ち、シャープなマウスフィールが特徴です。
今回はちょっとひねりを加えてNZ酸ホップをふんだんに使いました。

Trigger Chapter.2

そして蒸留酒ファンの皆さん、注目です。今回のγ(ガンマ)はDistiller’s Choiceの中でも特にとんがった味わいだと思います。野性味あふれるスパイシーさをお楽しみください。

Azeotrope Malt Gin Distiller’s Choice“gamma”


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