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ビールと水〜①イントロダクション

銘醸地=名水地?

名水が湧き出る土地はビールの銘醸地と言えるのか。取材とか工場見学などでよく「なぜ小菅村に工場を作ったんですか?」と聞かれます。この質問の裏には「わざわざこんな辺鄙な場所に工場を作ったのはきっと深い理由があるに違いない。例えば水質がとても良いとか?」という質問者の意図があるように思います。小菅の水が綺麗で美味しいというのは私も思っているので、質問者の意図どおりの答えを返したい気持ちもありますが、実際は水質で場所を選んだわけではありません。
アルコール度数5%程度のビールの組成を考えると90%以上は水なので、成分上最も多く含まれている水はもちろん大事です。ただ、近代的なビール醸造ではスタイルに合わせて水質を調整することが前提になっています(「スタイルに合わせて」という箇所が重要です)。
他のお酒を引き合いに出すと、日本酒がその土地の水に合わせた酒造りをしているとすると、ビールは水質を克服して発展してきたと言えます。両者の違いは日本酒と違ってビールには煮沸工程があるというのも大きいと思います。
Rockstar Brewer Academyのヘンド氏(Steve "Hendo" Henderson)は、水に関するセミナーの中で「バートンやピルゼンの水質を真似するのはナンセンス!当地のブルワーは長年地元の水質に苦しめられていたので、わざわざ真似する必要はない。」という趣旨のことを言っています。つまり、銘醸地は必ずしも名水地というわけではなく、暴れ馬のような過激な水質を手なづけて、その水質にあったビアスタイルを模索するのがビールと水の関係の主軸だと思います。そこに物語性があり、歴史があり、文化があり、さらに科学がある、私にはかなり荷が重いですがそんな話を書きたいと思います。

ビール屋が見る項目

pHとイオン成分

日本の水道水には51の検査項目がありますが、それらは主に飲用水としての安全性を担保するためのもので、ビール業界では頻繁に参照されることはありません。(安全な水を使うというのは前提条件としてはありますが)
前述のヘンド氏はじめビール業界の人が重視する水の項目は、ざっくりいうと「pH」と「イオン成分」です。ヘンド氏は「Beer pH」と「Sulfate-Chloride Ratio」とさらに特定して言ってましたが、それには多くの人が待ったをかけるかもしれません。「Mash pHのほうが大事でしょ」「Mash pHもBeer pHも同じくらい大事でしょ」とか「Sulfate-Chloride Ratioだけでは味わいは語れないのでは?」という意見が出てきそうです。
というわけでここでは「pH」と「イオン成分」ということにして話を前に進めます。pHは、酸性/アルカリ性(塩基性)を示す例のあれです。イオン成分というのは一般にはミネラルと言われることが多いと思いますが、水の中に含まれるイオン化した成分のことで、ビール業界では特にカルシウムイオン(Ca 2+)、マグネシウムイオン(Mg 2+)、バイカーボネート/炭酸水素イオン/重炭酸イオン(HCO3 -)、ナトリウムイオン(Na +)、塩素イオン(Cl -)、硫酸イオン(SO4 2-)を参照します。

ビール銘醸地のイオン成分

水質比較 ピルゼン〜バートンのデータはWaterより

この表はビールの銘醸地と言われる世界の各都市と、Far Yeast Brewingがある小菅村のイオン成分を比較したものです。ちなみにRAはResidual Alkalinity(残アルカリ度)と言って、カルシウムイオンとマグネシウムイオン、HCO3-によって計算されます。
なかなか味わい深い表で、それぞれの土地の代表的なスタイルと水質(イオン成分)には深い関連性があります。このシリーズの後半に水質とビアスタイルの誕生ストーリーにも触れたいと思います。

ビールと水シリーズの展望

今回は、ビールと水をテーマにシリーズでざっくりとした視点で読み物を書こうと思っていて、テーマ的には下記のようなことを扱おうと思っています。

  • 水の基本性質(水は変わり者)

  • 酸と塩基って?

  • pHって?

  • アルカリ度って?

  • Mash pHとBeer pHって?

  • イオン成分

  • Survivablesな世界

  • 水質とビアスタイルの関係

  • ピルスナーの誕生と水

  • IPAと水(バートナイゼーション、West Coast IPAとHazy IPAなど)

  • 香気成分と水

  • ビールはなぜ濁るのか

書いてる途中で、項目は他にも思いつたり、削除したり、統合したり、順番を変えるかもしれません。ちゃんと書ききれるか分かりませんが、ぼちぼち書き足して行こうと思います。毎回2週間以内に次のエントリーをUPしたいところですが、どうなることやら。。。

次回へと続く

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。


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