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Off Flavor入門〜⑱酪酸

前回からの続き
前回の酢酸と同じくカルボン酸の酪酸です。カルボン酸としての有機化学的な特徴は同じなのでぜひ前提知識編や前回投稿と合わせてお読みください。


化合物としての特徴

酪酸

酪酸(Butyric Acid)は炭素数4のアルカンであるブタンにカルボキシ基がついたカルボン酸です。アルカンや官能基については第5回第6回を参照ください。直鎖アルカンとの対応表を下の図にまとめてみました。

直鎖アルカンとその対応基、化合物

アルカンから水素原子1個を除いた官能基をアルキル基と呼び、カルボン酸からヒドロキシ基(-OH)を抜いたものをアシル基といいます。ブタンのアシル基はブチリル基なので、酪酸は英語でButyric Acidといいます。
アルカンにヒドロキシ基がついたものはアルコールで、このうち第1級アルコールは酸化すると段階的にアルデヒド、カルボン酸を生成します。アルカンのうち炭素数が3以上のものは、炭素が直列で並ぶもの以外に異性体として分岐した形も存在します。分岐したアルカンやアルキル基のうち、特に存在が多いものはイソ(iso)という接頭辞をつけて慣用名とすることがあります。酪酸にもイソ酪酸という異性体があります。

イソ酪酸

イソ酪酸はホップ由来エステルの構成要素になっている例があります。アプリコット様のイソ酪酸2-メチルブチルとりんご様のイソ酪酸イソアミルが有名です。
さて、酪酸の話にもどります。酪酸はカルボン酸なので水溶液中で酸性を示します。pKaは4.8なので酢酸と非常に近いです。前回の酢酸の回で触れたとおり、水溶液中では酪酸イオンとしても存在しています。

臭い

酪酸の典型的な官能的な説明は、傷んだバター、赤ちゃんの吐しゃ物、傷んだチーズ、パルメザンチーズなどです。酢酸などの他の有機酸と同様、ビールの中には一定量含まれますが、官能閾値を超えると不快なフレーバーとして認識されます。

閾値と分析方法

官能閾値は3ppmと比較的高めです。文献によるぶれはあまりないようです。酢酸に比べると低いですが、ppbレベルやそれ以下で感じられるフレーバーもあるので、比較的高い閾値と言えます。
分析方法は官能評価とLC(GC)によるものが一般的です。オフフレーバーとしては比較的マイナーな存在だからか、ASBCで特に酪酸用に規定されている分析法はないようです。
他のオフフレーバーにも言えることですが、人によっては酪酸に対してあまり敏感でない人もいます。私も酪酸には鈍いと思います。なので官能評価パネルを構成するときは注意が必要です。

生成とコントロール

生成

通常のビール酵母の発酵では閾値を超えるような酪酸は生成されないようです。つまり酪酸がオフフレーバー化する場合は汚染が原因だということなります。汚染経路は二つに分けて考える必要があり、一つ目はクロストリジウム(Clostridium)属によるもの、もう一つはメガスファエラ(Megasphaera)属によるものです。また、ペクチネイタス属(Pectinatus)が関わることがあります。
クロストリジウム属は土壌や動物の腸内に生息する偏性嫌気性の細菌ですが、酸素がある条件でも芽胞を形成して生き延びることができます。レアな細菌ですが、非常に強い毒素を作り出すボツリヌス菌もこの属に含まれるので怖いですね。ちなみに第14回で主なビール変敗菌を紹介しましたが、この中にはクロストリジウム属は入っていません。この細菌がビールにとってはマイナーで比較的汚染リスクが少ないからです。空気中には存在しないので飛び込みで汚染することはないということですね。クロストリジウム属の汚染源は麦芽などの原材料が多いそうです。あと、麦芽カスの中で繁殖してしまうこともあります。仕込み中のトラブルで醸造工程が長時間ストップしたときなども繁殖の機会となるので注意が必要です。一旦クロストリジウム属が繁殖してしまうと煮沸では殺菌できないので厄介です。ただし、ホップや4.6以下のpHで菌を減らすことができるようです。
他の汚染菌はペクチネイタスとメガスファエラですが、ペクチネイタスが主に混濁と硫化水素をもたらすのに対して、メガスファエラは硫化水素とともに酪酸をはじめとする脂肪酸のオフフレーバーをもたらします。メガスファエラ属の中でビール変敗菌として報告されているのは、M. cerevisiae、M. paucivorans、M. sueciensisの3種です。
ちなみに汚染菌による酪酸の代謝経路としては、糖や他の有機酸が利用されるらしいですが、詳しい代謝経路は私の理解力や知識を超えているので図示できませんでした。なので今回は図解なしです。

コントロール

酪酸オフフレーバーの原因は汚染なので、コントロールは汚染を防ぐことになります。前回の酢酸のときに触れた内容以外だと、クロストリジウム属対策として麦芽カスを不衛生に放置したり、仕込み中(特に糖化工程)の中断には注意が必要です。
汚染全般に言えることですが、培地による培養検査やPCR検査も大事です。自社でできることが前提ですが、外部の検査なども利用されるのがいいでしょう。全国地ビール品質審査会は微生物検査や有機酸の理化学分析もやっています。
いつものことですが、コントロールについては薄っぺらい内容ですみませんmm

次回へと続く

酢酸、酪酸とカルボン酸が続いてますが、もういっちょ行きます。次回はカプリル酸です。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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