Off Flavor入門〜⑤有機化合物と官能基
前回からの続き
前回は分子の形と極性についてでした。
今回から2回にわたって有機化合物の構造と官能基についてざっくり眺めたいと思います。数ある官能基の中で特にビールと関係が深いものに絞りました。
有機化学の教科書では官能基の説明とその反応特性をセットにして構成されることが多いですが、このシリーズでは最初に官能基を一通り見た後に反応について抽象度の高い説明をするという構成を考えています。
有機化合物とは
有機化合物とは、ざっくり言うと炭素を含む分子(化合物)です。炭素骨格を持つものとも言えます。炭素は価電子が4つあり、4本の腕を伸ばすように4つの結合を作ることができます。これが骨格のようになり、様々な化合物ができるのが特徴です。ちなみに、二酸化炭素(CO2)や炭酸カルシウム(CaCO3)は炭素を含んでいても有機化合物とはいいません。ダイヤモンドや黒鉛などの炭素結晶も除外されます。
歴史的には生物に由来するものが有機化合物/有機物とされてきました。
有機化合物は把握されているものだけで3700万種類もあります。こんなにたくさんの種類を一つ一つ扱うのは大変です。官能基によって分類することで理解が進みます。
官能基とは
官能基は、特定の化学構造を持つ分子中の原子団です。ヒドロキシ基(-OH)とかカルボキシ基(−COOH)みたいなやつですね。識者に怒られるかもしれませんが、乱暴に例えると官能基は漢字の部首みたいなものです。漢字が「部首とつくり」で構成されるのに対して、有機化合物は「官能基と炭素骨格」で構成されます。(骨格部分が分かりづらいことも多いですが)
同じ官能基を持つからといって、それらの化合物が必ずしも似たような性質(匂いとか味)を持つわけではありません。同じヒドロキシ基を持っていてもエタノールとリナロールでは全然性質違いますよね。重要なのは官能基ごとに特有の化学反応性を示すことです。
ちなみに炭素骨格が似ていて、官能基が同じであればかなり似た性質になります。例えば後述するモノテルペンアルコール。これは2つのイソプレン単位からなるC10H16の炭素骨格(モノテルペン)にヒドロキシ基がついたもので、ホップの香気成分として豊かな芳香をもっています。
ビールに関係する有機化合物
ビール中には7,700種類以上の有機化合物があると言われています。その中でも代表的なものを官能基ごとに紹介していきます。
炭化水素
まずは炭素と水素だけで構成される炭化水素から。官能基というか炭素骨格にあたる部分です。
教科書的に分類すると上の図のようになります。これ以外にも二重結合を複数持つアルカジエン、ポリエンのような構造もあります。
炭化水素に共通する性質は疎水性が非常に高いこと。石油製品であるガスや油は大部分が炭化水素です。炭化水素の中でもアルカンは反応性に乏しいですが、アルケンなどの二重結合を持つものやアレーンは電子が非局在化して特有の反応性を示します。二重結合の有無は飽和・不飽和という言い方をします。炭素の結合相手がすべて水素か炭素の単結合で埋まっている状態が飽和です。ちょっと脱線ですが、巷で話題の飽和脂肪酸/不飽和脂肪酸というのは、構造的にみると脂肪酸の炭素骨格の部分に二重結合を含むかどうかの違いです。
ちなみに有機化学では、アルケニル基(アルケン)、アルキニル基(アルキン)、アリール基(アレーン)、共役ジエンのことを官能基ということもあります。これらは反応性が高いので、同じ炭化水素でもアルカンとは大きく性質が違います。
ビールに含まれる炭化水素といえば、ミルセン、ファルネセン、カリオフィレン、フムレンなどのホップの香気成分が有名です。これらはイソプレン2つから構成されるモノテルペン、イソプレン3つのセスキテルペンに分類されます。疎水性が高いため実はビールの中にはあまり残らない成分です。
このモノテルペンにヒドロキシ基がついたものがモノテルペンアルコールというアルコールで、こちらはある程度水に溶けるので香気成分として重視されています。
アルコール
炭素骨格にヒドロキシ基(-OH)がついたものをアルコールといいます。ヒドロキシ基が極性を持つので水和しますが、炭素骨格の部分が長くなると疎水性が高くなります。
級数による分類、価数による分類があります。級数による分類は反応性に関係してくるので有機化学では重視されます。ビールの世界で出てくるのはほぼ第1級アルコールなのであまり意識することはないかもしれません。
またビール含む醸造の世界では高級アルコールという言葉もよく聞きます。醸造業界における高級アルコールは、エタノール以外のアルコール類で炭素数は3〜5のものとされます。高級アルコールとエステルの混合物をフーゼルといいます。エタノールより水に溶けにくく、水面に油のように浮くのでフーゼル油とも言われます。醸造業界では高級アルコールのことをフーゼルアルコールと言ったりもします。
フェノール
アレーン(芳香環)にヒドロキシ基がついたものをフェノールといいます。狭義にはアレーンとヒドロキシ基だけで構成されるC6H5OHの分子を指しますが、一般的にはそのバリエーションも含めて広くフェノール類として認識されています。ヒドロキシ基を持つためアルコールに似た反応性を示すのですが、アレーンが非常に安定なためフェノール独自の反応もあります。
ビールでフェノールといえば、ヴァイツェンなどに見られるフェノール香。このフェノール香は4VGなどが原因物質とされています。また、複数のフェノール性ヒドロキシ基を持つポリフェノールも広義のフェノールに含まれます。ポリフェノールは種類がたくさんあって、これという代表的な化合物を挙げるのは難しいですが、ここではプロアントシアニジンを例示しておきます。
次回へと続く
今回は有機化合物と官能基について前編でした。化学反応の話をする前におさえておきたいポイントです。
次回は後編として、ビールによく登場する官能基としてチオール、スルフィド、カルボニル化合物、アミンを紹介します。
お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。
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続いてこちらも麦芽のフレーバーに着目しつつも、ドリンカビリティに溢れたヴィエナラガー「Malz Walzer(モルツヴァルツァー)」。春に飲みたい絶妙なバランスのビールだと思います。
そして、Bicycle Coffeeさんとのコラボ「Bicycle Coffee Lager」です。バイシクルさんとのコラボも8年目ですが、創意工夫を重ねて年々クオリティが上がっていると思います。
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