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ビールと水〜⑥醸造工程のpH変遷をざっくりと

前回からの続き
前回はpHの基本ということで、定義を中心に書きましたが今回からいよいよビールとpHの関係です。今回はビールの醸造工程におけるpHの変遷の流れをざっくりと追っていきます。

ビールのpHの変遷

ビールの製造から完成までのpHの推移を見ていきます。中性(6.8-7.2)の仕込み水からスタートし、Mash pHを5.3-5.5程度に管理し、発酵スタート前は5.0前後でしょうか。発酵終了時にはスタイルにもよりますが4.0-4.3くらいかな。そこにドライホップをするとpHは少し上がって4.1-4.5くらいが最終ビールのpHになることが多いと思います。ケトルサワーだと3.5前後が多い(もっと低いこともあるかな)です。pHの変遷では何が起こっているのでしょうか。

Mash(糖化) pH

Mash工程では麦芽が持つリン酸を中心に、様々な仕組みを利用して一気にpHを下げていきます。実務視点から言うとpHが馬なりで勝手に下がっていくというより、酵素の至適pHを目指してコントロールしていくイメージです。αアミラーゼ(5.3-5.7)、βアミラーゼ(5.1-5.5)の間をとった5.3-5.5が多くのブルワリリーのMash pHのターゲットになっています。

リン酸

Mash pHに関与する主な登場キャラは、リン酸、メラノイジン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、フィターゼです。タンパク質(酸として)やその他有機酸も関与すると思われます。ここでの主役はやはりリン酸。酸解離定数(pKa)がかなり低く、強い酸です。(酸解離定数については別の回で触れます。)

リン酸の解離

リン酸にはH+が3つ結合していて、3つとも電離(解離)することがあります。通常リン酸単体では、1段階目のH3PO4→H2PO4の解離だけのことが多いです。pHが下がると2段階目の解離が起きづらくなるからです。
メラノイジンは、麦芽を焙燥するときに起きるメイラード反応によって生成される比較的高分子の化合物で、その多くが酸として機能します。したがって、ローストモルトやカラメルモルトを多く使うと、ベースモルトのみの仕込みに比べるとpHが下がりやすいです。
リン酸やメラノイジンがpHを下げていくのに対抗する緩衝能がアルカリ度(HCO3-)です。また別の機会に触れたいと思います。

pHの調整

Mash pHや発酵スタート時のpHは、モルトの配合や水質調整でコントロールするのが基本ですが、ターゲットをややはみ出してしまった場合、酸を投入することで調整します。日本では主に乳酸を使うことが多いです。

乳酸の酸解離

酸と塩基の回でやったように、乳酸は水の中ではH+を放出して水素イオン濃度を上げます。つまり乳酸を投入するとpHが下がります。

煮沸によるpH低下

麦汁を煮沸すると0.2-0.3程度pHが下がります。これは下記の要因と言われています。

  • カルシウムイオンがリン酸イオンと結合する過程でH+を放出する(Mash中にも起こっている現象)

  • ホップのα酸によるH+の放出

  • メラノイジンがさらに生成されてH+を放出する

フムロン

これはα酸の一種、フムロンです。酸素が関係した二重結合の隣のヒドロキシ基のH+は電離しやすいです(別の回で触れます)。なのでこれも酸として働き、pHを下げます。
最終的にはpHは5.0ちょいになると思います。ここから先の工程でpHを調整することはあまりないのです。例えば発酵終了後に「pHが高いから酸を投入しよう」としても、税務上ビールじゃなくなっちゃうという問題も出てきます。

発酵とpH

健全な発酵には健全なpHが必要で、健全な発酵は健全にpHを下げていきます。酵母が快適に活動できるpHは4-5と言われています。なので麦汁のpHを5.0付近まで下げてあげるとスムーズに発酵がスタートします。
発酵中には酵母による下記の活動によってpHが低下します。

  • プロトンポンプと言われるH+の放出

  • 塩基性物質であるアンモニウムイオンの吸収

  • 発酵の副産物としての有機酸の生成、放出

上記の中でもプロトンポンプがpH低下に最も影響していると言われています。酵母が濃度勾配によりプロトン(H+)を放出し、マルトース輸送体というタンパク質チャネルを通じて、H+とマルトースを細胞内に取り込む一連の仕組みの中で、最初に放出するH+がビールのpHを下げるのに大きく影響しているということです。(膜輸送タンパク質に関してはいつか書きたいですが、今回はざっくりで留めます。)
これらの仕組みによって、ビールのpHは4.0-4.3くらいまで下がります。一般的にはエールビールのほうがラガーよりpHの低下が大きいです。伝統的なビールの場合は、これで出荷です。最近のビールはこの後、ドライホッピングの工程が入ることが多いです。

ドライホッピングとpH

ドライホッピングでは、pHが上がることが広く知られています。感覚的には5g/L程度のドライホッピングでは0.1-0.2程度のpH上昇があるという感じです。pHが上がる原因は実はあまりはっきりと特定されていないのですが、ホップ中のルプリンではない植物由来の塩基ではないかと言われています。したがって、ルプリンを抽出したCryo HopならT90よりpH上昇は少ないと思われます。(参考: A Look at pH in Hoppy Beers

最終ビールのpH

これまで見てきたように最適なMash pH、最適な発酵スタート時pHにすると最終ビールのpHは4.0-4.5くらいになると思います。スタイルによって違います。pH4.5を超えると細菌などの微生物汚染のリスクが高くなります。また、一般的にはpHが低いと味が淡麗に、pHが高いと味が重たく苦味が感じられるようになると言われています。

次回へと続く

今回は非常にざっくりと醸造工程のpHの変遷を見ていきました。ざっくりすぎて端折った部分が多かったです。次回からちょっと細かく見ていきます。まずは酸の強さについて酸解離定数なども持ち出して説明してみようと思います。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。隣村の丹波山村の”タバジビエ”とコラボした「Off Trail Wild Caught」。バレルエイジングのビールなので、pHの変遷は上記のとおりではありませんが(笑)。

Wild Caught

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