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ビールと水〜⑫麦芽の話

前回からの続き
前回はMash pH調整におけるラスボス・残アルカリ度を取り上げましたが、今回はそのラスボス戦で活躍する麦芽(モルト)の話です。「ビールと水」というテーマからは少し離れてしまいますが、Mash pHのコントロールに欠かせない概念ですので、ざっくりと触れることにします。

麦芽が持つ酸の詳細

pHを下げていく仕組み

前回の最後の提示したポンチ絵では、ターゲットのMash pHに下げていく操作の中で、麦芽が占める割合は大きく書かれています。実際に麦芽の酸がpHの低下に貢献する割合は大きく、例えばRO WaterをベースモルトだけでMashするとpHは5.8程度まで下がります。これには麦芽が持つリン酸、イオン成分(Ca 2+/Mg 2+)、メラノイジン、その他有機酸が関係しています。
麦芽の種類ごとにpHへの影響力が変わってくるので、まずはそれぞれの麦芽の説明をざっくりと。

一般的な麦芽の種類と製法

麦芽メーカー(Maltster)によって、製法が異なりますが概ね以下のような感じです。
ベースモルト(Pilsner、Pale Ale Maltなど)

Pilsner Maltは発芽工程を15-17℃で行い、その後送風により水分量8%まで乾燥させます。窯焼き(Kiln)を50-70℃の間で行い、最後に70-85℃程度に昇温(Curing)して完了です。Pale Ale Maltは、Pilsner Maltと同じ工程で窯焼きが60-90℃、Curingが105℃程度と少し高温にすることで、ほんのりトーストしたフレーバーを出しています。

キルンドモルト(Vienna、Munich、Aromatic Maltなど)
発芽はベースモルトと同じですが、乾燥が50-70℃の熱風になります。水分量3-10%まで乾燥させて、その後窯焼きは90-105℃です。この温度帯の窯焼きをじっくりやるので、メイラード反応が起こりメラノイジンが生成されます。「ビールと水〜⑥醸造工程のpH変遷」で触れましたが、メラノイジンは酸として作用します。ちなみにこの温度帯ではカラメル化は起こりません。

カラメルモルト(CaraPils、CaraAmber Maltなど)
乾燥させないグリーンな麦芽をKilnを経由せずにドラム式ロースターに投入して65-70℃で加熱してデンプンを糖化させます。その後、さらにロースターで105℃-160℃で加熱し、カラメル化とメイラード反応を同時に起こします。

ローストモルト(Amber、Brown、Chocolate、Black Maltなど)
乾燥させないグリーンなモルトを窯焼きして水分を5-15%にするところまではローストモルト全般に共通で、品種によってその後のロースト処理がことなります。
Amber Maltは170℃でローストします。
Brown MaltはAmber Maltより低めの温度で、長くローストします。Chocolate MaltはカラメルモルトとBrown Maltの間くらいの水分量でローストスタートします。75℃でスタートして、徐々に昇温して215℃まで上げます。
Black Maltは、Chocolate Maltと同様ですが、最後の昇温を220-225℃まで上げるそうです。
ちなみにRoasted BarleyはBlackモルトと同じように造りますがが、発芽させていない麦を使います。

pHを視点とした麦芽の分類

麦芽はそれぞれExtract(エキス分)やDP(Diastatic Power=酵素活性)や色味や香味に与える影響が違います。なので実務上は、Pilsner、Pale Ale、Munich Type I、Chocolateなど、種類ごとに使い分けてレシピの計算をするのですが、pH視点で見ると実は3種類しかありません。それぞれの麦芽がどれくらいの酸度(mEq/kg)を持っているかは、この分類によってざっくりと把握できるのです。

麦芽の種類と酸度

焙燥(焙焦)温度で165〜180℃を境界にして、それ以上の高温で処理した色の濃い麦芽の酸度は一定となります。
この表を参照すれば、例えばLovibondが2のピルスナーモルトは酸度が1.24 mEq/kg、Lovibondが56のCaraMunich Type IIIだと酸度が35.9とざっくりと計算で把握できます。これによるとベースモルトとローストモルトの酸度の差が非常に大きいことも分かります。
ベースモルトにおいては、麦芽の酸度はほぼカルシウムイオン/マグネシウムイオンとリン酸がハイドロキシアパタイトを生成する反応で説明できますが、キルンドモルトやローストモルトでは、それに加えてメラノイジンや有機酸の影響が酸度に現れます。
ローストモルトがなぜ酸度が一定になるのかに関してはすべてが解明されているわけではないですが、180℃以上の高温焙焦した麦芽ではメイラード反応がほぼ完全に進み、生成物中に占める高分子のメラノイジンの割合がほとんどになるためだと考えられています。組成が一定なので酸度も一定になるということですね。逆に低温焙燥の麦芽はメイラード反応によって生成される低分子の化合物(メラノイジンになる過程の中間生成物)が多く、有機酸の生成も焙燥温度や時間に比例する形で増えるようです。
ちなみにこの表はBru'nWaterのWater Knowledgeから引っ張ってきましたが、ローストモルトの酸度だけ元文献を見て修正しています。

補足説明

今回の内容は上記で終わりですが、理解を深めるためにいくつか補足説明をします。

Lovibondとは

ビールを勉強した人ならSRMやEBCという色味を表す単位のことは知っていると思います。SRMもEBCも430ナノメートルの波長の光をビール/麦汁に当てて分光光度計で測定した値です。両者はサンプルの量や数値を何倍するかという計算式は違いますが、同じ波長を使っているので換算可能です。
 1 SRM = 1.97 EBC
LovibondはSRMやEBCが登場する前に考案された色味の単位です。SRMがLovibondの代替として考案されたこともあり、同じ色味であれば概ねSRMと同じ数字になっています。Lovibondは測定の精度に問題があり、やや正確性に欠ける単位ではありますが、麦芽メーカーの間では普及しているので、今でも麦芽の色味を表す時はLovibodが使われることが多いです。

DI Water、RO Water、Distilled Water

麦芽の酸度やMash pHの考察をする際に頻繁に登場する言葉です。
DI Water=Deionized Water 純水
RO Water RO水(逆浸透膜で不純物を処理した水)
Distilled Water 蒸留水

これらの3つは、Mash pHを考える際にはほぼ同義として考えて良さそうです。

Congress Mash

Congress Mashは、純水を使用して行う、実験用に標準化された小規模なマッシュ手順です。麦芽粉砕粒度、糖化温度/時間など、実務上のMash手順は様々なので、麦芽が麦汁(pHや色味など)にどんな影響を及ぼすかを見るために標準手順を決めて、それによって判定するというものです。

次回へと続く

今回は麦芽の話がメインでした。「(水 + 麦芽) x 発酵 = ビール」っていう感じなので、麦芽はビールと水の関係を考えるには避けて通れない原材料ですね。
さて、Mash pHまでの解説が一通り終わったので、主要な山を乗り越えた感じです。次回はイオン成分に関して。pHに比べるとイオン成分とか香気成分の話はあまり大きな塊ではありませんので、次回以降はもっと気楽に読めるはずです。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。「Far Yeast SOURHOLIC」、今回はラカンセア酵母ではなくケトルサワリングで仕込んだサワーベースにDDHしました。夏にぴったりのはず。

Far Yeast SOURHOLIC

そしてもう一つ。「Far Yeast 2B Continued」、ホップが効いたラガーです。こちらも夏に相応しいはず。

Far Yeast 2B Continued

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