23年、読んで良かった「この10冊」
2023年は、あまり本を読めませんでした。もともと読む速度は遅く、それでも年間50冊は読みたいなと思っているのですが、23年は26冊。半分止まりです。本を読む気力がなくなるのは、自分にとって危機的状況のサインかもしれないなぁと。今年24年はもう少し読めるように、他の諸々を調整したいと思います。
そんな中、読んで良かった本ベスト10はこのようになりました。
▪️1位は『ハイファに戻って/太陽の男たち』
第1位は、ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』です。
作者はパレスチナに生まれ、36歳の時に自動車に仕掛けられた爆弾で暗殺されました。この作品は7篇の小説を収録した短篇集で、パレスチナ問題を貫く物語ばかりです。読んで震えました。特に「太陽の男たち」。絶望と希望の狭間でクウェートへの密入国を目指す男たちの、悲惨と凄惨が描かれています。
これを読んだ時は、まさか今年、第五次中東戦争と言えるような悲惨な状況になるとは思いませんでした。強く言いたい。「もっとこの作者の邦訳を!」。出してくれたら全て読みます。読了の前後で読者の世界を変える力を持っている小説だと思います。
▪️タブッキ、そしてヘンリー・ジェイムズ
2番目に良かったのは、イタリア人作家タブッキの『供述によるとペレイラは……』です。
作品の舞台は、ファシズムと歪んだ愛国心に支配される1930年代のポルトガル。時代背景を調べつつじっくり読みましたが、とても面白い。主役である、冴えない中年男ペレイラが最後に取った行動に光を感じます。「供述によると〜」で進む書き方も凄いセンスです。発明ですよこれは。あとはそうそう、読み終えて、ペレイラが好きな香草入りオムレツを食べたくなりました。
3番手につけたのは、ヘンリー・ジェイムズ『デイジー・ミラー』。有名な米英文学ですね。面白い。この小説の魅力はそっくりそのまま、ヒロイン、デイジー・ミラーの魅力だと思います。
美人で一方的で奔放で頑固。冷たく遇されるのは嫌がる。奔走すぎて悲しい結末になりますが…。そして私、大好きな『ティファニーで朝食を』のヒロイン、ホリー・ゴライトリーがもっと若い頃、デイジーのような女性だったのではと想像したのです。
で、ですね、ちょっと前のザ・クロマニヨンズのアルバムに入ってた「デイジー」という曲、デイジー・ミラーを歌ってるんですよ、きっと。歌詞にある「誰かの理想を生きられやしない ドシャ降りだろうが 出て行こう」ってデイジーにぴったり。小説を読んでわかりました。
▪️日本人作家、絲山秋子の新作が4番手
4位は絲山秋子『神と黒蟹県』です。絲山作品は大好きで、ほとんど全部読んでいます。個人的に「現役の日本人純文学作家」というカテゴリーではナンバーワンだと思っています。
作品の舞台は、架空の「黒蟹県」。架空の県の、架空の街を舞台にした連作短篇で、そこに「神」が出てきます。全知全能ではなく「半知半能」を自称する神です。
収録作品の中に、この神と狐が出てくる話があるんですけど、良い意味で気持ち良く狐に化かされたような読後感です。どこかにある地方都市で織りなす、どこかにいそうな人々の日常。そこに少しだけ“もののけ”のような不思議なスパイスが振りかけてあります。読後、もう少し化かされたまま黒蟹県の人々を眺めたかったなと思いました。
ところで私は、知らない言葉が出てくる度に調べる癖があるんですけど、この小説に出てくる言葉は探してみても見つからないことが多かった。それもそのはず、各話の最後に「黒蟹辞典」が用意されておりまして、架空の言葉と本当にある言葉とを入り混じえて紹介しています。
例えば、「七里草」ってどんな草かと思えば黒蟹辞典に「架空の山菜。七里歩いて探し回るほどの価値があるとされている。葉は春菊に似た形状で、天ぷらや鍋物などに使われる」とあります。架空かい! と、何度も思わされる始末でした。
▪️6位に人の肉を食う物語
続いて5番目にランクインしたのは、ゴットヘルフ『黒い蜘蛛』。スイスの国民的作家だそうです。作者のことも作品のことも全く知らず、古本市で手に取りました。
これが予想外の面白さ。タイトルでもある黒い蜘蛛が出て来てからは、ほぼ一気読み。宗教をベースにした、いわゆる“教訓小説”的な要素は大きいですが、手に汗握るエンタメでもありホラーでもある。
いや、本当に面白い。こういう出会いがあるから、書店や古本市を巡るのがやめられないのです。
さて、6番手は日本の小説。アンソロジーです。何をテーマにしたアンソロジーかというと、人肉食。カニバリズム。七北数人が編んだ『人肉嗜食』です。
人肉を食べるカニバリズム小説11篇(作家も11人)を収録。うち1つはノンフィクション(人肉屋のハールマン)になっています。
しかしもう、大量殺人、グルメ、呪い、薬としての人喰い、愛情ゆえ…などなど、古今東西、人喰いはアプローチが豊富ですな。特に杉本苑子「夜叉神堂の男」が好きかな。語り文学に弱いのです、私。
そう。この短篇集、ページを閉じて表紙を上にして膝の上に置いていたら、電車で隣に座っていた女子にえぐるような目つきで見られました。蛇足です。
続きまして7番手は、ロシアの作家プラトーノフの作品を集めた『プラトーノフ作品集』。
中・短篇の5作を収録。「粘土砂漠」と「ジャン」が良かったですね。どちらも、絶望という言葉では表現できないほどの悲惨な暮らしを送る少数民族の生と死、そしてほんの微かに差す光を描いています。読むのに体力がいる文体なんですが、読む価値は充分あった。この本との出会いも、23年の大きな出来事でした。
▪️地獄の黙示録の原案が8位
続きまして、コンラッド『闇の奥』を8位にランクインさせます。これは、かの有名な映画「地獄の黙示録」の原案になった小説です。書き出しからゾクゾクさせられ、興味深く読みました。
ほぼ一冊丸ごと一人語りで進む物語は、時折、意味が取りにくいんですが、タイトル通り重くて暗い濃厚な闇を連想させます。映画とは設定が違うようですけど、全体を包み込む雰囲気や根っこの部分のテーマは同じなようです。
個人的には、鍵となる人物「クルツ」が大密林の最奥で体験したことをもっと知りたかったなぁ。
9位には、日本人売れっ子作家の伊坂幸太郎『逆ソクラテス』を入れます。
表題作を含む短篇5篇で構成されており、全て面白い。最も好きなのはバスケが題材の「アンスポーツマンライク」でした。最後に収録された「逆ワシントン」のラストシーンがこのアンスポーツマンライクに繋がり感激! 良き小説だと思っていたんですが、最後5ページほどで「めちゃくちゃ良き小説」に爆上がりです。
伊坂作品は大好きで相当数読んでいますが、それでも毎年のように面白い作品と出会えるのがありがたいですね。
▪️酒場について話そう
最後、10番手に滑り込んだのは、今回の10冊で唯一のノンフィクションである海野弘『酒場の文化史』です。
酒ではなく、酒場の歴史を辿る名著ですね。かつて酒場は宿屋や劇場の機能を兼ね、18〜19世紀を経て分化し個性をつけていく。その様子が目に浮かびます。
英仏に限定した内容ですが、シェイクスピアやディケンズが描いた酒場の様子を盛り込むなど、楽しく知的好奇心が刺激されました。バーでバーテンダーと話すにも格好のネタになる一冊です。
これ、サントリー博物館文庫です。他にも読んだことがありますが、良いですよ。サントリー博物館文庫は実に面白い。
こんな感じで振り返りました、23年の読書。今年はどんな一冊に会えるか、楽しみです!
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