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【本】1ミリの後悔もない、はずがない

イカを捌く場面から始まる。なんとイカの中から同じ大きさの魚がずるりと落ちる。堰き止められていたものが流れ出る。イカの中身も感情も似た形状をしているように感じた。ふとした瞬間に過去の記憶がずるりずるりと頭の奥底から流れ出る。止まらない。落ちていく。

私が思い出したのは、餃子の彼のこと。ままならない気持ちを抱えて悶々と過ごした夜。どうしようもなく恋い焦がれていたこと。色男な彼が私を求めて、手を伸ばしてきた日のこと。求められる喜びを噛み締めたこと。大人数の中、二人だけが「二人の秘密」を知っていたこと。初めてのデートの帰り道、土砂降りのドライブ。車の中ではしゃいで笑う私を「よく笑っているところがいい」と彼が呟いた日のこと。そう言ってくれたのに、徐々に自分らしく居られなくなって恋に恋をし始めたこと。

もし別れずに今も一緒に居たらどんな暮らしだったのだろう。彼と結婚したらと想像することはあるけど、きっと上手くいかなかっただろうな。だって、こんなに未練を書き連ね、ままならなかったあの頃の自分を思い出すから。「あの時にこう彼へ言っていたら・・・こんなふるまいをしていたら・・・」と考えることばかり。1ミリどころじゃ済まないほど後悔だらけの恋だった。

こんな風にあの頃を思い出しているのは私だけなんだろうな。なんか馬鹿らしいなと思うのと同時に、未熟でどうしようもない自分を愛おしくも思う。ままならない日々を過ごしたおかげで、今は1ミリも後悔を感じない人の隣に居られる。

人生は長い長い一本道。過去の喜びも苦しみも全てが今に繋がっている。過去の失敗を今の自分が「未熟だったなあ」と受け止められれば、1ミリは前に進んでいるのだと思う。ままならない海原でもがいた自分も穏やかな凪の中の自分も、すべて私だ。私だけの時間だ。全部ぎゅっと抱きしめて、たまに思い出して愛しんで、この先も生きていくのだと思う。

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