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【掌編】とあるスポンジケーキの本懐


舞うイチゴ。この写真にタイトルをつけるとしたら、そんなところでしょうか。

あぁ、申し訳ございません。インタビューでしたね。はい、そうです。確かに私は中学時代、赤峰投手とバッテリーを組んでいました。

そうですね。当時から赤峰君の能力はずば抜けていましたよ。一年後輩にも関わらず、早い段階からレギュラーに抜擢され、部を全国大会にまで導いた。部長は私でしたが、実質チームを牽引していたのは彼、と言ってもよいでしょう。

やっかみの類も、まぁ多少はありましたが、それほど多くはなかったと思います。これは赤峰君の人柄に寄るところが大きい。能力を鼻に掛けず、誰にでも礼儀正しく接する。それでいて堅苦し過ぎず、中学生らしい馬鹿を一緒にやったりもしました。

能力も人柄も最高。その上あのルックスですからね。「こんな完璧な人間がいるのか」と驚いたものです。その後、プロの舞台で活躍し、こうしてテレビで特集を組まれている彼ですが、何も不思議なことはない。赤峰君なら当然だろう、と思います。

数年ですが、彼の相棒であった私だからわかる。スターというのは、生まれながらにしてスターなんです。明らかに人種が違う。ショートケーキのイチゴとスポンジは別物でしょう。甘く美味しい部分と、それを引き立てる部分。赤峰君は前者、間違いなくイチゴとして生まれた人だ。

先ほどこの写真を『舞うイチゴ』と題したのも、その発想が元でしてね。これ、県大会で優勝したときの一枚です。真ん中で、胴上げされ、宙を舞っているのが彼、赤峰君ですよ。我々スポンジはその下。そう思うと、この胴上げ全体がひとつのショートケーキに見えてきませんか。ちなみに私はここ。彼の真下にいる。ははは、みんな若いなぁ。

この直後ですよ。彼のスパイクが私の脳天を直撃したのは。

視界に星が散ってね。十秒かそこら記憶が飛びました。あぁ、勿論わざとじゃないですよ。さすがの赤峰君も、空中に放り投げられながら狙いを定めるなんてできやしない。それに、目を覚ましたとき、真っ先に飛び込んできたのが、心配に歪む彼の顔です。泣きそうになりながら「大丈夫ですか?」って何度も、ね。

事実、そのときは大丈夫だったんです。しっかり立てて歩けたし、家まで無事に帰り着けた。
だが、翌朝には異変を感じた。どうにも目が見えにくい。日常生活を送るに支障はないが、遠くの物がどこか霞んで見える。そう、例えば高く打ち上げられたファールボールなんかは、手元に来る直前まで、ぼやけたまんまはっきりとは見えない。

野球はもうできない。そう医師から宣告されました。

当然のことながら、全国大会にも出場できず、我々の学校は初戦で敗退。それでもチームメイトの何人かは、スポーツ推薦で強豪校へ行ったりもしました。が、私にはまったく声はかからず。ろくに取り組んでいなかった受験勉強に慌てて着手し、なんとか三流校に滑り込みました。当たり前ですが、その先でも野球はできていません。今思えば、この胴上げが人生におけるターニングポイントでしたね。

正直ね、赤峰君を恨みもしましたよ。でもあれは事故だ。彼はまったく悪くない。
それに怖くもあったんです。感情に任せて責め立てた結果、責任を感じ、彼が野球を辞めたりしやしないか、と。イチゴの未来を、スポンジが奪うわけにはいかない。そう思った。
その後、プロとして活躍する彼を見て思いましたよ。あぁ、あの時我慢してよかった。"彼のプレーを賞賛する"という、大勢の人の楽しみを奪わずに済んだ。

赤峰君を刺したのは、確か私と同じ、昔のチームメイトだったんですよね。

私にはわかります。きっとそいつもスポンジケーキだった。そしておそらくそいつの身にも、私の頭にスパイクが落ちたのと、同じようなことが起こったのでしょう。私は我慢をしたけれど、そいつは我慢をしなかった。その違いです。

犯人には怒りを覚えます。古い相棒を奪ったことに、ではありません。私がかつて自らの怒りに耐え忍び、守り抜いたイチゴを潰した。私が遂げたかった本懐を、ナイフ一本で易々と。それがどうにもゆるせない。自らをスポンジケーキと戒め続けた、そんな私の人生とは一体何だったのか。赤嶺君の訃報を受けて以降、虚しさに苛まれる日々です。

あぁ、すいません。こんなインタビュー、テレビでは流せませんよね。どうぞ使えるところだけ使ってください。
でも、この映像は残しておいた方がよいですよ。いつか必ず、スクープとして使えますから。

犯人が出所したら、今度は私がそいつを襲う。
赤嶺君を失った今、それが私の生きる意味です。

私はナイフなど使わない。現役時代に使っていたバッドを、脳天目がけ、思い切り振り下ろすつもりだ。
腕力にはまだ自信がありますから。きっとひどい惨状になるでしょう。

それはもう、イチゴが潰れたようにね。ハハハ。



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この作品は、こちらの企画に参加しています。


何のご縁か、イチゴを題材に作品を書くのは二度目です。
(ちなみにですが、白鉛筆はイチゴが食べられません。)



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