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【掌編】赤と白、それからオレンジ。

母と腕を組んで、買い物へ出かける。

元旦から営業しているスーパーは乏しく、駅前まで足を伸ばさなくてはならない。足腰の弱った母と連れ立つとなると、相応の時間を要する。三十センチに満たない歩幅で、ずりずりと一歩、また一歩。青信号の時間を目一杯使い、横断歩道を渡る。

「かまぼこが無いの」

そう母が騒ぎ出したのが、朝の六時。私も弟も布団から飛び起き、それを諫めた。なくてもいいではないか、と言っても聞かない。弟がネットで調べ、駅前ならば午後からやっているというので、こうして出向いている。

「紅白のかまぼこじゃなきゃね」

つぶやきながら、足取りを進める母。私のことを杖か何かと思っているのか、踏み出すたびに全体重を預けてくる。痛い、お母さん。時折悲鳴を上げるが、聞き入れてはもらえない。

一昨年に父が他界し、母の痴呆は急速に進行した。運悪く夫の海外赴任が重なり、母の世話は私一人が引き受ける格好となった。
食事や排泄は自分でできるが、一人での外出は危なっかしい。自然と機会も減り、ついには歩く力すら失われつつある。

「母さん、大分弱っているね」

年越しに帰省した弟の言葉に、私のせいと言いたいのか、と思わず激高しそうになった。身の回りの世話に加え、どんどん偏屈になっていく母に、私の精神は擦り切れていた。

スーパーに着くと、残念なことに、母の望む紅白のかまぼこはなかった。縁起物で、出した側から売れてしまうのだとか。ただの白いものなら、と言われたが、母は頑として譲らなかった。

「紅白じゃないと駄目よ。どうして売っていないの」

しょうがない、と宥めても聞かない母を、無理矢理引っ張るようにして店を出た。繁華街に出ている弟に向け、紅白のものを探してくれ、と連絡する。来たときよりも更に重い足を動かし、家に帰った。さすがに疲れたのか、母は早々に寝室に引っ込み、不貞寝を始めた。

居間のソファに、崩れるように腰掛ける。

今年もまた、こんな日々が続くのだろうか。
そう思うと「お先真っ暗」という、なんとも新年に似つかわしくない言葉が浮かんだ。

夕方になり、弟が帰ってくる。ありがたいことに、百貨店で頼んだものを調達してくれていた。

「しかし、何でまた紅白にこだわるのかしら」

漏らす私に、俺も考えてたんだけどさ、と弟。

「姉ちゃん昔、今の母さんみたく、紅白のがいいって駄々こねてなかった?」
「私が?」

曰く子供の頃、ただの白いのは可愛くない、と嫌がったことがあったのだと言う。

「思えば、それ以来うちのかまぼこって絶対紅白だよな、って」

言われてみれば、そんな覚えがあるような。
すると何だ。今日の苦労も、元を正せば私のせいか。

「何よ、それ」

不思議と口元が綻ぶ。

弟に手渡されたかまぼこが、窓からの夕陽のオレンジに染まる。冬の日暮れは早い。きっと瞬く間に夜になるだろう。

お先真っ暗。

そんな私たちの足下を照らすのは、過去に灯してきた小さなあかり。

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