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【掌編】プレデターございます

『寝取った』などとは人聞きの悪い。
『寝』はしましたけど、『取っ』てはいません。

あらあら。そんなに怖い顔をなさらないでください。綺麗なお顔が台無しです。ほら、窓硝子をご覧になって。鬼のような形相ですわ。

どうやらよっぽど、あの人を愛していらっしゃるご様子で。ご安心を。御二方の間に割って入り、貴女からあの人を奪うような真似は致しません。誓ってそんなつもりはない。一筆書いてもよろしくてよ。ふふ。

あの人と床を共にしたのは、ただただ私がそれをしたかったから。それだけの話です。

色情魔。いえ、そういう訳ではございませんの。確かにあの人とのそれは、それなりに具合の良いものではございましたが、何も肉欲に溺れてのことでは決して。かと言って、愛しさ募って昂って、というのとも違う。あぁ、これはあくまで私側のお話でしてよ。あの人がどういうつもりで私を抱いたかは、どうぞあの人自身にお聞きになって。

愛でもない。欲でもない。
ならば何か、と問われれば、しかしどうにも困ってしまうわ。私の中にあるこれを、言葉にするのは難しい。

昔からこうなのです。昔から。

最初に自覚したのは、中学時代。修学旅行というものがありますでしょう。今はどうだか知らないけれど、当時はカメラマンが同行して、旅の様子を撮影し、旅行後それが売りに出された。掲示板に所狭しと写真が貼り出され、欲しいものを注文する。アイドルのブロマイドみたく、人気がある子のがよく売れたりしてね。懐かしいわ。うふふふふ。

その数あるうち一枚が、男の子達の間で話題になっておりましたの。私がそれを知ったのは、皆の手元に写真が届いたとき。教室の一角、飴玉に群がる蟻みたく、黒い制服の彼らが数名、蠢き、ざわめき、色めきたっていた。

その一群から私の名が聞こえたときは驚きました。控えめで、そのように槍玉に上がることなど、ついぞ無かった私です。一体何がどうしたのか、気になって仕方がなかった。しかしあの蟻の群れに割って入り、それを問う勇気も無く、ひとり悶々としておりました。

時期に、お友達のうち一人が教えてくれました。
男の子たちが眺める写真に、私の下着が映り込んでいたというのです。果たしてどの瞬間を切り取ったものなのか、前屈みになった私の胸元と共に、肩紐とカップの片鱗が覗いていたとか。

今となってはどうということもないお話ですが、当時、十四か十五の気娘です。羞恥に襲われ、顔を真っ赤にして俯きました。どれほどの目にその痴態が触れたのか、無数の視線に犯されている心地でした。

一方で、不思議と喜びを感じました。いえいえ、ですから色情魔ではないのです。『悦び』ではなく『喜び』。エクスタシーでなく歓喜を感じた。

先ほど申し上げた通り、それまで男の子から注目を浴びることなどなかった私です。クラスの華やかな同性とは、住む世界が異なるものだ、と薄々ながら諦めていた。それがどうです。普段つけている下着の一部がちらりと映ったそれだけで、これほどまでの波紋を呼んだ。蟻が群がる飴玉になった。

女であるということ。この世では、それ自体が価値あることなのだと悟りましたわ。また、この身体が他の子と比べ、いくらか肉付きが良いことも自覚した。そうなるとおかしなもので、日頃から四方八方、男たちの視線を感じるようになりましたの。唇、首筋、胸、腰、尻、脚。クラスメイトはもちろん、男性教師、道ゆく人や親族までも。私を向いたそれらすべてが、この身体の凹凸を吟味し、カーブをなぞり、弾力を見極めんとしていた。写真など撮られずとも、私は元より飴玉だった。それを実感するようになりました。

気味が悪い。それが普通の反応でしょう。しかし私に関しては、やはりここでも嬉しさが勝った。視線を集めていることが、意識を向けられていることが、欲望を抱いてくれていることが、堪らなく嬉しく、満たされた。一体どれほどの男性が、私を夢想し自慰に耽ったことがあるのか。想像するだけで胸が躍った。

始めて肌をゆるした男性は、それはもう人一倍に、私を求めてくれる方でしたわ。鼻息荒く、乱暴に。そこには愛など一欠片もございませんでしたが、思い返した今になっても後悔ひとつございません。その衝動を感じることができただけで、満足だと思った。いえ、逆ね。その衝動だけが、私を満足させることができるものだった。経験を重ねてゆくうち、それに気がつくようになりました。

価値を見出し、求められていること。
理性を乱し、欲しがられていること。

その事実を感じる瞬間だけが、私の心を満たしてくれる。
私は、そういう風にできている。

貴女の夫を誘ったときも、同じものが欲しかったのです。正直なところ、今日、こうして貴女の姿を前にして、一層のこと歓喜していますわ。このような綺麗な奥様がいらっしゃりながら、私を求めてくださったのです。それほどまでのバリューを私に認めてくださったのか、と思うと、嬉しくって仕方がない。

ええ、そう。同様の理由で、私が声をかけるのは、既婚者や恋人がいる者だけ。天秤にかける者がいてなお、私を選ぶその顔が見たいの。

悲しい人。そうなのでしょうね。

貴女方がおっしゃるところの愛だの情だの。それらでは、私の心は埋まらない。お恥ずかしい話、この歳になるまで、その温かさを私は知りません。知りたいと願ったこともありますが、叶わなかったのが実情ですわ。

ですが、どうでしょう。悲しい人は悲しい人なりに、満たされる権利があるとは思いませんこと。あぁ、もちろん、貴女の幸せに立ち入ったことはお詫びいたしますわ。しかし、こうして得られるものこそが、私を満足させるのです。こうして得られるそれでしか、私は満足できないのです。貴女方が「愛されたい」と願うと同様に、私は「求められたい」と願うだけ。

同じなのですよ、貴女も私も。
違うと言うなら、問いますわ。

果たして「無い」と言い切れるかしら。世間様には顔向けできない、インモラルで、非道徳的で。赦されないとわかっていながら、どうにも抑えることができない。もしくは今はできているかもしれないけれど、ふとした時にタガが外れて、まろび出てしまうであろう、醜い嗜好、背徳な性。

誰かを陵辱したい、と思ったことは。
誰かを支配したい、と思ったことは。
誰かを見下したい、と思ったことは。
誰かを絶望させたい、と思ったことは。

一度もないと言えるのかしら。その身に覚えはないかしら。

さぁ、目を閉じ、気配を探って。

これまで必死に守ってきたであろう、貴女を貴女たらしめるもの。
そいつのすぐ側、牙を光らせ、脅かしてくる侵略者。

ねぇ。

貴女の中にもございませんこと?


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この作品は、武川蔓緒さんの次の小説で使用されたフレーズをお借りし、タイトルとさせていただいたものです。
武川蔓緒さん、ありがとうございます(本当に書きました)。


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