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春の冬眠

雪の深い深い朝に、ヨーコは小さな手で新品の雪を丁寧に固めてだるまを作っていた。
さっきまで「おにいだけお山に行くなんてずるい」と駄々をこねていた女の子とは思えない、無邪気な春が庭で舞っている。
「ヨーコ、寒くないかい」
「たいじょうぶだよおっとさん。こんなにげんきだよ」
毛布のような羽織をゆるく巻き付けたおっとさんは、庭ではしゃぐヨーコをただ縁側に座って見ていた。
ほうっ、と息をして微睡み、ヨーコに話しかけられると薄ら目を開けて顔をくしゃっとしてわらった。
「おっとさん」
「、、、、」
「おっとさんみて、ほらみて」
「、、、んん。ああ。どうしたんだい」
「もみじのはっぱをとってきたよ」
そう言ってヨーコは枯葉を5枚ほどあつめて、いくつかあるだるまのうち大きめなそれのお腹に並べて、歯を見せて笑った。
「ね、ね。かあいいでしょ」
「ああ、かあいいよ」
ご機嫌になったヨーコは枯葉をもう一枚持ってきて、ててててと歩いて、だるまの頭の上にひょいと乗せるとまた歯を見せて笑った。
「おっとさん、おっとさん」
「ああ」
「もっとかあいくなった」
「ああ、もっとかあいくなった」
おっとさんは、それはそれは幸せそうに微笑んだ。
「ね、ね。かあいいねえ」
「ああ、かあいい」
かあいいよ、と何度もこぼして、おっとさんはまた微睡んだ。

私はおっとさんが座っていたのと同じ所に座って、あの毛布のような羽織をゆるく巻き、ほうっ、と白い息を吐く。
毎年雪が降ると思い出す、おっとさんとの最後の冬のことであった。

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