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「枯れた町」 ―断片1―

負の世界に飲み込まれることで湧き出る孤独感と表しようのない開放感は、その回数を重ねる毎に強く濃く、または深くなっていく。
溺れて忘れては思い出す。

自分の体が焼けるほどに光っても、「ここにいるのだ!生きているのだ!」と声帯が壊れるほど叫んでも本当の事は映らず、その光も影も壁には決して映らず、作り話として、なかった事としてその芝居の幕は閉じる。

これは、「蛍の影絵」の著者である作という男性が書き残していった、どこにも映らなかった話。その断片である。

◇    ◇  ◇

無区の運び屋であるハコは、降りしきる雪の中上空に根を張る「万年紅葉」の根元に死体を運び続けていた。


あぁ、もう3日も寝ていない。足が千切れそうに痛む。
これは間違っていないのだ、絶対に。
自分は正しいはずだ、そうであってもらわないと困るのだ。さもなくば狂ってしまいそうだ。
俺はただトサ区との戦争で死んだ妹を生き返らせたかっただけなのに。
たとえ貧乏だとしても、妹とその周りの大切な人たちと細く長く生きていられればそれで。

あと何人だ?あと何人生き残ってる。
あと何人運べば終わる。
この雪はいつになったら止むんだ。
この人生はいつになったら。

灰色の根元に死体が貯まっていく。
腐った紅葉、腐敗の進んだ死体、それから漂う死臭と臓液が幹を伝って町へ落下する。それを乱れた風があちらこちらへ撒き散らす。
もはや吐き気すら覚えない。

俺が直接手を下した人間も何人かいる。
雪に降られて顔の区別がつかないくらい焼けただれている死体もある。俺が人を殺していなければ同じ様になっていただろう。

もしかしたら、この死体の山で得た人貨で妹を生き返らせることが出来るかもしれない。ふと考える。
そうか、この死んだ町の住民は俺の宝となりうるぞ。万年紅葉の根元に食べさせて人貨(スズランの毒を打ち消す植物の紺色の花弁)をかき集めればもしかしたら妹を・・・

いやそんなこと。なんて醜い、なんて卑劣な、
と考えたところで立ち止まる。
そうだこの町にはもうそう思う奴らさえ居ないんだ。
愛しい人間も、どうでもいい大半の人間もいなくなった。

ハコは死体の山に向き直る。

これ以上死体を放っておくと、いよいよ原型を失って人貨が貰えないかもしれない。そろそろ上へ送らなければ。
トサ区に住むラナさんのくれた新しいグローブが景色に似合わない。
温度とはちがう温かさに、やめてくれと奥歯を噛み締める。

グチャリ、グチャリ、
汚れも気にせずに、所々生暖かい死体を根元へもたれさせるように横たえて儀式に移る。見知った顔たちにウジが賑やかに蠢いている。

スズランの熟れた実を一粒と人貨(スズランの毒を打ち消す植物の紺色の花弁)を口へ放り込む。いつもと変わらず万年紅葉の根が口を大きく開けて死体を受け入れる。
不意に辺りの風が止み、静けさが喚いて鼓膜を揺らした。俯いた先の地面に雫一粒あった。

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