塩鯖にはポン酢をかけたい

焼き魚を食べている1人で。塩鯖が1番好きだ。すごくご飯に合うし、大根おろしとポン酢をかけて食べるともう幸福の二文字が頭に鎮座する。そのポン酢がない。さっき出したはずなのに。

「あ、あった」テーブルの隅、冷蔵庫の近く。このままぐーっと手を伸ばせばとどきそうだ。ただ取り損ねて床に落とした場合瓶は割れ、中身は飛び散り散々たる光景が広がるのは目に見えている。

私は賭けにでた。


今いる席から少し腰をあげ、ぐーっと手を伸ばしたかろうじて中指が触れた。

「これはいける!」確信すると背筋から二の腕までを目一杯に伸ばした。

取れた。


なぜ鯖を食べてるだけでこんなにドキドキしているのか。このポン酢を狙ってから腕を伸ばして掴むまでと席を立って取りに行くまで、きっと同じくらいの秒数だ。

ぐっとポン酢つかんだまま少し筋が伸びた感じがする腕をさすりながら静かに思った。

「テーブルの隅のポン酢くらい簡単に取れれば苦労しないのになぁ…」

実際は少し苦労した。ポン酢といえども。

ただポン酢ではなく、好きな人に手を伸ばし続けている。

私は冴えないと自分で思っている。実際にそうだ。自分から望んでいる目立たないように生きたいと。

だからメイクも薄いし、髪も染めない。地味な色の服を選びがちだし、友達と派手に遊ぶこともない。

そんな私でも手を伸ばして掴み取りたいと思える相手ができた。

彼はすごくモテるし仕事もできる、謙虚でユーモアもある。

こんな1人で塩鯖を噛み締めているやつには釣り合わないなんて事はわかっている。

今日少し彼と話せた。それがとても嬉しかった。初めて手を伸ばせば届く距離で顔を見合わせた。

このまま手を伸ばして優しく触れたらどんなリアクションをするのかな?とか考えたけど実際、ビックリされるに決まってる。

少しのロマンティックを見てはピエロが現れて現実に引き戻す。そんな繰り返しだ。

会話の内容も大したものではない。毎日作っているお弁当をたまたま見られて

「毎日作ってるんですか?すごいですね!いいお嫁さんになりそうだなぁ。」

そう私に言うとニコッと笑った。焦って「そんなそんな、こんなの誰でも作れますよ。」としか返せなかった。

会話では手を伸ばすことはできなかった。もっと伸ばして触れて、確かめて求めて…

ただの同僚である関係なのに何を想像しているのかと思うと急に切なくなった。

いつもより食べるのに時間がかかっている。明日も仕事なのに。食事中くらいは忘れようなんたって塩鯖は美味しいから。

いつもよりポン酢を多目にかけた。ちゃんと掴み取れたことと次は会話でも手を伸ばす事ができるようにとの思いを込めて。

「塩鯖は好きかなぁ…?」

こんど聞いてみよう。ポン酢も大根おろしもかけるかどうか聞いてみよう。

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高野しりもち
最後まで読んでくれてありがとうございます。 スキしてくださるととても嬉しいです。 してくださらなくても、目を通してくれてありがとうございます。