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『名称未設定ファイル』読書感想文(※ネタバレほぼ無し)

本note3記事目となる今回は、「恋愛アニメ映画」をレビューするという開設当初のコンセプトに思いっきり反し、「恋愛」でも「アニメ」でも「映画」でもない、『名称未設定ファイル』なる小説の感想を書いていこうと思う。

WEBライターとして有名なダ・ヴィンチ・恐山氏の著書である本作は、『世にも奇妙な物語』や、星新一のショートショートを思わせる独特の雰囲気の短編集となっている。
恐山氏の鋭い感性が反映された、インターネットを極めた「陰の者」ならではの世界の切り取り方には親近感を覚えるところも多々あり、非常に読みやすかった、というのが最初に抱いた感想である。

劇的なオチや大どんでん返しのようなわかりやすいエンタメ性を求めて読むと肩透かしを喰らうところもあるし、決して万人向けとは言えない小説だと思うが、陽の光よりもPCのブルーライトを長く浴びて育った「イマドキの若者」の多くにとっては、どの話も身近で興味深いテーマに感じられることは間違いないだろう。

一方で、前情報から想像していた以上にゾッとする不気味な話が多く、深夜に読み始めたのを軽く後悔した場面も多いので、ホラー耐性の無い方は要注意かもしれない。
おそらく著者からすれば「ホラー」的な作劇を意図して描いているわけではなく、我々が普段意識しない「違和感」をありのままテキスト化したに過ぎないとは思うのだが、その無機質で無垢な筆致が、無意識にこれまで我々が考えようとしてこなかった「何か」を目の前に突きつけられるようで、余計に得体の知れない恐怖を醸し出している
(つい先日、どこぞのネット記事で第二の「雨穴」と評されていたのも少しだけ理解できる…)

また、本作の中で一つ特徴的だと思ったのは、多くの短編で登場人物たちは奇妙な出来事に遭遇し、自身のアイデンティティや価値観、ときには生死すらも揺らがされるにもかかわらず、その際そのキャラクターがどう思ったか、どう行動したかがほとんど提示されないことである。

例えば『過程の医学』という話では、「幸福度が可視化できる医療用メガネを開発し、とある真実に気づいてしまった男たちの話」が描かれるのだが、その後、主人公のライターや開発者の男がどうしたか、どう思ったのかはわからないまま話が途絶える。果たしてあのメガネは実用化されたのか、記事はどうなったのかは描かれることはなく、「世にも」的に言えばドラマが本格的に始まる前の「序章」で話がスッパリ終わってしまう。

『最後の一日』に至ってはさらに無機質で、「主人公の死」というどのようにでもドラマチックに料理できるはずのテーマを扱っておきながら、作中でその死は淡々とニュース番組で「ありふれた死亡事故」として読み上げられるだけで誰の感情も動かさない。さらに言えば、そのニュースは何の事前説明もなく突然物語の冒頭で提示されるせいで、その時点では誰が死んだのか読者にすら伝わらない構造になっており、その徹底したシビアで残酷な描写にはもはや身の毛がよだつ。

要するにこの作品は、人間の湿っぽい心の動きや温かな交流・さまざまなドラマを描こうとする「小説」などではなく、どこかにいるかもしれない人間や、どこかでありえたかもしれない社会を、想像力の目で見て書き上げられた「観察記録」なのである。

先ほど例に挙げた『最後の一日』は、簡単にあらすじを説明すると「ソシャゲやTwitterに傾倒する無気力な若者の何でもない一日が描かれ、最後は不慮の事故によってタイトル通り『最期』を迎える」という短編である。
普通の小説であれば、最後に主人公と関わった人物たちや母親が主人公の死を悼み、悲しむという葬儀の場面が当然描かれるところだろうし、それによって読者はある種これを空想の「ドラマ」として消費できるのだが、この作品はそういった生優しいハートフルさ、人情味に逃げることを決して許してくれない。
今この瞬間に現実で起きていてもおかしくない「世界の理不尽さ」をただただ観察した記録として突きつけることで、どこまでも読者を不安な気持ちへと誘う。
そればかりか、その理不尽に対する怒りや悲しみを登場人物は一切示してくれないため、その後の意思決定を全て読者の我々に一方的に委ねてくるというのも不安を強めてくる。
この果てのない恐ろしさを表現するのに、「ブラックジョーク」という表現しか思い浮かばない言葉の無力さ(というか己の語彙力の無さ)を痛感させられるばかりである…

とはいえ、暗くて後味の悪い話だけでは無く、オモコロでのダ・ヴィンチ・恐山氏が得意とするメタ的な面白さを感じられる、普通にユーモア度の高い話もあるのでそこは安心してほしい。
例えば、この本を手に取った人間の多くは、作品の内容そのものというよりは、「ダ・ヴィンチ・恐山氏が書いた」という点に惹かれて読み始めたことだろう。
かくいう私も『オモコロチャンネル』および『匿名ラジオ』のヘビーユーザーであり、文庫版として本作が発売されるのを、氏のTwitterや日記を眺めながら心待ちにしていた一人である。
本作には『北美山修介の秘密』という話があるのだが、これが小説家という職業の特異性や、「作家性とは何か」に焦点を当てた作品となっており、作中でメタ的にこの本と読者の関係性を思わせる会話が繰り広げられる点が非常に面白かった。
(ところどころ近年巷で話題の「AIのべりすと」も想起させられる思想が出てくるのだが、これも時代を先取りしている感じがあって流石である)

また、個人的に今作では『過程の医学』が最も好きなのだが、この中で出てきた「生まれてきたばかりの赤ん坊と幸福の関係」については、同著者の『ただしい人類滅亡計画』で深掘りされているので、興味を持った人はぜひこちらも読んでみてほしい。

総括すると、「小説」という型にハマらない恐山氏らしい作風で、脳に心地いい刺激と、心に深い不安を与えてくれる作品になっていると感じた。
暇な方はぜひご一読を。

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