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ロールモデル神話に苦しまない処方箋

「あなたのロールモデルは?」

まだ自分が20代前半新卒の頃。もはや誰に聞かれたのかも思い出せないけれど、何度か「ロールモデル」について聞かれたことだけは覚えている。当時の記憶はもう朧げだが、恐らく社内の身近な先輩の名前を何名か上げたような気がする。

新卒の頃はなんとなくこの「ロールモデル」とやらのイメージがついたし、なんだかんだお世話になる機会もあったように思う。しかし20代後半で転職、独立、事業主と社会的な肩書きも立場も目まぐるしく変わり、ついでに32歳で出産をして親にもなったところで、この「ロールモデル」という概念が自分の中で完全に崩壊したことにふと気づいた。

今日はそんな「ロールモデルって難しいなあ」と薄々勘づいている皆さんと共に、現代におけるロールモデルという存在の困難さについて私的考察を交えながら掘り下げてみようと思う。


ロールモデルとの出会い

改めてロールモデルという言葉について調べてみると、以下のような内容がヒットした。

ロールモデルとは、具体的な行動技術や行動事例、考え方を模倣・学習する対象になる人、いわゆる「お手本となる人物」のこと。「あの人のようになりたい」と思うところから始め、その対象者の行動や思考を真似ることで効果的に成長できる。

https://www.kaonavi.jp/dictionary/rolemodel2/

模倣・学習する対象、お手本となる人物。

今となっては何とも気が重くなるような言葉にも感じるが、新卒当時の自分はロールモデルと言われてもあまり面を喰らわなかった気がする。ロールモデルを聞かれれば「あの人かな」という具体的な顔がパッと浮かんで、実際に「あんな存在になりたいな」とか「同じ役職まで行きたいな」と具体的な目標にそこそこ落とし込めていた。

なんなら名前をあげた人の仕事の経歴を調べ上げて、どうしたら半分の時間で同じ高さに追いつけるかを真剣に逆算して日々の業務時間に落とし込んだこともある。

周りの同期も学部卒か院卒かぐらいの差でしかなく、先輩たちも新卒入社の人が多かったのでとても同質的な人間が多かった。結果的に趣味嗜好やキャリア観が似ている人も多かったので、身近な範囲でロールモデルを探すのは容易だったし、自分の中で納得感もあった。全員がたどり着けるわけではないが、そこそこキレイに整備された一本道の出世パターンがなんとなく見えていた。

同じ職種の人をロールモデルとする場合、やはり新卒採用で入社した会社で長く勤める。もしくは転職したとしても一つの専門性に特化し、同じ業界内で働き続ける。この2つがロールモデルを見つける上で、やりやすさを担保する大きな要因であるように思う。

転職後、ロールモデルの難易度が爆上がり

私は社会人4年目で初めての転職をしたのだが、ここで私のロールモデル神話が壊れた最初のタイミングであったように思う。

そこはほぼ中途採用で回っている会社であった。当時の私は27歳ぐらいだったと思うが、とにかく年上が多かったのも印象的だ。前の会社が新卒採用にかなり力を入れていたので、3年も務めれば自分より若手のメンバーが大量に入ってくる環境と対極にあるような会社であった。

自分の同期入社も主に30代〜40代が中心で、決済業というドメインの影響もあって外資、銀行マン、大手アミューズメント施設の経営企画などめちゃくちゃ有名な企業出身のいわゆる経歴マッチョな人が多かった。

同職種のデザイナーも多様に溢れていた。メガベンチャーやスタートアップ出身の人もいれば、元フリーランスの人、元広告代理店の人、ビデオグラファーにコピーライターetc…

前職の時は大学卒の新卒入社で淡々とキャリアを積み上げてきた人か、制作会社から事業会社へ転職した人の2パターンが主であった。そんなかつてない同僚のバックグラウンドの広さに驚く毎日だった。実際に、個々人の強みやアウトプットもまた多様であった。彼彼女らから多くの刺激をもらえた、本当に貴重な時間だったなと今でも思う。

しかし、じゃあその中の「誰がロールモデルなの?」と言われると、私はポカンと口を開けて立ち尽くしてしまった。

尊敬している、信頼もしている。一緒に仕事をしていて楽しい。それでも「バックグラウンドが全く異なる」「超多様な仲間」という大海原の中で、私は次なるロールモデルを中々見つけられずにいた。業界も何もかもが違う彼彼女らの経歴がなんだか遠くに感じて、ついでに自分が見窄らしく思えた。

同時に、私自身の興味がデザインにおける表現の領域からリサーチ、ビジネス、マネジメント、コーチング、チームコミュニケーションなど、広義のデザインに移り変わっていったのも自身のロールモデル構築をさらに難解にした。当たり前だが同じような領域にみんながみんな興味を持つわけではなかったし、私が欲しいと思うスキルを持っている人がデザイナーではないことも多いにあった。

もしかすると、1人の人間をロールモデルにするのはもう無理なのかもしれない。

広い海で1人、小舟に乗った私はずっと追いかけていた灯台を見失ったような不安感に駆られていた。年齢は30歳という王台に刻々と近づいていた。

ロールモデルの崩壊

それから悩みに悩んで、20代最後にいろんなことをやり切ってみようと思い会社を2年で辞めて独立をした。在籍中に結婚をして、ついでに夫が子供を望んだこともあり「今のうちにリスクを取れるだけ取ってみよう」と一新発起したのだ。

半分は個人事業主をしつつ、もう半分は自分で事業を作ってみたいと思ってその準備にひたすら打ち込んだ。出版のオファーもいただいて、ひーひー言いながら執筆も頑張った。傍でYouTube活動も始めた。そんなやってみたかったことに片っ端から手をつけていた割に、ちゃんと生活ができるだけ稼ぐことができたのは恵まれていたなと思うし本当に有難かったと思う。

しかしそんな中でまた「あの問題」がふと再浮上した。がむしゃらに走り続けた先で、ロールモデル問題がさらに深刻化していたこと気づいたのは独立して2年目のことだった。

元々デザイナーという人口の少ない職種で、そこで1回の転職をしただけでもロールモデル探しがほぼ無理ゲーと化したというのに、さらに独立して自分で事業を作ったらいよいよ「同じような経歴・境遇の人」はほとんど見かけなくなった。ダメ押しに執筆や発信活動を付け加えるといよいよいない。

まあ自分がこの世のオンリーワンなわけはないので真剣に日本中を探せばいるのだろうが、あまりに労力がかかるので途中で探すことを放棄したという方が正しい。諦めたい、でも諦めきれないを延々と繰り返しながら私はロールモデルに夢を見続けていた。

それでも、何度繰り返しても心のどこかで「私のロールモデルはいないのか」という感情が定期的に出てくる。なぜなら「ロールモデルがいない人生」は孤独で不安で、何も保証がされていないからだ。

自分が進む道の先に誰の足跡もないのは、現実世界で言えば大変危険極まりないことである。私はよく登山をするのだが、山にだってちゃんと「登山ルート」というものが整備されていて、ピンクリボンを頼りに道中を進むのが基本だ。その道から外側は「バリエーションルート」と呼ばれ、高度な技術が必要かつ重い自己責任が問われる領域だ。当然誰も行き先を保証してくれないし、行く先に何があるのかも予測がつかない。もしかしたら断崖絶壁の行き止まりかもしれない。

だから人は前例を求めたり、先客がいる境遇に安心したりするのだろうと改めて思う。それが理にかなっていると思うし、安全なことは一目瞭然だ。

しかしどうにもその通常ルートに自分は当てはまらないし、これから当てはまろうとも思えないのが現実だ。世間の言葉を借りるのならば「社会性」とやらを人より持ち合わせていないのだろうけれど、それでも結局ロールモデルを求めてしまうのだから自分の底の浅さはたかがしれている。それでも周囲をぶっ飛ばすような超異質性はなく、かといって普通にもなれないといった、そんなグレーで中途半端な自分との折り合いをつけるのが私の長年の悩みの種だった。

そうやって悩み抜いた挙句、ある日いいことを思いついた。1人のロールモデルが見つからないのなら、複数人を組み合わせたロールモデルを作ればいいのではないかと思ったのだ。

さっそく複数人をロールモデルにして「いいな」と思うところを領域ごとに当てはめてみた。

  • キャリアのロールモデルはこの人

  • 発信のロールモデルはこの人

  • プライベートのロールモデルはこの人

このように公私を含めて大体2〜3人の合成をすると、ものすごく優秀で理想的なロールモデルが完成する。複数人おくことによってモデルを同性に絞る必要もないし、お互い補完し合ってくれるのでこれは我ながらかなり妙案だと思って一瞬だけ舞い上がった。

しかし、その副作用はものすごいスピードで露呈した。複数人モデルは再現不可能なキメラとなって、私の日々を蝕んだのだった。

複数人ロールモデルは自滅するキメラ

よくよく考えてみれば当然なのだが、物事は等価交換であることが多い。

仕事にものすごく精を出した結果、生涯独身だったり子供をもうけない選択をとった人。家族をすごく大事にしたけど、キャリアの理想からは少し外れた人。専門職から管理職に移動して、以前ほど技能には詳しくいられなくなった人。

大抵の場合は何かを掴んだら、一方で何かを手放すのだ。はっきりと白黒つくものではないが、程度の差はあれ多少の凹凸はやはり付きまとう。それはやはり、自分自身が子供を産んで強く実感している部分でもある。

しかしこの複数人ロールモデルは「良いところどり」をするため、現実ではほぼ再現が不可能な恐ろしいキメラになってしまうことが間々ある。そしてその高すぎる理想に打ちのめされて「自分はどの人にもなれない」と泣き出してしまうのだ。

当然である。その人だって何かを捨てて、必死に今のロールをもぎ取ったのかもしれないのだから。

私はこの複数人ロールモデルの危険性に早々に気づいた。何よりこの追い方は自己肯定感を下げてメンタルヘルスの腫瘍にすらなり得ると感じたので、キャリアが完璧に見えるあの人も家庭がぐちゃぐちゃかもしれないし、プライベートが充実してそうなあの人は仕事のコンプレックスがあったり、お金に困ってるのかもしれないなと勝手に妄想してひとまずの溜飲を下すことにした。

こうして私のロールモデルの旅は、完全に振り出しに戻ったのであった。

先人は見えずとも、とりあえず歩き続ける。

悩みとは面白いもので、ぐるぐると同じ場所でジタバタしているように見えて着実に、少しずつ前進していることが多い。

今回のロールモデルへの悶々も、理想と現実、できることと無理難題がそれぞれ解像度高く見えてきて「まあ使えるところは使って、それ以外はすっぱり諦めるか」と妙に割り切れるようになったのも記憶に新しい。

加えて飲み会の席で、ふと同年代の知人に「そういや、あなたのロールモデルっている?」と聞いてみたら「いない!見つからんわ(笑)」と乾いた笑い声で返された。その屈託のない笑顔を見て、なんというか「やっぱり、そういうモノなのかもなあ」と安心した自分がいた。自分だけじゃないんだと。それは安い安心感の買い方なのかもしれないけれど、私にとって十分に気持ちのいい腹の落とし所であった。

ロールモデルはいつか消えてなくなる。

なんなら最初から上手く見つからないかもしれない。それで良いし、それ以上でも以下でもないんだと思いながら。できることなら自分も誰かにとって旗印になるような生き方を、ほんの少しだけ心がけたいなと思った、初秋の昼下がりであった。

読んでいただいただけで十分なのですが、いただいたサポートでまた誰かのnoteをサポートしようと思います。 言葉にする楽しさ、気持ちよさがもっと広まりますように🙃