【白檀小話】
インドにはじめて行ったのは1993年の夏で、帰国してバックパックをあけて洗濯物を出したときに母親から「外国の臭いがする」と言われた。それからいろいろな国に行っては、実家でかばんなりスーツケースなりを開けたのだが「一番においが強かったのはインドだと思う」と彼女は言っていた。それから4回くらいインドには出場しているのだが、そのたびごとになるほど母の言っていたことがよくわかる。ただ、なんのにおいなのかはあまり追求してこなかったんだが、この間のスリランカ旅行でなんとなくわかった。インドとスリランカはご近所でしてな。お互いのことは嫌いそうだが、共通してるところがたくさんあるからして。
で。そのスリランカで、冷房の効いていない品揃えのよい、生鮮食料品(魚を含む)売り場が通路でつながった隣の市場みたいなところにあって、えもいわれぬにおいが充満しているローカルスーパでサンダルウッド(白檀)の香りの石鹸を買った。日本であんなに無香料を追求して暮らしているというのに。このように旅は人のタガを容易に外すのだ。スーパーが暑かったし、箱の美人がにっこり微笑んでいるし、後先は考えずにな。
ホテルに戻ってスーツケースにつめる段階で、その石鹸が恐ろしい芳香を放っているのに気がついた。こういうことはたまにある。仕方がない。だからこそ、ビニール袋やジップロックマスキングテープをスーツケースの底に忍ばせているんだ。日用品と食品は厳密に分け、パッキングして帰ってきた。しかしながら、帰国後スーツケースをあけたときには、ちゃんとインド臭が漏れて出てきていた。「それそれ、その臭いだって!」とか言いながら母さんが化けて出てきそうだった。
そういえば、インドとスリランカで、よくこのにおいは鼻をかすめるよなとあらためて思った。商店にはいったとき、布製品、ホテルの部屋などなど。彼の地にいってそれをかげば「ああ、来れたなあ」と思うし、帰ってきてからかげば「ああ、行ったなあ」と思う特徴的なにおいだ。たぶん、最初にインドにいって帰ってきたときのバックパックからたちのぼったにおいも、これだったのだろうと思う。
今調べたら、白檀に香りが似た合成物質、トランス-3-イソカンフィルシクロヘキサノールというものがあり、安価に製造できるらしいことがわかった。本物の白檀は希少で高級だということがあって、それを安価に合成できるというのなら、そりゃ国中に香りも充満するわ、と思った。
インドとスリランカは、トランス-3-イソカンフィルシクロヘキサノールが国のにおい、国香であります。
ちなみに、その石鹸は2個で我が家1軒を贋白檀の香りでおおい尽くせるほど強烈なので、現在は棚に閉じ込めてある。なにせ日本では無香料生活。お風呂で使う気にもならないし、どうしたものか。いろいろめんどくさそうだから、オブジェとして売るか?