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天草騒動 「1 .南蛮国の陰謀」
日本国の南西、海上一万千百里余りを隔てたところに、南蛮国という国があった。
南蛮国の位置をここに記すと、西は支那国に接し、東は果てしなく続く大海原で、南は鳥烏国、北は蜀の国に続いていた。四千里四方の大国で、その中に四十二か国があった。
その都は葡萄芽といい、帝王は甲辰非大王と号していた。
ある時、甲辰非大王が王宮に家臣を集めて仰せになった。
「ここから東北の方角にひとつの国がある。日本国という小国だが、支那、天竺、阿蘭陀などとの交易で絹布、織物、名器、薬品、香具などを持ち帰り、金銀財宝に満ちあふれた国であるという。是が非でも日本国を属国にして、我が南蛮国の繁栄の基としたい。これについて意見があれば申してみよ。」
諸臣は日本についての知識はほとんどなく、また、あまりに唐突なことでもあり、皆押し黙っていた。そこに右将軍の勝天力が、大王の前につかつかと歩み出て言った。
「臣に十万の軍勢をお授けください。さすればただちに日本国に押し渡り、その国を手に入れて御覧にいれましょうぞ。」
勝天力はこれまでにも数々の合戦で武功をあげていたうえ、日本を小国と侮っていたので、勇に誇って、こともなげに言った。甲辰非大王も頼もしく思い、会心の笑みを浮かべて、すぐにも勝天力を征討将軍に任命しそうな様子であった。
その時、左将軍の呉喜大臣が勝天力を押しとどめて言った。
「貴殿のように勇気があれば戦いを望むのも道理です。しかし、力攻めにするのは考え直した方がよいと思います。私は日本を手に入れる方策を立てるために、これまでかの国のことをいろいろと調べてまいりました。
日本は小国であるにもかかわらず、武勇にすぐれた勇猛な国で、しかも敵の気配を察知するのがことのほか早いようです。
昔、元の世祖が中国の大軍七十万を催し、軍船数百艘で押し渡ったことがありました。その時、日本は元の大軍と互角に戦い、その上、折からの大風で元の大艦がことごとく転覆し、大陸に戻ることができたのはわずか三名だけだったということです。また、逆に日本の方から支那や朝鮮を攻めて武威を輝かしたこともたびたびありました。このようなことを考慮に入れると、日本を小国と侮るのははなはだ危ういことです。安直にことを起こすと返って我が軍が破れて国威を落とすことになりかねません。
そこで私と致しましては、先年魯馬国を攻め取った時のように謀略を用いるのが良策であると思います。まず適当な術者をひとり送り込み、邪宗を広めて貧民を救い、金銀で民心を手なずければ、人々はだんだんその術者に帰伏することでしょう。邪宗に従う者が国民の三分の一ほどに達したら、頃合を見計らって大軍を興して攻め込み、帰伏した者に内応させれば、たちまち日本人は同士討ちを始めるでありましょう。さすれば日本人がいかに勇猛でも日本を容易に伐り従えることができると思われます。ただし、それには時間をかけてはかりごとをめぐらすのが肝要で、急げば失敗するでしょう。」
このように呉喜大臣が過去の事例をあげて懇々と説いたので、大王はおおいに喜び、 「そのはかりごと、気に入った。やってみるがよい。ところで、日本に送り込む術者として適当な者はいるか。」と、尋ねた。
すると呉喜大臣は、
「この都から一千里離れた切支丹という国に天輪峯という高い山があります。そこに二人の稀代の道士が住んでおります。一人を宇留岩破天連といい、もう一人を普留満破天連といいます。この二人は法術に巧みで徳のある行いをし、彼らの術が広まって阿蘭陀で大流行しています。この破天連どもに頼んで日本に行ってもらえば、必ずや日本人の心を惑わすことができるでしょう。さすれば大王のお望みが成就するのは疑いのないことです。」と、答えた。
大王はお喜びになり、「それでは天輪峯に使いを立てて道士を召せ。」と、仰せになった。そこでさっそく使者を選ぶことになったが、なにぶん大事な使いのこと、呉喜大臣が自らまかり越すことを願い出たので、その意に任せることになった。
さて、呉喜大臣は長い旅の末に切支丹国に赴き、天輪峯を目指した。だんだん峰に近付いた時、向こうに一人の異人が見えたので、これ幸いと近付いて、「この山に二人の破天連がいると聞いて来たのですが、どこにいるかお教えください。」と、尋ねた。
その者はいぶかしげに大臣に、「あなたはこの国の方ではないようだが、どのようなお方か。この山の道士に何の用があるのか」と、逆に聞き返してきた。
呉喜大臣は、
「私はこの国から千里を隔てた南蛮国の大王の臣下で、呉喜大臣と申す者です。この山に宇留岩破天連と普留満破天連という徳の高い道士がいらっしゃると聞いて是非ともお頼みしたいことがあり、南蛮国の大王の命で訪ねてきたのです。」と、答えた。
すると、その異人は笑いながら、「私こそ宇留岩破天連です。いったい私に何の用ですか。」と尋ねた。
呉喜大臣はおおいに喜び、「なんとあなたが宇留岩殿でしたか。私たちがはるばる訪ねてきたのはほかでもありません。大王があなたがたの徳行を聞いて、南蛮国の都に呼んで対面したいと言うのです。なにとぞ私たちと一緒に南蛮国においでください。」と答えた。
宇留岩は突然の南蛮国王のお召しをいぶかって、「私は山中に隠れ住んでいる隠者です。南蛮国ほどの大国の大王が私ごときに何をお命じになろうというのですか」と言って、なかなか承知しそうになかった。
呉喜大臣は仕方なく、「およそ宗門を広めるのに専心しているあなた方だからこそ、大王がその徳を尊ばれて私たちを遣わしてあなた方を迎えようというのです。実は、あなた方を日本国へ派遣し、法術でもって日本人をてなずけ、かの国を我が南蛮国の属国にしたいのです。もしも功績を上げられれば恩賞は望みのままでしょう」と本当のことを言ってひたすら頼み込んだ。
それを聞いて破天連も心を動かし、「それでは致し方ない。これほどの大事を私の一存で決めるわけにもいかないので、一緒に修行している普留満にも相談した上でお返事致しましょう」と言って、山中深く分け入っていった。呉喜大臣も早く返事が聞きたいので従者と共に宇留岩のあとについて行くと、宇留岩は遥か山奥の岩窟に入って行った。
呉喜大臣が洞穴の前で待っていると、やがて宇留岩破天連が普留満を同道して出てきて、「あなたの仰せに従って南蛮国の都に上り、大王に拝謁致しましょう。」と、言った。呉喜大臣はおおいに喜び、ただちに両人を同道して南蛮国への帰途についた。
→ 2.破天連、日本に渡る
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