見出し画像

「からすなぜなくのー」子育てエッセイ④

 2階の子ども部屋をのぞくと、期末試験の勉強中である中学1年の長女が私に聞いてきた。
「お母さん、からすなぜなくのーの後を歌ってみて。」
音楽のテストで数曲の日本の歌が出るらしい。私はふざけて、
「からすの勝手でしょー、かぁー。」と歌った。
「そうじゃなくて、ちゃんと歌ってよ。」
と言うので、私はせき払いを二つ三つして、手をお腹の前で組み、オペラ歌手のように(あくまで格好だけなのだが)歌った。

♪ 烏(からす) なぜ啼(な)くの 烏は山に
 可愛(かわいい)七つの 子があるからよ
 可愛 可愛と 烏は啼くの
 可愛 可愛と 啼くんだよ
 山の古巣へ 行って見て御覧(ごらん)
 丸い眼をした いい子だよ  ♪
    ……1921年(大正10)作詞:野口雨情 作曲:本居長世

  娘は満足げに、
「ほぉー。ところで、この歌の題名は?」と聞いてきた。
「七つの子だよ。」
(へぇ、知ってるじゃん)と感心した表情でかすかに首を縦に振った。
その時、同じ部屋の自分の机で勉強していた小学6年の次女が、
「ほんとうはそんな歌だったんだぁ。」
と、全く新しい世界を覗いたかのような驚いた表情で私に向かってつぶやいた。
「へぇ、じゃ、どんな歌だと思ってたの?」と聞くと、
「からすの勝手でしょー、が正しいと思ってた。」と言う。
「ほぉー。じゃその次は?」と問い返すと、
「だからぁ、それだけの、そんな歌だと思ってたんだってば!」
と怒り出したので、これには私の方がびっくりしてしまった。
「ちっちゃい頃、歌ってあげたじゃない。」
「だって、ぜんぜん覚えてないもん。」
 私は歌ってあげたつもりだったけれど、本人が覚えていないのじゃ仕方ない。娘が歌を覚えるまでには、継続してあげなかったのだろう。でも、1学年上の長女は〝七つの子〟を知っているのだから、2人目の子というのは、やはりどこか手抜きになって、こんなことになるのかもと反省した。


 昔の人気番組〈ドリフの八時だヨ! 全員集合〉で、志村けんが「からすの勝手でしょー」と歌った頃、私がちょうど娘たちぐらいだった。当時、日本の美しい歌を子ども達が変に覚えたらたいへんだと、番組宛てにクレームが来た、という話を聞いたが、私は子ども心にも、
「そんな心配はいらない。私たち子どももバカじゃない。ちゃんと元歌を知っているのだから。志村けんのは、あくまで替え歌なんだから。」
と神経質な大人の意見を心の中で笑ったものだった。しかし、あれから4分の1世紀が過ぎた今、その心配が私の娘におよぶとは……。
 でも、志村けんが悪いのではない。私は、過去の分を取り戻すかのように、〝七つの子〟だけでなく、〝サッちゃん〟や〝赤い靴〟や〝夕日〟といった唱歌を家で歌って聴かせている。
   
■その後話……2022年5月記
 かの次女も一児の母となった。3歳の孫に〝七つの子〟を歌ってみたら、ところどころ一緒に口ずさんでくれる。音楽に力を入れている保育園のおかげだろう。ずっと覚えていてほしいと願う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?