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「成人式の振り袖」子育てエッセイ⑩

 この夏(2008年)、長女が20歳になった。成人式をどうするか・・・は、わが家の懸案事項である。
 現在、神奈川の私立大学生である長女に加え、1学年下の次女は福岡の美容専門学校に通っている。
 娘たちは、それぞれ別の着物を着たいのだろうか? それならレンタルになるな。私の振り袖があるけれど、着てくれないものだろうか……。

 そこで、振り袖を実家から持ち出し広げてみた。ピンクや白のバラの花が、淡い地色に浮かぶやさしい印象の着物で、つぼみの長い茎が青やうす紫色をしており、縦のラインを幾重にも引き立てるモダンな柄だ。最後に着た結納の時がなつかしく思い出された。

 しかし、しまい込んだままだったので、しみがいくつもあり、このままでは着られない。近所にある着物専門のしみ抜き店に相談したところ
「都城の業者では手に負えないしみです。京都に出せば、なんとかなるかもしれませんので出してみましょう。」
という事になった。
 本格的にしみを抜けば色抜けしてしまう。京都なら色をのせて修復する技術があるという。おかげで私の振り袖はきれいによみがえり、しかも思いのほか安価ですんでホッとした。

 次の問題は、娘たちがこの振り袖を気に入ってくれるかだ。とくにファッションにうるさい次女の反応が気になる。
 しかし、振り袖をまとって鏡の前に立つと、2人ともよく似合いあっさり気に入ってくれて、これもホッとした。帯や小物をレンタルで選んで、それぞれの個性を出せばいいねという話になった。

 地元の情報誌『きりしまフォーラム』に〝成人式の前撮り〟の広告があったので予約を入れた。髪のアレンジ・着付け・プロによる写真撮影がセットになっていて、夏休みの時期に低価格でできるという。場所は栄町にある結婚式場グランドパティオ。
 
 8月某日、長女は、ヘアアレンジと着付けをそこの美容師さんにしてもらう。2人は娘と同じくらいの年令で、働きながら美容師の資格取得をめざしているという。数をこなしているのか、みごとな仕事ぶりだった。
 
 振り袖と肌着類は自前だが、しぶい色合いの帯やバッグなど小物類は事前に長女がそこで選んだ品。大きな花の髪飾りは、100円ショップの商品に私が手を加えた物である。 

 館内はアンティーク家具や調度品もあり、ヨーロッパの迎賓館のような雰囲気で、撮影の背景として申し分ない。
 助手の方が娘の姿勢や細部を直し、
「もっと笑顔で」
とカメラマンが声をかけてくれる。
 着付けの最中に次女が、そのうち私の母も到着し、後から夫と義母も駆けつけた。もう家族の大イベントである。

 合間にフリーの時間も設けてくださったので、家族の写真を携帯やデジカメで撮り放題。前撮りは必要か? と最初は思っていたが、やってほんとうに良かったと思う。
 美容師もカメラマンも、
「お母様の振り袖、あまり見かけない柄でいいですね。娘さんも似合っていますし。」
と誉めて下さった。

 この振り袖は、娘2人で最低でも6回は着るだろう。前撮影、成人式当日そして卒業式には袴をはいて。のちのち結納でも使うかも……。
 私は、職場(銀行)の先輩方の結婚披露宴ほか、結納の時まで10回ほどこの振り袖を着た。が、肝心の成人式には着ていない。
 職場主催の成人の祝いで着用してまもなくの頃で、仕事疲れもあって着物を着る元気がなく、成人式に出席する気持ちすらなかったのだ。

 一緒に行こうと友人に強く誘われ、都城市民会館で行われた市の成人式には、入社式に着た紺色のスーツで参加した。ゆえに成人式の記念写真もない。
 27年前(1981年)高校卒業の頃、着物の展示会に母と行きこの振り袖を選んだ。初給料から毎月1万円ずつ3年にわたりローンを支払った。ローンはなるべく短期で組む方が、総支払い額が少なくて済むことを後で知り、月々の額はもっと高くてもよかったのに……と悔やんだものだ。

 その当時の私は、自分の娘がこの振り袖を着て成人式を迎える未来など、想像すらしていなかったが、今あらためて、当時の自分に「ありがとう」と言いたい。
           
■その後話……2022年5月記
 振り袖は一般的に未婚の女性が着るものなので、娘たちはもう着ることはないだろう。けっきょくは、2人とも2回ずつの着用で終わった。成人式の前撮りと当日である。
 卒業式だが、長女の場合、東日本大震災で大学側が中止を決め、次女は福岡でのバイトが着物レンタル屋だったため、そこでお世話になった。

 今年1歳になったばかりの孫が、将来、成人式でこの振り袖を着てくれるだろうか……。

振り袖の柄 CIMG2801


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