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日本におけるBIM活用について【その1】

前回の記事はこちら:生産設計とプロジェクトの透明性【その1】

施工技術コンサルティング業務と生産設計

建築生産プロセスにけるBIMモデル活用の一つの理想的な在り方としてよく語られるのが「一気通貫」という言葉です。BIMの実務に携わっている人なら、必ず耳にしたことがあるはずです。この「一気通貫」の考え方と、それを実践しようとするときに直面する課題について、国土交通省が設置する建築BIM推進会議による「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン」(以下、BIMガイドライン)の記述に沿って、詳しく論じていくことにします。
「BIMガイドライン」では、企画・建築生産・維持管理・運用段階など、建築プロジェクトの一連の段階において「プロセスを横断したBIM活用」を行うことで、設計情報の入力の簡易化、検討の早期化によるコスト低減、維持管理段階への適切な情報伝達などが期待できるとされています。いわゆる「一気通貫のBIM」と呼ばれるBIM活用・運用の、典型的なイメージといえるでしょう。このイメージは、多くの人にとって共感しやすいものなのではないでしょうか。

図11:BIMを活用した建築生産・維持管理プロセスについて, 国土交通省「BIMガイドライン」

どこに不整合や間違いが潜んでいるかわからない設計図を読み解きながらやっと施工図を描いたものの、設計者から「そのデザインは変更することにします」とあっさりと回答され、落胆してまた施工図を描き直す…というのは、GCの現場実務者なら一度ならず経験したことがあるはずです。BIMの技術によって早期に不整合を発見できる、設計情報が確実に伝達される…これが可能になるならば、設計と施工の間の意思疎通は格段に容易になるというのは、BIM活用の目的として非常にイメージしやすいものだと言えます。
その理想の一方、BIMガイドラインでは、我が国の建築プロジェクトにおけるBIM活用が設計や施工などの各分野での活用に留まり、BIMの活用が期待される分野間の連携には及んでいない、という趣旨の指摘も行っています。そのうえで、様々に想定されるBIM活用のパターンを類型化し、それぞれのパターンにおいて関係事業者がBIMデータを共有し、相互の連携や生産性の向上を図るためのワークフローが提示されています(12)。
提示された数種類のワークフローのなかでも注目すべきは、実施設計段階において設計者に技術的提案を行う「施工技術コンサルティング業者」という存在です。施工技術コンサルティング業者は、設計者に対して施工的な観点から構造形式や仕様の提案を行うことを通じて、工期短縮やコスト縮減をはかることが期待されており、プロジェクトの早期からBIMの作りこみに参加することで、設計と施工のBIMデータの連続性を支援する存在であるとされています。本論文がここまで整理した内容を踏まえれば、「施工技術コンサルティング業者」に最も近い現存の職能が「生産設計」であると言えるでしょう。本文中には「生産設計」の語こそ登場しませんが、設計者と施工者の中間的な立場から施工的な観点に基づいて検討するのは、まさに生産設計的な役割と言えるのではないでしょうか。

図12:BIM活用における標準ワークフロー, 引用は同前

では、BIMが活用されるワークフローにおける生産設計の役割は、具体的にどのようなものになっていくのでしょうか。BIMを語るうえで最も重要と言ってもよい概念である「LOD」から、BIMと生産設計の関係性を論じてみます。

2-1-2.LODと生産設計業務の関係

BIMデータの確定度、詳細度を示す指標にLOD(Level Of Detail/Development)があります。これも実務者の方にとっては当然の常識かもしれませんが、基本設計・実施設計・施工段階など、プロジェクトの各段階においてBIMデータが持つべき情報量を表現するための、非常に重要な指標となっています。
国際的に広く参照されているLODに関するガイドラインである BIM Forumによる「LOD Specification」(以下、LOD Spec)では、モデルの持つ情報量に応じて、100/200/300/350/400の各段階でBIMモデルが持つべき詳細度の程度がイラストとともに示されています。100,200,…という数字をイラストと共に示されると「LODが高いほど詳細で正確なBIMモデルだ」と考えてしまいそうですが、実際にLOD Specを読んでみるとLODの概念は少し入り組んだ成り立ちをしていることがわかります。
LOD Specでは、LODとは「このBIMモデルはLOD200のモデルである」、「施工段階ではLOD400のモデルが必要だ」といったように、モデル全体の詳細度や完成度を示すものではなく、「このBIMモデルの柱はLOD200だが、窓はLOD300である」といったように、各エレメント(柱、梁、基礎の、建築物の各部分)に与えられるべきものである、と言ったことが述べられています。つまり、LOD Specで示されるLOD100,200…の例はあくまでBIMモデルの在り方を考えるうえでの一つの「指標」に過ぎず、実際に建築プロジェクトにおいて作られるBIMモデルは、そのプロジェクトの実情に応じた適切なLODが設定されるべきである、ということになります。そのためBIMマネジメントにおいては、プロジェクトの実情・段階に応じた適切な情報量を与えられるように、プロジェクトごとのBIMモデリングのルール作りが重要であるとされています。(13)
とはいえ、同資料で示される各エレメントのLODの定義を読み解いていくと、日本における実施設計図に相当するLODがどれくらいになりそうか、おおよその見当をつけることができます。結論から述べると、一般的な実施設計図においてはLOD200~300が、目指すべきモデルの確定度・詳細度の目安になるでしょう。
例えばLOD200~300の柱のエレメントでは、部材の位置や外形・サイズがほぼ正確に入力されるが、その部材に付帯するピース材や鉄筋などは正確に入力されません。LOD200~300に示される詳細度は「部材の形状や寸法の指示を通して設計意図を表現するのには十分だが、実際の施工性や納まりを完全に調整するには至っていない」という、日本における一般的な実施設計図の示す詳細度にほぼ合致すると考えられます。

図13:鉄骨柱のLOD, BIM Spec

つまり、日本の建築生産プロセスにおける設計と生産設計の関係を踏まえると、LOD200~300が設計段階と施工段階の分岐点になっていると言えます。LOD200以前の情報は設計者によって構築され、LOD350や400に相当する情報はSCによって構築される。その中間地点であるLOD200~300の間の情報は、設計者とGCの協働によって構築されるべき「生産設計=施工技術コンサルティング業務」の段階に相当すると言えるでしょう。

図14:LODとそれを担う主体の関係性, 筆者ら作成

ここまでの議論を踏まえれば「生産設計が施工技術コンサルティング業務を担うことで一気通貫のBIMが実現する!」と考えたくなりますが、それは少し早計です。

参考文献
(11),(12)建築BIM推進会議「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第二版)」2022
(13)LOD Specification 2020

続きはこちら:日本におけるBIM活用について【その2】

建築生産の歴史と展望
1.BIMを活用した設計・生産設計の協業体制の素案
第一部

1.建築生産の歴史と実情【その1】
2.建築生産の歴史と実情【その2】
3.生産設計とプロジェクトの透明性【その1】
第二部
1.日本におけるBIM活用について【その1】
2.日本におけるBIM活用について【その2】/あとがき
後日談
1.建築生産の歴史と展望(後日談)【その1】
2.建築生産の歴史と展望(後日談)【その2】
3.建築生産の歴史と展望(後日談)【その3】

著者略歴
押山玲央 / Reo OSHIYAMA
株式会社白矩 代表取締役、東洋大学非常勤講師

中村達也 / Tatsuya NAKAMURA
株式会社大林組 設計部所属、一級建築士

 ・SHIRAKU Inc-会社概要
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