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建築生産の歴史と実情【その1】

※前回の記事はこちら:建築生産の歴史と展望

「建築生産」とは何か

「建築生産」とは、狭義には、設計情報をもとに現地に建築物を構築する行為、いわゆる「施工」のことを指しています。しかし、現地・現物による施工を成り立たせるためには、現地で建設作業を行う施工者だけでなく、設計者・協力業者・メーカーの協働作業が必要になります。本稿では「建築生産」を、「多数のステークホルダーからなる協働作業を通じて建築物の構築を目指す一連のプロセスである」と定義してみます。しかしこのような、協働作業の総体としての「建築生産」を包括する制度や法規は明示的には存在していないのが現状です。例えば、建設業や請負に関する取り決めである建設業法において、建設業は29の業種に細分化されていますが、これらの業種の中には図面の作成を行う設計業や、建材や部品の製造を行ういわゆるメーカーは含まれていません。また、設計に関する取り決めである建築士法においては、設計業務とは「その者の責任において、設計図書を作成すること (建築士法 2 条5項)」と定義されていますが、実際の設計業務は行政との打ち合わせや設計条件の整理、発注者への説明などを含み、法文よりもより広汎な領域が設計者の行う業務になっているのが実態です。 (1)

図1:国土交通省 建設業許可制度
図2国土交通省 建設業法等における定義

しかし、建設業法や建築士法にその存在が明文化されていないということは、それらの行為が世の中に存在していないということと同義ではありません。むしろ現実はその逆で、建設業界は、建設業法に規定されていない数多くの事業者の営為から成り立っており、設計行為は図面を作成する以外の様々な業務によって成立しています。このように、法や制度によって明文化されていないが、極めて重要な行為の積み重ねによって成り立っているのが「建築生産」という営みであると言えます。 我が国における建築生産は、これらの明文化されていない行為、いわばグレーゾーンこそが実務上において極めて重要な役割を果たしてきました。特に元請業者、すなわち我が国の「ゼネコン」は、このグレーゾーンでの活動の場を広げることで、その事業者としての能力と事業範囲を拡張してきた存在であると、筆者らは考えます。

参考文献
(1)国土交通省告示第九十八号(2)岩下秀男『日本のゼネコン』日本建設工業新聞,1998


日本の「ゼネコン」起源と特徴

岩下秀男は、近代的な請負業の起源を鉄筋コンクリート造の導入にあると指摘しています。従来から日本に存在した、木材の加工・組み立てを中心とする建築構造と異なり、鳶・土工、鉄筋工、型枠工、コンクリートのデリバリー(手配・運送)など、複数の工種による協働作業によって躯体を構築する鉄筋コンクリート工事では、自ら施工に携わる職人だけではなく、複数の工種をまとめ上げながら品質確保と工程遵守に責任を追う統括的な役割が必要とされるようになりました。これが、岩下の主張する近代における請負業の起源です。(2)

図3:複数の工種の同時並行の協働によって施工される鉄筋コンクリート工事

また岩下は、日本のゼネコンの特徴として、その役割の幅広さや事業規模の大きさを指摘しています。岩下は「建設業冬の時代」と呼ばれたオイルショック期を経て、大手ゼネコンの受注額が従来の数倍に達したバブル景気が、日本の建設企業の事業の幅を大きく広げた、とも指摘しています。日刊建設工業新聞社の編集長(当時)・佐藤正則は、大手建設企業が二兆円クラスの売上高を記録し、建設事業のみならず不動産・技術開発などの様々な分野に事業範囲を拡大した1980年代末から90年代の業界の様子を当時の業界関係者の取材資料をもとに、数冊の書籍に記録しています。(3)
余談ですが、佐藤が執筆した一連の書籍に記録されている、バブル期のゼネコンの急拡大・急成長ぶり、そしてその後のバブル崩壊・ゼネコン汚職事件発覚以後の凋落ぶりは、大変すさまじいものがあります。また、現在の建築業界に存在する問題の起源ともいえるような出来事もこの時期に既に佐藤によって指摘されており、現在からみても非常に興味深い内容になっています。現在では絶版のため入手が困難なものもありますが、知る人ぞ知る名著ばかりです。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてください。

図4:1990年代に日刊建設工業新聞社から刊行された書籍。赤字が編集長(当時)佐藤正則による連載をまとめたもの, 筆者ら作成

そもそも「ゼネコン」とは、「総合請負業」を意味するgeneral contractor の略称ですが、こと日本においては「ゼネコン」の語が持つ意味やニュアンスは、海外のgeneral contractor とは大きく異なると言われます。日本の建設業界においてゼネコンが担う役割は、前述したような法・制度上に明確化されないものも多く、請負契約上の役割が明確かつ限定されている海外のgeneral contractorとは様相を異にする、と前出の岩下は指摘しています。
端的に言えばその「グレー」の領域を一手に担ってきたのが日本のゼネコンの大きな特徴である、というのが、岩下・佐藤らの行った指摘の極めて重要なポイントです。

(1)国土交通省告示第九十八号
(2)岩下秀男『日本のゼネコン』日本建設工業新聞,1998
(3)日刊建設工業新聞社編集局『大手建設企業の変貌』1991

続きはこちら:建築生産の歴史と実情【その2】

建築生産の歴史と展望
1.BIMを活用した設計・生産設計の協業体制の素案
第一部

1.建築生産の歴史と実情【その1】
2.建築生産の歴史と実情【その2】
3.生産設計とプロジェクトの透明性【その1】
第二部
1.日本におけるBIM活用について【その1】
2.日本におけるBIM活用について【その2】/あとがき
後日談
1.建築生産の歴史と展望(後日談)【その1】
2.建築生産の歴史と展望(後日談)【その2】
3.建築生産の歴史と展望(後日談)【その3】

著者略歴
押山玲央 / Reo OSHIYAMA
株式会社白矩 代表取締役、東洋大学非常勤講師

中村達也 / Tatsuya NAKAMURA
株式会社大林組 設計部所属、一級建築士

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