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日本におけるBIM活用について【その2】/あとがき

前回の記事はこちら:日本におけるBIM活用について【その1】

生産設計が早期参入する難しさ

先に引用した安藤正雄の議論に沿って述べれば、プロジェクトの早期段階からGCやSCが参画することによって、品質やコスト・施工性を考慮した検討が可能になり、前倒しでの問題解決効果が期待されます。しかし、一般的には設計完了・入札後に元請業者(GC)を決定し、さらにその後にメーカーや専門工事業者(SC)が選定されるのが通例であり、工事に参入するGCやSCが基本・実施設計などのプロジェクト早期の段階で決定していることは極めて稀なケースです。

例えば複雑な形状のカーテンウォールを持つ建築物の設計・製作・施工を想定してみましょう。複雑な納まりや形状の建築物においては、設計意図や納まり上の懸念点を正確に把握するために、ソフトウェアやプログラミングを用いた積算や施工検討、シミュレーションが有効に活用できることは、近年とくに知られるようになりました。

しかし、実際に施工を行うGC・SCが参画するタイミングが遅く設計期間に間に合わないために、品質や納まり上の重要な課題が、しばしばプロジェクトの川下段階に先送りされてしまうことが指摘されています。(15)

図15:3Dモデル・プログラミングを活用した複雑形状のカーテンウォールの事例
参照:
https://blog.syntegrate.jp/2020/12/04/about-our-works-1-jp/

プロジェクトの早期から施工者の参画を促すECI(Early Contractor Involvement)という方式が存在しますが、施工者を早期に決定することは発注者にとっては調達上のリスクにつながります。難しい納まりのカーテンウォールを設計する場合、特定の一社のみでしか施工できないような設計にしてしまうことは、カーテンウォールメーカー同士の価格競争が働きにくくなることにつながり、発注者の価格に関する影響力が低下することにつながります。同じように、元請業者であるGCを早期に特定してしまうことは、プロジェクトにおけるGCの影響力の過剰な拡大につながり、コスト管理や品質管理における不透明性をもたらすリスクにもなりうることから、一般競争入札を原則とする公共工事においては特に採用されにくい傾向にあります。そのためECI方式のメリットがよく知られている一方、一般的になっているとは言えないのが現状です。先に引用した古阪秀三の議論によれば、英米においては施工段階に相当する詳細検討は設計者によって行われるべき業務であり、GCが生産設計図=Drawing Xの作成を担うのは日本の建築業界に特有の慣行でした。つまり日本においては、設計と施工をつなぐ役割としての生産設計がプロジェクトの早期段階から参加するということは、プロジェクトの川上段階でGCを特定することとほぼ同義なのです。
この点において、BIMガイドラインで示されるような「施工技術コンサルティング業者=生産設計」のプロジェクトへの早期参入は、日本では入札・応札による価格競争を通してコスト管理を行うという市場原則と、明確に対立してしまうのです。この点こそが、BIM元年から今に至るまで、「一気通貫」のBIMを困難にしてきた一因であると、筆者らは考えています。

独立した職能としての生産設計を考える

この問題を解決するためのアイデアとして筆者らが提案するのは、生産設計を独立した職能として確立すること、つまり設計者とも施工者とも違う立場で生産設計を主たる業務として行う企業を設立し、設計と施工の中間段階の情報構築を担う役割としてプロジェクトの早期に参入させることです。これにより、発注者はプロジェクト早期にGCを特定するという調達上の過度なリスクを負うことなく、市場原則と対立しない形で品質や施工上の検討を前倒しで行うことができます。また設計者にとっては、施工的なノウハウをもつ生産設計者の意見を得ながら設計を進めることができ、設計瑕疵や納まり不良の予防が期待できます。
重要な点は、設計と生産設計を同時並行的に行うことです。筆者らは、設計者が設計図を作成する傍ら生産設計者は生産設計図を作成し、両者が意見交換を行いながら相互の図面にフィードバックを行うことを想定しています。これは、プロジェクトの川下段階で生じることが予測される課題を先送りせず、川上段階に前倒しして解決を図る、フロントローディングによる協業形態と言えると考えます。また、生産設計者が発注者とも受注者とも違う立場からの技術提案を行うという点においては、生産設計の役割は草柳の主張する「専門技術者集団」に相当し、「三者構造執行形態」の実現にも近づいていくと言えるでしょう。
またも古阪の議論を想起すれば、生産設計業務や作成される生産設計図の位置づけは法律において明確に位置付けられるものではなく、設計図の不備を補う必要性から発生・発展し引き継がれてきた、ある種の慣例的な存在です。これは「生産設計」が職能として認知され始めた80年代後半・90年代初頭から、現在に至るまで変わっていません。生産設計はいわば、「グレーゾーン」を一手に引き受けるという、日本的なGCの在り方を象徴する存在です。BIMガイドラインの冒頭「1-4-1.ガイドラインの目的について」では、次のように述べられています。
「標準ワークフローなどを整理し関係者間で共有することにより、BIM活用の効率的な手順などを共有した上での異なる幅広い主体の協働、BIMを通じ一貫してデジタル情報が活用される仕組みの構築が期待されます。また建築分野でBIMが積極的に活用されることで、今後、各主体の役割・責任分担にも変化が生じてくることも想定されます
筆者ら自身、筆者らが想定する通りの変化が起きると期待しているわけではありませんが、BIMの導入を一つのきっかけとして、生産設計の在り方を見直さざるを得ない時期が来るのは、まず間違いないように思われます。

具体的な協業の仕組み〈DrawingΣ〉

筆者らが提案する協業の仕組みを、具体的なBIMの活用状況を含めて、もう少し具体的に想定してみます。現在主流となりつつあるBIMモデルの作成プロセスは、モデラー個々人のローカルファイルでのモデリング作業ではなく、クラウドサーバーを利用した多人数同時並行作業です。例えばAutodeskの提供するクラウドサービスであるBIM360では、Revitファイルをクラウドサーバー上で共有し、同一ファイルを複数人で同時編集することができます。この機能を使えば、様々な分野のBIMモデルをクラウドサーバーに保管することで、モデル・図面ファイルが常に相互参照された状態で、同時並列で作業を進めることができます。
今ではかなり一般的に使用されている機能なのでこれ自体に目新しさはありませんが、筆者らの提案する協業の仕組みにおいては、設計と生産設計の協業をより効率的に進めるツールになりうると考えます。(16) 

図16:Autodesk「BIM360」によるBIMモデルの共有イメージ
参照:
https://knowledge.autodesk.com/ja/support/bim-360/learn-explore/caas/simplecontent/content/increase-your-productivity-defined-processes-and-approval-workflows-within-bim-360-design.html

あるプロジェクトにおいて設計者と生産設計者が同時並行でそれぞれの検討や図面作成を進めようとするとき、設計/生産設計のそれぞれで異なる図面データやBIMモデルを編集し続けることは、相互の不整合を生じるだけでなく、プロジェクトの情報共有の観点からも非効率なやり方になります。そこで、クラウドサーバー上にアップロードされた同一のBIMモデルを、設計者・生産設計者それぞれが参照し、同一モデルの上で設計図・生産設計図の作成作業が同時並列で行うことができる環境をセッティングします。同一のBIMモデルにおいて、設計・生産設計双方に必要な情報が付加され、そこから設計図・生産設計図の両方の図面が出力されることで、従来行われていた設計図と生産設計図の整合性照合作業が省力化されるだけでなく、設計情報と生産設計情報が一元化されることによる、両者の協業体制の強化が期待できます。このような、BIMモデルにおける設計情報と生産設計情報の一元化は、国内の一部のプロジェクトにおいてはある程度まで実現可能性が確認されている手法です。(17)
これらの仕組みを、生産設計職能の独立化によってプロジェクトのより川上段階から行えるようにすることで、より一層の効果が期待できると考えます。従来はGCの生産設計が担っていた段階の情報(Drawing X)を、設計者と、GCから独立した専門技術集団としての生産設計者が共同で担い、両者の情報が統合された状態のBIMモデルを構築する。→従来の設計・生産設計の在り方に代わる手法になるという期待を込めて、筆者らはこの情報管理の在り方を「Drawing Σ」と呼んでいます。
設計者による設計図(Desige Drawing)でも、専門工事業者による施工図(Shop Drawing)でもない、しかし極めて重要な役割を果たす平面詳細図や躯体図などの図面群を古阪秀三は「Drawing X」という的確な語で表現しました。日本において、DrawingXを施工者の一部である生産設計が担うことによって、設計と施工のコンフリクトを減少させ、建築プロジェクトを通しての合理化や効率化を達成してきた歴史があります。筆者らが提唱する「Drawing Σ」は、近代以降の日本の建築生産の歴史にBIMが出現してきた時に必然的に導かれる、近未来の設計・施工の協業体制だと考えます。

図17:設計/生産設計情報を統合するDrawingΣのワークフローのイメージ, 筆者ら作成

あとがき

日本の建設産業はその発展の過程のなかで、海外からもたらされた近代的な技術や制度を取り入れてきました。鉄やコンクリートをはじめとする近代に初めて生まれた建材、労働者の作業を均質に管理しようとする科学的管理法などは、初めは海外から日本にもたらされたものです。それらのいわば「舶来品」的な技術・制度を日本固有の市場・産業的な背景をもとに柔軟に読み替えて吸収し、徐々にものづくりの仕組みを変化させていくことで、英米圏とは異なる形で発展してきたのが日本の建設産業です。
建設産業の歴史を振り返れば、この10年から30年の間に急速に普及したCADやBIMも、同じような「舶来品」の一種であると位置づけられるでしょう。筆者らの提案する通りになるかどうかはわかりませんが、この産業はBIMのような技術も長い時間をかけて受容しながら、少しずつそのあり方を変化させていくはずです。
この産業における様々な課題を解決するのは、次々に登場する見た目の新しい技術や、響きの珍しい言葉ではなく、長い時間をかけてひとつひとつ物事を解決していこうとする地道な実践が必要だと考えます。そのような実践を目指すものにとって、歴史を知ることは現在をより良く理解するための手がかりになりえる。筆者らはそのように考えています。

これを読んでいただいた方のなかで一人でも、これからの建築を考えるヒントを得られた方がいれば望外の喜びです。

参考文献
(15)「日本の建築生産プロセスのこれから 座談会」
(16)代表的なサービスにAutodeskの提供するクラウドサービス「BIM360」等がある
(17)中村達也「日本初、高層純木造耐火建築物におけるBIMの取り組み」木材情報 2021年2月号

建築生産の歴史と展望
1.BIMを活用した設計・生産設計の協業体制の素案
第一部

1.建築生産の歴史と実情【その1】
2.建築生産の歴史と実情【その2】
3.生産設計とプロジェクトの透明性【その1】
第二部
1.日本におけるBIM活用について【その1】
2.日本におけるBIM活用について【その2】/あとがき
後日談
1.建築生産の歴史と展望(後日談)【その1】
2.建築生産の歴史と展望(後日談)【その2】
3.建築生産の歴史と展望(後日談)【その3】

著者略歴
押山玲央 / Reo OSHIYAMA
株式会社白矩 代表取締役、東洋大学非常勤講師

中村達也 / Tatsuya NAKAMURA
株式会社大林組 設計部所属、一級建築士

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