YA【In the spring】(11月号)
寝ぐせのついた頭をかきながら、金城直矢は大あくびをして、自分の席についた。昨夜も試験勉強をしていたら、寝る時間が夜中の十二時を回ってしまった。もうすぐ二年生の二学期の期末テストがある。
そろそろ勉強に本腰を入れないと、来年はいよいよ高校入試だ。
母親は公立高校に合格しろと、口うるさく言う。前回の試験では、全科目の内、平均点以上をとれたのは三科目しかない。成績を上げないと不安だ。
思わずため息をついて、机の中に教科書を放り込む。
すると、指先に何か触れた。
つるつるした表紙の薄っぺらな雑誌だ。
直矢の顔がにやける。隣りのクラスの悪友、宮間からの差し入れのエロ本だ。先日、貸してくれる約束していた。
でも、アイツは口だけのことが多い。珍しいな、律儀に机の中に入れてくれるなんて。
直矢は教室の真ん中の席で周りを伺いながら、少し雑誌を取り出した。
次の瞬間、
「なんだこりゃ?」
口をついて出た言葉に、視線が集まった。
直矢は雑誌を落としそうになって、机の中に押し込んだ。そのまま、突っ伏して、身体で机の中を隠す。おいおいおい。いつから、宮間の趣味は二次元になったんだ?
萌え萌えパラダイス
直矢の見間違えでなければ、アニメ雑誌のタイトルだ。
美少女ゲーム特集と、副題がうってあった。でも、なんかオカシイ。アイツはバトル系の漫画は読むけれど、美少女系は読まない。そもそも、アニメってエロなのか?
両腕で頭を抱えるようにして、直矢は目を見開いている。変な汗が脇の下をつたう。宮間じゃないとしたら、誰だ? こんな雑誌を、オレの引き出しに突っ込んだヤツは。
直矢は顔だけを上げて、周囲を見回した。
すると、
ガシャーン!
左斜め後ろの大同保が、机の上に乗っていた物を全て落っことした。解り易いにも程がある。大同はいわゆるアニメオタクだ。女子にキモいと言われても、めげることなくアニメのキャラクターの印刷された文房具を使っている。
直矢がキツネ目をさらに鋭くして睨みつけると、大同はギョロ目をさらにでかくして頭をぶんぶん振った。口をパクパク動かしている。何? 違う、違うと大同は言っているようだ。
違うなら、なんでそんなに慌てるんだよ。
直矢が文句を言いに席を立とうとした時、チャイムが鳴って教室のドアが開いた。
担任の先生の姿に、直矢は仕方なく着席した。
「おい、待てって!」
今日だけで、直矢は何度、叫んだかわからない。大同は小太りで丸いメガネをかけていて、一見とろそうに見えるのにすばしっこい。
結局、距離を縮められたのは帰宅時だ。
校門によりかかるようにして、宮間が立っていた。
一瞬、大同はひるんだ。その隙に、直矢は後ろから駆け寄った。宮間は鞄から丸めた雑誌を取り出して、
「おう、約束のエロ本」
直矢に向けて放り投げた。
空を飛んだエロ本は、
ベシッ!
大同の顔面にヒットして、足元に落ちた。
宮間はワリィワリィと言いながら立ち去ってしまった。校門に、直矢と大同が残された。大同は逃げ回っていたのが嘘のように微動だにしない。
直矢が近寄って、
「おい、ダイドー、この雑誌、おまえの仕業か? どういうつもりだよ」
大同の肩をこづいた。大同は足元から視線を上げずに答えた。
「隣りのクラスの森君が、ぼくの机だと間違えて、きみの机の中に入れたんだと思う」
「だったら、どうして逃げ回るんだよ?」
「だって、金城君、怖い顔してたからさ」
おまえなぁ……、と呆れて、直矢はようやく気付いた。さっきから、大同が微動だにしない理由を。
宮間の投げたエロ本は、人気女優の写真のページを開いて落ちていた。もちろん、女優は服を着ていない。
おおっ! これぞ、エロ本! 青春だ。
直矢が雑誌を拾い上げようとした時だ。大同が横取りするように、雑誌を奪い取った。そして、走り出した。
うおおおと訳のわからない声を上げて、大同が走る。またしても、直矢は遅れを取った。
「こらっ! オレのエロ本だぞ、返せ!」
「ちょっとの間、その雑誌と交換して!」
大同は逃げながら叫ぶ。
「はぁ? おまえ、二次元にしか興味ないんじゃないの?」
直矢の言葉に大同は電信柱の横で立ち止まり、くるりと振り向いた。
「うん。でもね、ここに、ズドーンと雷が落っこちたんだ。少しの間でいいから、ぼくが借りる予定だった健全なアニメ雑誌と、きみが宮間君から借りる予定だったアブノーマルな雑誌を取り換えっこしてください。お願いします」
ぺこりと頭を下げられて、直矢はなんだか、どっと疲れた。
その晩、萌え萌えパラダイスを開いたのは、ほんの好奇心からだった。英語の教科書を机の隅に押しやって、桃色の表紙をめくった。
次の瞬間、
「うおおおお!」
直矢は声を上げそうになった。女の子がミニスカートを押さえている画像に、バキューンと胸を撃ち抜かれた。二次元も悪くないじゃん。
直矢は一枚ずつ雑誌をめくった。実写とちがって、アニメの女の子には外れがない。みんな、そこそこかわいいのだ。
へぇーとか、ほぉーとかつぶやきながら、直矢が雑誌をめくっていると、突然、部屋のふすまが開いた。
風呂上がりの父親が、バスタオルで頭をふきながら立っていた。
「風呂、入らないのか?」
「な、なんだよ、ノックくらいしろよな」
直矢は青ざめた。雑誌の上に、わざとらしく両腕を乗せる。
「いつもノックなんてしないだろ」
確かに、父の言う通りだ。
父親はそれ以上、直矢と会話をする気はないらしく、ビールと言いながら去って行った。直矢は胸をなでおろす。エロ本を読んでいるという自覚が足りなかった。
エロ本を読む時のように、机の引き出しを引いて、ページを開いたまま雑誌を中に入れる。ふすまに背を向けて、直矢が続きを読み出そうとした、まさにその時、
「さっさとお風呂に入りなさいよ」
母親が小言と同時に、ふすまを開けた。
直矢は慌てて引き出しを閉めて指をはさんだ。
「いってぇ!」
「あんた、何を隠したの? 見せなさい!」
「な、何も隠してないよ。英語の勉強してるんだ。ほら……」
あれっ? 英語の教科書は吹っ飛んで、足元に落ちている。
直矢の顔がますます青くなる。母親は教科書を拾い上げて、んっと、直矢に突き出した。
「どうせ、また、ろくでもない雑誌を読んでいたんでしょ!」
えっ? どうせ? また?
直矢の頭の中を疑問符が飛び回る。
直矢は今まで、エロ本を読んでいる所を、母親に目撃されたことはない。首をかしげる。
「とぼけるんじゃないわよ。お父さんも、お父さんよ、いい歳して、子どものエロ本を隠れて読むなんて!」
はっ? 父さん? もはや、疑問符どころではない。
頭の中が真っ白だ。母親は怒りの矛先を、父親に向けてくれた。そのまま居間に突進していく。
直矢は急いで、雑誌を鞄の中に移した。それから、風呂場へ逃げ込んだ。
脱衣所で服を脱ぎ捨てて、浴室へ飛び込む。シャワーを浴びながら、冷静に考える。
これまで何度か、宮間からエロ本を借りたことがある。父さんは、それをこっそり読んでいたのだ。そして、母に見つかったことがある。
頭の中で考えがまとまった瞬間、直矢は嫌な予感がした。
さっき、父は直矢がエロ本を読んでいたことに気づいたはずだ。部屋に忍び込んで物色するなら、今だ。ヤバイ、今日のエロ本は二次元だ。
直矢は風呂を飛び出した。
バスタオルだけを腰に巻きつけて、自分の部屋のふすまを開ける。案の定、暗闇で人が動いている。
「さっきのアレ、どこに隠したんだ?」
父は引き出しを開けたり鞄の中の本を出したりしながら、悪びれた様子もなく言う。
「あのさ、オレの部屋に勝手に入って、何を開き直っているんだよ」
直矢は部屋の電気をつけた。
すると、机の上に、でーんと萌え萌えパラダイスが乗っていた。エロ本だと、父は認識してない。
直矢はカニ歩きで、机の前に移動した。後ろ手でごそごそ雑誌を裏返そうとした時、
「あんたたち、何やってんの!」
またしても、母親がやって来た。さっと、萌え萌えパラダイスを奪い取ると、何よこれと、ぱらぱらとページをめくった。
「そ、それは、健全なアニメ雑誌だ!」
次の瞬間、バスタオルがすべり落ちた。
母は顔をしかめた。
「青春だな」
父は笑って部屋を出て行く。
「お、おうよ! オレは、青春のまっ只中なのだ!」
裸のまま開き直ろうとしたけれど、べちんと頭をはたかれた。
その晩、大同はもっとこっぴどく叱られているのを、直矢は知る由もない。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。