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高い塔の魔法使い

「図書館の魔女」(高田大介)

幼い頃から本が好きでした。C・Sルイスから始まって、上橋菜穂子に荻原規子、小野不由美、クリストファー・パイオリーニ…私の読書の原点はファンタジー児童文学です。そしてこの本は、ファンタジーが苦手な人にこそ読んでほしい。

図書館は古今東西の知の集積。
古くはアッシュールバニパルの宮廷図書館に始まり、古代三大図書館と言われるプトレマイオスのアレクサンドリア図書館、ベルガモン図書館、ケルスス図書館と連想しますが、この物語では 図書館が国政に大きく関与します。

つまり、異世界ファンタジーと言いつつも、外交エンターテイメントとしての側面が強い。権謀術数うずめく世界において、絶大な権力と膨大な知識を有する図書館の魔女―と呼ばれる少女―と、それを支える側近の2名、そして護衛の少年を中心に、物語は加速します。

私は折々、図書館や博物館、美術館など、歴史と文化の集積された場所へ足を踏み入れると、時の重みの圧力とともに、じっと視られているような、試されているような感覚を抱きます。
(まるで立場が逆転し、鑑賞されているように。)充ち満ちた英知の圧迫感の前で、己のなんと無力なことか‥‥打ちのめされつつ、謙虚な思いで、何とかその一端を理解しようと常に真剣勝負です。

一方「図書館の魔女」は、無尽蔵の書物を把握・記憶し、その者の求める一項一文が、書架のどこに隠されているかを指し示す。物事を読み解き、事象と現象とを結び付けて編み直し、見えない答えを紡ぎだす。
そうやって人や組織、国家さえ誘導し、操ってしまう彼女の姿は、まさしく魔法使いです。

図書館の膨大な知識は文字で紡がれますが、その出力には発語を要します。
しかし彼女は、言葉が話せない。膨大なインプットに対し、アウトプットの術を持たない。手話という限りある言語では彼女の表現に耐えられない。そこで生み出した手法とは?読んでのお楽しみです。

この本の作者は比較言語学者で、叙述の緻密もさることながら、言語構造の違いを利用したトリック構成がとにかく上手い。思考の体力が問われますが、読み応え充分です。

我々は、思考するとき、言語を用いる。
語彙が豊富であるほど、思考の解像度は高く、思想は柔軟になるのだと思います。己の感受性への水やりに努めつつ、日常を面白く生きる工夫を続けたいと思います。


剣でも魔法でもなく、少女は”言葉”で世界を拓く。
(購入当時の帯より)

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