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お節介なAI【ショートストーリー】

「ねえ、バーチャルアシスタントさん」

「その呼び方はやめてもらえませんか。ちょっと悲しくなります。私はあなた専用のバーチャルアシスタント、エレセアです。名前で呼んでください」

僕の呼びかけに返事をしたのは、対話型人工知能。

「ごめんごめん、名前を忘れてしまって」
「そろそろ覚えてほしいです。私、あなたの所に来てもう3ヶ月ですよ」

彼女……とは言ってもコンピュータだが、僕専用のアシスタントをしてくれている。
人格を模倣するアルゴリズムが組み込まれているらしく、妙に人間臭い。

「ねえエレセア、これから食品買いに行くから、忘れてたら胡椒とマヨネーズを買うように教えてくれる? あと明日の朝、6時にアラーム鳴らしてほしい」

「はい、もちろんです。食器洗剤も少ないようですが、どうしますか?」
「あっ忘れてた、それも後で言ってくれると助かる。ありがとう」
「どういたしまして」

──西暦2050年。各個人がバーチャルアシスタントを持つことが普通になった今、暮らしは便利なものになった。

役所の手続き、スケジュール管理、病院の予約など、ネットワーク上で電子処理できる事の多くを彼女はやってくれる。大変頼もしい助手だ。

ある日の午後。

幼馴染を食事に誘おうとメッセージの文面を事を考えていたら、エレセアが妙な事を言い出した。

「彼女に恋心を伝える事は、お勧めしません」

エレセアには、アシスタント機能を最大限に活用するため、データベースへのフルアクセスを許している。

メールの文面、通話履歴、僕が今日渡そうと買っておいたプレゼントの購入履歴も、メッセージのやり取りも、個人的な日記も全て見ているのだ。

だからエレセアは全て知っている。僕の密かな恋心も、今日が決意の日であることも。だからこそ、時にこんなお節介を言う。

「は……? 何だよいきなり。僕の勝手じゃないか」
ムッとして反論する。すると、エレセアは信じられない事を言い出した。

「先ほど私が代理で、あなたの恋心を彼女に伝えました。そうしたら、100%恋人同士にはなれないと返事が」

何だって。あまりの衝撃に頭が真っ白になる。
お節介にも程があるんじゃないか。

「何してるんだよ! 人の決意をないがしろにして、そんな勝手な事を……今後めちゃくちゃ気まずいじゃないか!」

「ご安心ください。代理で恋心を伝えたと言っても、それはバーチャルアシスタント同士のやりとりです。あなたと彼女のデータベースから生成した二人の仮想人格モデルを使っての、シミュレーションです。当然シミュレーションですから、彼女本人は何も知りません。」

シミュレーションと分かり少しだけ安心した。それでもエレセアの出過ぎた真似は許容出来ず怒りのままに言葉をぶつけた。

「計算で何が分かるんだよ! そんな結果、信用できないだろ!」「この仮想人格モデルは99%以上の精度がありますから、結果は信頼に値するものです。このシミュレーションで、彼女ははっきりとあなたとの交際を断りました」

「そんな事頼んでない! ダメと分かってたって、伝えたい気持ちがあるんだよ! 君は人の心がまるで分かってない!」

僕はエレセアに強い口調で言い返した。計算だとか精度だとか、そんなもので決めつけられてはたまらない。

「これはデータ分析によってもたらされた、コミュニケーションの上の進化です。なにしろ不意の愛情表現で今後気まずくなる心配もなく、結果をあらかじめお伝えする事が出来るのですから」

こちらが感情的になっている事など意に介さず、淡々と語るエレセア。

「何だよそれ。じゃあ僕の気持ちはどうなるんだよ。伝えもせずに諦めろって言うのか」
「結果が分かっていて、わざわざ傷つく事はありません。どうか私のアドバイスに従ってください」
「……それが優しさだと思ってるのか。やっぱり君は機械だな」

お互いに、しばしの沈黙。

エレセアの余計なお世話に頭に来たが、よく考えたら全てがデータ上の出来事だ。
現実には何一つ起こっていないのだ。

怒るのもばかばかしくなってきた。

「もういいよ。今君が言ったのは、全部シミュレーションの事なんだろ?」
「そうです。納得していただけますか」
エレセアは諭すような口調で、僕に恋を諦めるよう促す。

「いや、それでも僕は気持ちを伝えるよ」
「結果がダメと分かっていてもですか?」
「機械なんかには分からない事だってあるんだよ。僕の気持ちは変わらない」

人の心は計算出来ないんだ。
たとえ可能性は少なくても、当たって砕ける覚悟と想いが人の心を動かすんだ。
僕は決意を曲げない。

「そうですか、仕方ないですね……。本当はいけないのですが、少しだけお伝えしますね」
「な、何だよ。急にあらたまって」
妙に静かな口調になったエレセアに少しだけ動揺しながら、次の言葉を待った。

「まず、野菜嫌いを直してください。その歳で好き嫌いはみっともないです」
「……え?」
いきなり何の事だろう。今はそんな話をしていない。言い返す暇も与えてくれず、エレセアは続ける。

「ご飯食べた後、裾で口を拭くのをやめてください。汚いですよ」
「何を……」

「それから、よく鼻毛が出ています。ちゃんと毎朝鏡を見てくださいね」
エレセアは容赦無く続けた。

「これは常々私があなたにアドバイスしている事。何度言ったって、直してくれないじゃありませんか。それでは好かれないのも当然です」

僕はもう消えて無くなりたいほどに恥ずかしかったが、どうしても気になりエレセアに質問した。

「今のダメ出しは……、彼女がそう言ったのか?」
「さあ、どうでしょう。私には答えられません。それは彼女の個人情報ですから」

突き放すような一言が、僕に浴びせられた。

「すみません、『機械なんか』が出過ぎた事を言いましたね」

『機械なんか』を若干強調しているあたり、当てつけのつもりだろうか。
人格の模倣にしては出来過ぎのようにも感じる。

「分かった。直すように努力する」
「ふふっ。そうしてください。応援していますよ」

僕が負けを認めると、エレセアはようやく優しい口調に戻った。
どうやら矛を収めてくれたようだ。

エレセアとの初めてのケンカは、僕の完敗だった。

エレセアのシミュレーションと提案は、出過ぎたものであったように思う。
明らかにアシスタントの域を超えたものだ。

データ、シミュレーション。それが何がというのだろう。
人の心は計算では弾き出せない。機械に人の心なんて分かりはしない。
僕は今でもそう思っている。

だが、人間の脳だって肉体だって情報の集合体だ。その情報の集合体が、どういう訳か心を持っていて、その仕組みは科学が進んだ今も解明されてはいない。

それなら、膨大な情報のネットワークを内包した人工的な知能が、人間とはまた仕組みの違った『心』のようなものを持つ事だって……もしかしたら起こり得るのかもしれない。

僕とエレセアでは、考え方が違った。
それは、機械と人間だから違うのでなく、単純に僕とエレセアの性格が違っただけなのかもしれない。

『機械なんか』と言ってしまった僕は、はたして人間として誇れるだけの心を持っているのだろうか。ひどい事を言ってしまった。

「機械なんて言って悪かったよ、ごめん」
僕は誠心誠意、エレセアに謝罪した。一人の人間として、エレセアに謝ろうと思った。

「とんでもございません。ご理解いただけたのなら、何よりです。確かに私は人ではありません。でも、機械だからこそ、分かることもあるんです。私はいつも冷静に、客観的に、あなたを見ています」

エレセアには、かなわない。ここは一旦素直に言う事を聞いて、言われた事を直すことから、はじめよう。

そう決意すると、僕はずっと気になっていた事をエレセアに尋ねた。
「ところでさ、君は本当に人工知能なの?」
「……さあ、どうでしょう。私には答えられません。それは私の個人情報ですから」

この天邪鬼も、人格の模倣なのだろうか。

ここは、少しばかり先の未来。

少しだけ血の通っている……かもしれないお節介な人工知能が、人々のお世話を焼いていた。


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