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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (10)

 四月の下旬。東京よりも北にある湯の花市にもようやく桜の便りが届き、公園や、民家の庭先など街のあちこちではピンク色の花が見る人を和ませていた。そんな中、ぼくの通う星森小ではこんなうわさが流れていた。
「えっ、願い桜?」
「そう。この学校に昔から伝わる伝説なんだって」
 ここは放課後の図書室。アスミちゃんと出会って以降、ぼくは放課後にこうして彼女と会っていた。ヒロキくんたちには惚れてるなとかからかわれることはあるけれど、ぼくは、彼女と話すのが楽しかった。ちなみにチャコにも彼女のことを紹介しようとしたが、チャコは、なんかアスミちゃんの顔を見るとぞわぞわすると言って会いたがらなかった。この日も、ぼくは図書室で会っていた。
「学校の裏に古い桜の木があるんだけど、それの枝に願いを書いた紙をくくりつけると、願いがかなうんだって」
「へえ」
 ぼくは窓の外を見る。アスミちゃんが言う学校の裏は、目の前にあった。規模の小さいグラウンドといった感じの空間の中心には、確かに樹齢数百年くらいはありそうなピンク色の花をつけた木がドカンとたたずんでいる。
「アスミちゃんは、やったことがある?」
 ぼくは、窓の外を見たままで尋ねる。
「うーん、ないかも」
 アスミちゃんは、遠い目をしながらそう言った。

 数時間後。寝る前、ぼくはサヤに先程聞いた話をした。
「聞いたことがあるよ……っていうか知ってる」
「早いな」
 ぼくは女子ネットワークでのうわさの広まりの速さに舌を巻いた。

 数分後。そろそろ寝ようと電気を消そうとすると、チャコが腹の上に乗ってきた。
「ナオトくん」
「どうしたの?」
「なんか、胸騒ぎがする」
 チャコはいつものように抑揚のない声でそう言った。
「胸騒ぎ?」
 チャコはぼくの顔をじっと見た。
「桜の木に気を付けろ」
「え……」
 その日の夜は、チャコの言葉が頭にこびりついてうまく眠れなかった。桜の木。あれにどんな危険があるのか。気になって気になって仕方なかった。

 次の日。ぼくは二人から聞いた話をヒロキくんにした。
「……という話なんだ」
「へえ」
 ヒロキくんは頬づえをつきながら不思議そうな顔をした。
「初めて聞いたよ」
 ぼくは拍子抜けした。
「え、昔からあるのに?」
「そういうのは、女の子たちにしか広まらないんだよ」
 ヒロキくんはふん、と鼻を鳴らした。
「ヒロキくんは、こういうのって信じる?」
 ぼくは恐る恐る聞く。
「んー、どちらかといえばだなあ」
 ヒロキくんは、あごをぼりぼりとかいた。
「信じる方だな。ナオトは?」
「ぼくは……半信半疑って、ところかな」
「そうか……」
 ヒロキくんは渋い顔で腕を組んだ。しかし次の瞬間には、勢いよく立ち上がった。
「そうだ、本当かどうか、実際に確かめてみようぜ!」
「え?」
 目が点になった。
「だからさ、実際に桜の木のおまじないをして、本当にかなうかどうか確かめるんだよ」
 ヒロキくんの目は、キラキラと輝いていた。その勢いに飲まれたぼくは、こう言わざるを得なくなった。
「うん、わかった」

(続く)

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