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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (7)

「お、終わった」
 へなへなと座りこんでいるぼくの前では、チャロがおばさんに駆け寄っていた。
「チャロ、戻ったのね」
 チャロは、彼女の鼻をぺろぺろとなめる。よかった。そう思っていると、どこか遠くから何かが鳴る音がした。
「へ?」
 ピピピピ、ピピ。気がつくと、ぼくは自分の部屋にいた。時計を見ると朝七時。
「うそだろ」
 さっきの一連の出来事はただの夢だったのか?そう思いかけた時、あの声がした。
「少年、夢ではないぞ」
 見ると、猫が机の上に立っていた。手首を見ると、デバイスがついていた。
「どうして君がここに?」
 ぼくは机に近寄った。
「君とわれわれの正体がバレないように証拠隠滅したんだ」
「そうか」
 猫は真面目なトーンで言う。
「まさか、奴らだけを消すなんて、思いもしなかった」
「助けたかっただけだよ」
 猫はさらに続ける。
「君のような優しい心を持つものとわれわれが組めば、奴らからこの星を守れるかもしれない」
 ぼくはデバイスを見る。思い出すのは、再開を喜び合うチャロとおばさんの笑顔。あの力は、苦しみから救い、人の笑顔を守るための力だ。ぼくは決心した。
「いいよ。一緒に戦うよ」
 猫は驚いたようにぼくを見る。
「そうか、なら、われわれと手を組むのだな?」
 猫は、ぼくの目をじっとのぞき込んだ。吸い込まれそうな、きれいな青だ。
「うん、よろしく––と言いたいところだけど」
「なんだ?」
 猫は首をかしげた。
「ずっと猫って呼ぶのも変だから、名前をつけていいかな?」
「なまえ……?」
 猫は、それが初めて聞いた言葉であるかのように、繰り返した。
「そう。ぼくにナオトって名前があるように、この星のものには全て名前があるんだ」
「ほう」
 猫は身を乗り出す。
「そうだな……」
  ぼくは、猫を見る。灰色のふわふわの毛に、青い宝石のような目。それにふさわしい名前は……。
「そうだ」
 ぼくは左指を上げた。
「チャコ、なんてどうかな」
「チャ……コ?」
 猫の元々から丸い目がさらに丸くなった。ぼくはさらに付け加える。
「君のその端末として使っている体の毛の色を、チャコールグレーっていうんだ。それを縮めてチャコ」
「なるほど、いい響きだ」
 声の調子は、先程から変わらず、平たいままだったけど、なんとなく嬉しそうに見えた。
「でしょ」
 こうして、猫––あらためチャコはぼくの家に内緒で住むことになった。

*    *   *


 同じ頃。
「うわああっ!?」
 ここは湯の花市の中心部にほど近い場所にある建物の一室。小野川アスミは、汗をびっしょりとかいて目を覚ました。
「何?あの夢」
 彼女は、先程までこんな夢を見ていた。夢の中では、自分は大きな犬の怪物になっていて、知らないおばさんに襲い掛かった。しかし、謎のヒーローに散々やられてしまった。残念ながら夢はそこで終わる。
「まったく……」
 アスミは汗を拭って起き上がった。こぢんまりとした、畳敷きの四畳半。小さな机に、乱雑に敷かれた布団。それが彼女の部屋の全て。アスミは布団を畳んで壁際に寄せると、着替えを始めた。その顔は、朝にするには憂うつそうだ。
 数分後。アスミがギシギシときしむ階段を降りて下に行くと、いきなり甲高い金切声が、彼女を出迎えた。
「一体いつまで寝てたんだ、この怠けものめ」
 ふすまを開けると、着物姿の六十代くらいの女の人が、仁王立ちしていた。彼女は、アスミのばあちゃんだ。
「すみません」
 アスミは頭を下げた。いつものことだ。そしてその後に来る言葉さえも、彼女にとってはわかりきったことだ。
「今度また遅刻したら、川に捨てるからね」
 川に捨てる。いつもその言葉を聞くたびに、アスミの心はちくりと痛んだ。八歳の頃に来てからずっとこうだ。仕事の都合上、アメリカへ行かなければならない両親にここに連れられてきてから、ひどい言葉を浴びせられ続けていた。
「アスミ、じいちゃんたちが帰ってくる前に戸口の掃除をしとけ」
「はい」
「あと、お茶とおにぎりも」
 アスミは、台所の奥にある扉を開ける。彼女たちが住んでいるこの建物は、アスミのじいちゃんが経営している新聞販売所の事務所を兼ねていた。朝の早い時間から、じいちゃんは他の店員たちと新聞を配達しており、一仕事を終えた彼らに、お茶とおにぎりやらを提供するのがアスミの仕事だった。
 アスミは、販売所の入り口をほうきではきながら、先程の夢について思いを巡らせた。あの夢、一体なんなんだろう。大きな犬と謎のヒーロー。アスミは、別に犬好きじゃないし、ヒーロー好きでもない。それ以外に思い当たるふしといえば……
 そこまで考えた末に、彼女はあることを思い出した。あれだ、昨日見た流れ星だ。
 時はさかのぼること数時間前。その日も祖母にひどいことを言われたアスミは、ボケーっと窓の外を見つめていた。そんな中、彼女は青い空を横切るふたつの光を目撃した。あれはなんだろう。突如謎の好奇心に駆られたアスミは、気づけば家の外に出ていた。
 数分後。アスミは星森山の頂上で、謎の光の行方を探した。
「あれ……」
 アスミは所在なさげに周りを見回した。しかし、それらしきものは何もなかった。朝だし、寝ぼけてたのかな。そう思いかけた時、彼女の耳にこんな声が聞こえてきた。
「ミツケタ」
「え?」
 アスミが振り向いた瞬間、彼女の視界が真っ赤に染まった。不思議なことに痛みは感じない。幸福感にも似た奇妙な感覚に包まれたまま、アスミは意識を失った。それ以降どういう行動をとり、どうやって帰ったのかは、アスミの記憶にはなく、気づけば自分の部屋で寝ていた。
 あの夢は、もしかしたらあの流れ星の影響なのかな。アスミが、そんな事をぼんやり考えていると、奥から怒号が聞こえた。
「ほら、ぼさっとしてねで、早く手ぇ動かせ」
 ばあちゃんだ。アスミは我にかえり、手を動かした。

(続く)
 


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