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【Traveling】令0603〈04.佐世保〉

1.朝焼け〈リレーかもめ〉

午前6時18分,博多駅。
まだ暗いうちに宿を出発して,駅までやってきた。
日中はあれほどごった返しているこの大ターミナルも,早朝はこの閑静な佇まい。

改札を通る。
2日目の入鋏は博多駅北改札口。

3番ホームに上り,乗車するのは「リレーかもめ」3号。
先日開業した西九州新幹線に武雄温泉駅で接続する。
行程と宿の都合により急遽課金となったが,九州の特急に乗れるのならば万々歳だと思った。

自由席車両に入る。
流石に6時半はガラガラだった。右側の窓際席に座る。
この車両は見た感じ半分程度の乗車率か。
薄明かりに包まれる博多駅を出発する。

〈9.3月3日 06:32~07:23 特急リレーかもめ3号 武雄温泉行き(博多~江北)〉

速い!
さすが特急列車,福岡近郊駅のホームを掠める勢いで次々と通過してゆく。

すっかり安心し,セブンイレブンで買ったおにぎりやらサンドイッチを食べる。
静かな空間で包装のカチャカチャ音を響かせるの(を自分がやること)はあまり好きでないが,人も居ないから良いだろう。

何となく買った梅おかかのおにぎりは味付け海苔だった。
普通に美味しいので此方でも食べたい。売ってはくれまいか。

おそらく佐賀県に差し掛かる頃,左側の車窓に広い朝焼けの空が見えた。とても綺麗。
左側に座らなかったことを少し後悔したが,向かいの窓側に座っていた女性もじっと窓の外を眺めていた。
これは目に焼き付けておこう,と考えて,しばらく鮮やかな赤色の空をじっと観ていた。
九州で見た初めての朝焼け。記憶にしっかりと残っている。

鳥栖,新鳥栖…。いつの間にか佐賀に入っていた。
途中で遺跡なんかも見送りながら,空の白む筑紫平野を黒いかもめが快走する。
長崎へのトップランナーだ。

このまま新幹線,白い方のかもめに…と行きたいところではあったが,本来自分は18きっぷユーザーであって,この特急移動は行程組み上げ後に予約した宿の立地の関係で急遽組み込まれたもの。あまりこの車内に長居はできない。

降車。
先日駅名の変わった江北駅で,佐世保線に乗り換える。
向かいのホームに見える2両の列車に乗る。

3番のりばまでやって来ると,黒いかもめは長崎を目指してそそくさと行ってしまった。
いつかはまた新幹線で長崎へ行きたい。

佐世保行きの前方車両中ほどに腰掛ける。
日曜日の朝っぱらなので結構空いている。
これでのんびりと佐世保を目指す。

2.微睡み〈佐世保線〉

〈10.3月3日 07:29~08:35 JR佐世保線 佐世保行き(江北~佐世保)〉

ここから早岐まで,正直あまり記憶がない。
結構な早起きであったので,かなりうとうとしていた。
はっ,と気付くと有田,あっ,と気付くと早岐,みたいな感じだった(列車内は休息の場所としても活用していきたい)。

気がつくと早岐に着いていた。
佐世保まで乗るのかと勝手に想像していた乗客たちは,結構な人が早岐で降りていった。
早岐に用があるのか,乗り換えて長崎方面に用があるのか…?

見回していると,停車中の車窓からはあの「エレナ」が見えた。
可愛らしいゾウのロゴマーク。
長崎ボルテージが一気に上昇した。

早岐からは進行方向が反対になる。
乗客の半分くらいはクロスシートを転換させているが,あれは昨日の夜,福北ゆたか線の車内で驚いた光景だ。
固定式のクロスシートか,ロングシートかしか経験したことがなかったもので,ガシャンガシャン,と向きを変えられるシートにとても感心したのだ。

江北から乗っていたし,向きを変える気にもあまりならなかったので,そのまま視界の奥へ流れていく車窓と共に佐世保へ向かうことにした。

大塔,日宇,とそれなりに乗降がある。
山側の車窓だったが,次第に長崎らしいあの住宅街がよく見えるようになってくるので,車窓を見る眼差しが真剣になった。この頃には眠気もすっかり覚めていたと思う。

3.軍港〈佐世保駅,佐世保港〉

朝8時半過ぎ,佐世保に到着した。
立派な高架のホーム。いいなあ。

階段を下りて駅舎内に入る。
長崎行きのシーサイドライナーが表示されていて,隣は佐世保線。

まずは港側の景色を観ようと考えて,駅の裏から出た。
西九州道の橋脚が並んでいる。

佐世保港。
佐世保というまちを呼び起こした張本人である。
1889年の佐世保鎮守府設置以来軍港として栄え,現在も米海軍と海上自衛隊の基地が置かれている。

右手に見えるのは2013年に開業した複合商業施設「させぼ五番街」。向こうにあるアーケード商店街から三ヶ町,四ヶ町,と来ての五番街らしい。テナントを見るとかなり色々入っていて,集客が大きそう。佐世保駅周辺の新たな商業核なのだろう。

錨のついた「SASEBO」モニュメント。
このタイプの像は全国的に増加が著しいが,写真を見て一目で場所が判るので好きだ。

駅構内のラックを物色した(アミュプラザ長崎の小冊子やチラシを得た)のち,佐世保駅の表側に出る。
立派な駅舎と立派なロータリー。
高層のホテルやマンションの建ち並ぶ健康的風景。この時点で栄えている。

4.直線距離〈させぼ大通り,アーケード商店街〉

佐世保の街中を貫く大動脈,国道35号「させぼ大通り」をアーケード方面に向かう。
フオオオオオオ……。栄えています。
このような車線多めの国道が街中を貫くこの規模帯のまちというと,自分は青森くらいしか出向いたことがないので,必然的にこの目の前の光景を形容することばも「青森みたいだな」しか出てこないのだった。

佐世保一枚目の青看。
国道35号は佐賀県武雄市で長崎に向かう34号から別れて佐世保に至る国道で,その距離はみちのく感覚からすると結構な短さ。奇しくも総延長は「35」km余りだそうだ。
というわけで,「松浦 平戸」は市役所前が起点の国道204号の経由地となる。

ワクワク・ポイントは384号の行先,「五島 (フェリー)」の表示。
国道384号は五島列島福江島から佐世保に至る海上区間を含む道なのだからそう書いてあることは当然なのだが,「五島 Goto」に心躍ってしまった。五島にGo toしたい。

キロポストの先に「させぼ四ヶ町」商店街の入口を視認。
早く飛び込みたい…。

とか思っていたら左手に現れたのが多目的ホール「アルカスSASEBO」。
かなりインパクトのある見た目をしている。立派なホールのある街は良いと思う。

時々振り返ってシャッターを切る。
地味~~に水滴の気配を皮膚に感じる微妙な天候だが,本降りでないので大丈夫。

四ヶ町アーケードの入口「戸尾町」交差点。
戸尾町とはまた後で再会することになるが,またその時に。

またもや振り返る。
日曜朝からキョロキョロカメラを構えている様はかなり不審だろうが,旅の記録はなるべく多く残して帰りたい。
35号は少しだけ山側に進路を移して京町へ進む。

時刻は9時前。
まだまだ開いている店舗は少なく,曇り空のもと閑静なアーケードが姿を見せる。
道幅は広めで屋根もとても現代的。
四ヶ町商店街・佐世保玉屋,三ヶ町商店街のアーケード街は総称して「さるくシティ4○3」と名付けられていて,あわせて全長968m,直線距離では日本一の長さを誇るという。
南側の「四ヶ町(よんかちょう)商店街」は,佐世保駅側の入口から島瀬公園まで,上京町・下京町・本島町・島瀬町の4町にわたって続く商店街で,全長は516m。

「楽しい!! お買い物は!! 京町通り商店街で」
途中で逸れて「京町」交差点に出る。

国道を渡って反対側の歩道へ。

戸尾町方面。
この辺りでにわかに雨が強まってきたので,アーケード内に駆け込む。

34号経由の「佐賀 69km」が最上段に来ていて,より遠方の「長崎 84km」は中段に。
どちらにしろ35号の行き先でないので,表示順序は多少上下したりするのだろう。

京町歩道橋に上って見回してみる。
優勝景観すぎる。ヤバいですねとなった。

国道から少し角度をずらすと戸尾市場が見える。
戦時中に掘削された防空壕を店舗や住居として利用していることから,「とんねる横丁」の名で親しまれているそうだ。

歩道橋と屋根がかなり近いので,普通あまり見られないような画角でアーケードの構造がよく分かる。

アーケードへ戻って,三ヶ町方面へ歩く。

この辺りまで来るとかなり視覚的な情報量が増し,ショッピングモールに入っているような見慣れたテナントが多くなってくる。
アニメイトがアーケード内にあるのヤバすぎる。都会。

もう結構歩いた気がするが,アーケードはまだまだ続く。
ときどき脇道の明かりに目をやると,楽しそうな小路が顔を覗かせる。

この看板が掲げられている出っ張りを不思議に思って調べると,なんとこの上を松浦鉄道が跨いでいた。
アーケードを跨ぐ鉄道,あまりにもヤバすぎる。世界文化遺産にでも登録すべきだと思う。

と発狂していると,やっとで三ヶ町の南側入口に到着した。
島瀬公園では消防団のチャリティバザーの準備が進んでいる。

なにか曰くありげな看板を見つけた。
帰宅後調べてみると,県と佐世保市が隣町の川棚町内に建設を計画しているダムらしい。当地住民らの反対運動により40年以上もの間くすぶっているようで,相当に根深そうな問題。

三ヶ町商店街へ。
この「三ヶ町」は松浦町・常盤町・栄町の3町を指す。全長は398mで,この一連のアーケードも折り返し地点といったところ。

新しめのマンションが多いからか,四ヶ町よりアーケードと建物の間にゆとりがあり開放的な印象。

5.八幡さん〈市役所,亀山八幡宮〉

十八親和銀行の看板が見えると,やっとでアーケードが終わった。
流石は日本一の直線アーケードで,実際に歩くとかなりの距離だった。

そのまま真っ直ぐ進んで,市役所方面に向かう。
ときどき斜面地に建ち並ぶ家々が見え隠れする。

市役所の脇まで来ると,「官公庁エリア」を案内する看板があった。
佐世保川を渡ると,対岸には長崎県県北振興局と国の合同庁舎が建っている。
佐世保の官庁街は山裾の控えめな立地。

佐世保市役所。
でかい。立派だ………。
地上13階,地下2階建てで高さ59.1mの本庁舎は1974年に竣工したそうだ。

歩道橋にはさまざまな案内があって賑やかだ。
2枚の青看のうち左側はかなり判読しづらい。
「伊万里 25km」がかろうじて読め,下段は当て板になっている。
右側は204号の経由地である松浦,平戸の名が出ていて,ご丁寧にも「35号ここまで」との表示もある。
さらに隣にはおにぎりが2つ並べられ,「始まり」「終り」の補助標識もついている。
長崎はこういう所に案外こだわりが強いのかもしれない。

歩道橋に上って平戸方面,佐世保駅方面。
やっぱり紅白のNTT鉄塔ですよね。立派な都会の証です。

改めて向こう側から見た市役所。
大通りに面したこの形,山形県庁を思い出した。

市役所と向かい合うように建っている鳥居は,佐世保でも代表的な神社「亀山八幡宮」。
明治以降は軍港の鎮守神としても信仰を集めてきたという。
折角なので拝ませていただく。

階段を登っていくと,立派な広い境内。
祭事の時だとか,お正月なんかは人でごった返すのかな。

由緒をしばらく読んでみる。
五柱の神様が祀られているそうだ。

これから八戸に帰るまで,何事もないことを祈った。お願いします。

参拝を終えて,よくわからない方の細い出入口から出てみる。
へばっている家々がしっかり見えます。

「西海鎮護」の字面が良すぎる。
めちゃくちゃ強そうです。

6.タイムアタック〈歩道橋,商店街⑵〉

また国道に出て,佐世保駅方面へ折り返す。
標識はできるだけ撮っておこう。
「島地町」「小佐世保町」「山祇町」とか,佐世保市街地の地名は町を付けて表記するんだろうと思っていたら,鹿子前町は「鹿子前」だった。

もはや歩道橋があったら登りたい人間すぎていけない。
歩道橋から通りを見下ろすのが好きすぎる。
もちろん登ります。

駅方面を見る。
にしても6車線は壮観である。
等間隔に並ぶ信号灯器と連なるテールランプが堪らなく好きだ。日が暮れてからはもっと綺麗だろう。

この辺りで,すっかり頭から抜けていたもう一つの目的地を思い出した。
天神山公園。
あ〜そうだった。時間あるかな。

現在時刻9時57分。
11時12分発の長崎行きで佐世保を発たなければならない。
天神山公園は佐世保駅より南側,線路向こうの海側にある。白岳町とか,そっちの方面だ。

いやあ,いや,どんだべ。
1時間はかなり微妙すぎる気がする。
うーんでも,佐世保に来たからには斜面市街地を存分に見渡せる場所に行かないと帰れない…。

バス停で悩んでいると,バス停案内画面の「山祇循環」の四字が目に入る。
「何か凄いバス路線らしい」というのは事前の軽い佐世保予習で存在は把握していた。
これであれば結局駅にも近いのだし,1時間で丁度良く上まで行って帰って来られるのでないか。
これに乗ってみよう。

…あと10分ある。
店が開いて本領を発揮しているであろうアーケードを見ないと。
バスに乗って帰ってきたらまたアーケードに行く時間は無いだろうから,この10分間でチラッと見てこよう。

駆け足で歩道橋へ向かう。とても丁度良い位置にあって助かった。
閉店予定の佐世保玉屋の塔屋。

しっかり前後を収める。
山が近いのがやっぱり良い。

島瀬公園を抜けて屋根の下へと滑り込む。
………!!

アーケードが稼働を始めていた。
内照看板も明かりが灯り,朝通った時よりもさらに明るい。

そしてこの人通り。
凄いなあ……………………。

この街は驚きしか与えてくれない。

活況を呈するアーケードをもっと観たいが,さっきのバス停に駆け足で戻らなければ。
とんぼ返りでまたもや歩道橋へ向かう。

7.気絶景観〈山祇循環,峰坂,戸尾町〉

時刻には間に合った。
バスは数分遅れてやってきた。

いつもの「ハチカ」を読取機にかざす。
あまりにも異郷のカードすぎて,使えることは解っているのに一瞬大丈夫かと不安になったが,地元の赤いバスと同じ「ピッ」という元気な音で読み取ってくれた。
本当に何処ででも使えるらしい。

〈11.3月3日 10:08~10:23 西肥バス X11  戸尾→山祇循環(島瀬町〜峰坂)〉

発車したバスは,1時間ほど前に見た景色を遡っていく。
京町のアーケード,そして四ヶ町の入口,「戸尾町」交差点。
ここでバスは右折し,山側へ入っていく。

おおお,もうこの時点で結構狭いぞ。
前方を注視していると,また右折。
おお,おお,おお,おお。
いやいやいや凄い所入るんだな。

ウオオオオオオ………。
縦にも横にも並ぶ建物の中をグイグイと登ってゆく。
凄いな…。

そしてまたバス停の位置も凄い。
そこで乗降できるんだ…。

途中も対向車をするりと交わし,交互通行の信号も抜けながら,白南風町,山祇町,ととぐろを巻いた狭い道をあっという間に駆け抜けてしまった。
なるほど,これがこの街の日常。

下手なアトラクションより興奮を覚えたバスを「峰坂(みねのさか)」で降りた。
むちゃくちゃ味のあるバス停。
町名は「山祇」だが中学校は「山澄」らしい(確かに初見で「やまずみ」は読めなかった)。
ここから駅まで歩いて戻る。

オイオイオイオイオイオイオイ。
いきなりヤバい。

家の屋根の高さが全く一定でないのだ。
建造物自体が地面の起伏をそのまま写しとっている。

ウオオオオオオオオオオ,オオオオオオ???
すんごい。
これだけ斜面に沿った塀は初めて見たし,このとんでもない高低差。
奥には港が顔を覗かせていて。

家の前を通り過ぎると,話し声やテレビか,はたまたラジオか,賑やかな音が微かに漏れ聞こえてくる。
ここに住んでいる人がちゃんといる。
ゴミ収集場も,斜面に寄りかかりながらじっと佇んでいる。

Googleマップを開きながら,入り組んだ小路を進んでいく。
公民館と一緒になった公園がある。

再び上の方へ登るが,かなり足腰に来る坂だ。
数字にするとどれほどの傾斜なんだろう。
ここで日常的に生活している住人はもう慣れっこというか,これを当たり前にして生きてきたんだろう。
だけれどもこの高齢化時代にあってこの急峻な坂の街で生活していくことは,並大抵でない負担を強いられることもまた確かだろうと思って,これからの現実も案じたりした。

そんな坂道も,振り返ると。
「いやぁぁぁ………………」

吐息交じりの(というかほぼ息だったと思うが)声にならない声を出して,両眼に映る光景を凝視する。

奥行き,遠近法の塊みたいな景色。
これが佐世保か。佐世保だ。
これは,なあ。

ここが峰坂町の由来となった「峰坂(みねのさか)」。
平戸から出て彼杵で長崎街道へ合流する江戸時代の街道・平戸往還にあって,この坂はその道中でも最大の難所であったという。

坂は今でも生活道路として利用されているが,この場所を旅人や参勤交代の行列が行き交っていたのだと想像してみると,とても不思議な気分になる。

地形に素直に沿ったこの坂そのものは,舗装はされても,周囲が家で埋め尽くされても,当時とあまり変わっていないのでないか。

坂に生きる佐世保の現在と,先人が往来した過去の佐世保に思考を巡らせて,峰坂を降りてゆく。

またもや「佐世保景観」が牙を剥く。
ウオオオオオオアア。。どんな街ですか。
向かい側のあの斜面からは反対にどう見えるんだろう。

峰坂の終端。
高層ビルと住宅が交じって,まるで地形がわからない。
いや,もはや建物の起伏それさえ地形みたいなものと言ってもいいのかもしれない。

気がつくと町名は「戸尾町」に変わっていた。
あ,あの戸尾町だ。アーケードの入口と同じ町。

だんだんと街との距離が縮まってくる。
よくこんな入り組んだところに街区符号を振れるなあ,というのはずっと思っていて。


これは!

下りきったところにあったのは,ゴミ収集に使うカゴ。
これはソリのタイプだ。
収集車が入っていけないような細い路地にあるごみ収集場から,このカゴいっぱいに袋を積んで車道まで持ってくるのだ。
長崎市にあるのは知っていたが,当然同じような斜面住宅地のある佐世保にもあった。

8.南下〈佐世保駅〉

この辺りの高さもまた上とは異なった迫力がある。
建造物の近さがかなり密度と圧を生じさせている。

10時48分,佐世保駅前まで戻ってきた。
めちゃくちゃ丁度いい時間。成功。

朝より車通りも増した大通り。

「県北地域に新幹線開業効果を!」

2022年9月に長崎~武雄温泉間が開業した西九州新幹線。
当初は佐世保市を経由するルートで計画されていたが,民営化後は採算面での懸念が生じ,新たに提示された佐世保市を経由しない「短絡ルート」を1992年に長崎県議会が了承した経緯があった。
今後の佐賀県区間の動向次第では佐世保へやってくる特急列車の運行体系にも変化が生じる可能性があり,新幹線ルートから外れた佐世保にとっては看過できない点であろう。

一日中滞在して隅々まで見て回りたいところではあったが,惜しくも駅舎内へ戻る。
もっと観たい。言わずもがな再訪対象地である。
そういえば,JRの日本最西端はここ佐世保駅だった。看板を見て思い出した。

改札へ入る。
11時12分発の区間快速「シーサイドライナー」で長崎県を南へ向かう。

〈05〉へ続く。

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