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ヤマザキマリさんの言葉に学ぶ、2020年の世界の見方


私たちが人生で経験する様々な事を、世界中のいろんな国で暮らしてきた経験をもとに独自の視点で検証する切り口がユニークで面白く、ヤマザキマリさんのエッセイをこれまで何冊か読んできた。

「地球(世界全体)」という果てしなく広いものさしを広げながら、含蓄に富んだ「個」の視点であらゆる人間や事象について考察するヤマザキマリさんの言葉には、ページをめくるごとに新しい世界に触れる新鮮さがあり、読み終わるたびに「海外に行きたいなぁ」「もっといろんな事を知りたいなぁ」と知的好奇心を刺激されてきた。

そして先日、NHKあさイチのトークコーナーにゲスト出演された際にいろいろ面白いお話をされていた中で、とても共感するお話がいくつもあったので、自分自身の体験も踏まえながら、ここに何点か書き記したいと思う。


ー(感染拡大で今までのように海外に行けなくなり) 映画とか本を、今まで忙しくて後回しになっていたものを見るようになった。〈中略〉
「停止している状態」じゃないと出来ないエネルギー供給の術もあったということに気がついた。(旅という)移動手段だけが私を構成しているものではなかった、ということにまさに気が付いた。

日常の「当たり前」が、地球全体規模の感染症拡大により、そうでは無くなってしまった2020年。3月以降、今まで気軽に会えていた人達に会うことやイベントに参加することが出来ない期間がしばらく続いた。
私自身、ニューヨークでミュージカル鑑賞するのが大好きで、以前にニューヨークに語学留学もしたことがあり、2020年は久しぶりにニューヨークに観劇に行きたいと考えていた。
しかし、ニューヨークはおろか、日本国内で電車に乗ってどこかへ出掛けることすら出来ない。
外からの刺激を得ることが、全く出来ない状況になってしまった。
「外に出れないなら、自分の内側に何かを与えよう」、そう思って家にいる時間は、英語の勉強を一からやり直そうと思い、本棚にあってもずっと手を付けずにいたテキストや評判の良い参考書を新しく購入して読んだり、時間がかかる事を理由に面倒臭くてやらずにいた英単語帳づくりを始めた(スマホアプリより手書きの方に相性の良さを感じていた)。Youtubeのおかげで、アメリカの番組(ニュースやトークショー)もいろいろ発見し、世界中で何が起きてるのか知ることも出来た(2020の救世主、インターネット…!!)。
さらに、自粛期間中に韓国ドラマにも出会い、休日は韓国ドラマの世界に浸っていた。こんなに家にいる期間がなければ、全16話の韓国ドラマを何作品も見れなかったと思うし、何より、日韓関係はいろいろな事を抱えているけれど「ソフトパワーの力ってすごいんだな」と映画やドラマが持つ力を実感した。韓国と日本の社会の共通点を発見したり、韓国で暮らす人々を身近に感じることが出来たのがとても面白い経験になった。
体は一つの場所に留まっていても、海外の文化や言語に触れる手段は沢山あることに気付いた。また日常が戻ったら、新しい知識を旅の友にして、海を越えてあれもこれもこの目で見に行きたい。


ーいろんな考え方の人達が混ざってる中で生きていくというのは、普通という概念が通用しないので、とにかく自分の頭で考えて自分の判断というか…常識よりも「良識」ですよね。経験を積んできた上で、人ってこうゆう事すると傷つくし、こうゆう事すると悲しむからやっちゃいけない、とかっていう事は、やっぱり外へ出てった方が学んでいけるというのがありますよね。

これも自分自身の経験談になるけれど、以前ニューヨークの劇場のトイレに並んでいたとき、様々な肌色・髪色・背格好をした周囲の人々と自分の姿が、洗面台の大きな鏡に一緒に並んで映ってるのを見て「私は日本人というより、この地球上の“私”というひとりの人間なんだな」ということがスッと腑に落ちる瞬間があった。○○人という外枠を外して見れば、皆ひとりの人間に過ぎない。育った環境や習慣や言語が違うだけで、どんな事に嬉しさ・悲しさ・恐ろしさ・楽しさ・を感じるのか…その根底にあるものは大体みんな同じだ。これは、ニューヨークの語学学校で知り合ったヨーロッパ・アジア・南米から来たクラスメイトやアメリカ人講師達との日々のふれあいの中でも実感したし、最近では、オンライン英会話を通じて知り合う、世界のいろんな国々に住んでいる先生達との雑談の中でも感じる事だ。世界中の誰もが感染症のパンデミックを現在進行形で経験しているという異常事態の中、皆が家庭や職場で感じていることは大体が一緒。なので世界中の人達と、別れ際には「気をつけてね」「あなたもね」とお互いに気遣い合う。
一方で、「空気を読んで、その場にいる人の気持ちを慮る」事を美徳とするのが日本の常識だが、「思っていることは率直に伝える」事を良しとする場所もある。何が正しいか、は環境や習慣によって千差万別だ。「普通」「常識」という実体のない概念を肥大化させて、自分や相手の心を苦しめないことは、人生でとても大切なことなのかもしれない。
現在の分断が進む世界では、外に出て【誰かの靴を履いてみる】事が人間にとってすごく重要な事なんだと思う。(これはブレイディみかこさん著の「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」に出てきた素敵な言葉)
日本の若者達にも、どんどん世界を旅して、様々な価値観や生き方に触れていってほしい。

知的好奇心に溢れるヤマザキマリさんの言葉を聞くと「人間、一生勉強は続くし、知識や経験が増えるたびに見える世界が変わって見えるのが、人生の面白さだな」とつくづく感じる。
2020年は、今まで当たり前と思っていたもの・忙しさを理由に知らずに通り過ぎて来たもの価値に気付かされ、大切なものは何か考えさせられる1年のように思う。
この時間で発見できた事を心のアーカイブに入れて、また再び外の世界の新しい景色に出会える日を、心待ちにしている。

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