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人間の不完全さを愛する映画ー『幸せへのまわり道』

こじんまりとした作品ながら、人の生き様というのは白黒つけがたく「グレー」な面を持ち合わせているということを、温かな視点で描いた良い映画だった。

《あらすじ》
ある日、雑誌記者ロイド(マシュー・リス)の元に「国民的子供番組の司会者、フレッド・ロジャース(トム・ハンクス)を取材し記事を書いて欲しい」という仕事が舞い込む。初めは自分とは畑違いの仕事に乗り気ではないロイドだったが、相手の心の奥底にあるものを感じ取って語りかけるフレッド・ロジャースとの対話を通じ、ロイドは自分自身が長年抱えていた「父親との不和」と向き合うこととなり、自身の過去や家族との関係を見つめ直していく・・・。


この作品のシンボルでもあり、ストーリーテラー的な役割を担ってるのは、子供向け番組の司会者として著名な実在の人物、フレッド・ロジャース。
長きに渡りアメリカの国民的子供番組『Mister Rogers' Neighborhood』(1968〜2001)のホストを務め、子供たちに「ありのままの自分でいることの素晴らしさ」や道徳心、ときに親の離婚などのセンシティブな問題など、あらゆるテーマを子供の視点に寄り添いながら語る姿勢で多くの人々から愛された。

PBS KIDS公式の『Mister Rogers' Neighborhood』の映像


この映画はフレッド・ロジャースをストーリーテラー的なポジションに据えているとおり、彼の半生を綴った自伝的映画ではなく、【雑誌記者ロイドとフレッド・ロジャースの交流】を描いている。
そして物語は、1998年に雑誌『Esquire』に掲載された記事「Can You Say...Hero?」(フレッド・ロジャースの密着記録を元に書かれた記事)にインスパイアされ、創作されたものである。
※よってこの映画の脚本は「Can You Say...Hero?」内のエピソードとフィクションがミックスされており、主人公ロイドも、記事を執筆した実在の記者トム・ジュノーと類似点はあるものの、基本的に別のキャラクターである。(ロイドと父親のエピソードは映画オリジナル)

この映画の主役ロイドは、妻と生まれたばかりの息子の三人で暮らし、雑誌記者として表彰された経歴も持っているが、いつも眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げているような、神経質で気難しそうな風貌をしている。そんな彼は、かつて病に苦しむ母親と幼い自分を捨てた父親の事を心の底から憎んでおり、姉の結婚式で久々に再会した父親を、感情の抑制が利かずに殴ってしまう。
その「体にも心にも傷を負った状態」で依頼を受けたのが、フレッド・ロジャースを紹介する記事の執筆だった。そして彼は、フレッド・ロジャースのインタビューを行うため、『Mister Rogers' Neighborhood』の収録スタジオへとと向かう。

スタジオでロイドの目に映った大御所司会者フレッド・ロジャースは、出演者の子供の影響で収録が一時中断してしまった現場の空気を全く気にせず、目の前にいる小さな子供の一挙一動に反応し、視線を合わせながら穏やかに語りかける聖人のような姿をしていた。
そしてフレッド・ロジャースは、マイペースに次のテイクの撮影を再開し、「テントの広げ方」のレクチャーを始める。ところが、何度やっても肝心のテントがうまく開かず、大の大人がテントを広げるのに四苦八苦する滑稽なNGテイクとなってしまう。しかし彼はこのシーンをこのまま使う事を提案し、その理由をロイドにこう伝える。
「子供が知るいい機会だ。大人でも思うようにいかないとね。」

子供の頃は「大人はどんなことにもうまく対処できる」と思いがちだが、実際に大人になってみると、思うようにいかない事が山ほどある。そして、そのジレンマと向きあった時、私たちは感情の波に飲み込まれ、自分の境遇を悲嘆したり、その原因を誰かのせいにして怒りをぶつけたくなる。
「思うようにいかないことに対峙したとき、どうすればいいのか?」これは大人にとっても永遠のテーマだと思うが、それはフレッド・ロジャースにとっても例外ではない事が、記者ロイドの「聖人と暮らすのはどんな気分です?」という質問に対する、フレッド・ロジャースの妻の答えの中で語られる。
「その呼び方は好きじゃない。聖人扱いしたら、彼の生き方が現実離れしてしまう。あれは訓練と努力の賜物よ。彼は完璧じゃない。短気なのよ。その怒りを抑える道を選んでいる。」

そして、この「怒りの感情」との向き合い方に長年苦しんできたのが、主役のロイドである。姉の結婚式後、歩み寄りの姿勢を見せてきた年老いた父ジェリー(クリス・クーパー)を頑なに拒絶し、父が大病を患っている事を知ってからも、ロイドは父と向き合う事から逃げ続ける。あげく、「今はお父さんとの時間を大切にすべき」という妻アンドレア(スーザン・ケレチ・ワトソン)の助言も心無い言葉で突っぱねてしまい、自分の味方の妻をも傷つけてしまう。
幼い自分と死の淵で苦しむ母親を捨てた父親に対する怒りを心に宿し、その怒りの感情を解く方法を見つけられないまま体だけが大人になってしまったロイド。そして劇中、ロイドの心の奥底を彷徨い続ける「少年ロイド」の存在を見透かしているかのように、彼と視線を合わせて言葉をかけてくれる相手が、長年に渡り子供の心に寄り添って来た、フレッド・ロジャースである。

映画の中のフレッド・ロジャースは70歳くらいだが、年下のロイドにも「年長者の説教」のような口調で諭そうとすることは一切しない。人としての道理などを説こうとするのではなく、ロイド自身が置かれた環境で培ったものを、穏やかに肯定する。
ロイド「あなたは、僕みたいな壊れた人間が好きなんだ。」
フレッド「君は壊れていない。君は信念を持った人間だ。正しさと間違いの区別をつけられる人間だ。覚えていてほしい。お父さんとの関係が、君のそうした部分を培った。お父さんの影響で今の君がある。」
「1分間だけ、自分を愛し培ってくれた人々を思い浮かべて。」

ずっと固く握りしめていた拳を緩めて掌を開くかのように、フレッド・ロジャースとの交流を通じて、ようやく過去も現在も受け入れる心境に至るロイド。
そして彼は、妻アンドレアにも正直に心の内を話し始める。
「自分の感情に向き合うべきだと気付いた。(倒れた父が搬送された)病院にいたとき、僕は怖いと感じていたんだ。昔から僕は怖くなると怒りにかられる。怒りで訴えてるんだ  “この状況は限界だ、僕に近寄るな”  でも本心は逆だ、逆のことを祈っている。君とギャビン(息子)こそ、僕に必要な存在だ。」
「ジェリー(父親)に会いに行く。もう長くない。僕の父が死にかけている。」

長年動きを止めていた時計の針がゆっくり動き出すように、残された時間を分かち合う、年老いた父と息子。そして父もまた、かつて家族を捨てた自分の弱さを見つめ直し、自らの過ちを息子に詫びながらこう呟く。
「人生は酷だな。今やっと、どう生きるべきか分かってきたのに。」
「ずっとお前たちを愛してきた。」
明け方の静かな寝室、まもなく旅立ちの時を迎えようとしている父親の傍らでは、ロイドに抱かれた新生児のギャビンの柔らかい声が響き、去り行く者とこの世に生を授かった者の対比が、このシーンを一層印象深くしていた。
そして父ジェリーは、自分の家族、そして思わぬ来訪者・フレッド・ロジャースとの団欒のひとときを過ごした後、天国へと旅立って行く。

この映画を見ながら、「私たちは物心ついた時から《正しい行い》をするよう教育され大人へと成長して行くのに、人間とはいかに、白黒つけるのが難しい「グレーゾーン」を持ち合わせているか」ということを考えさせられた。
「こうあるべきだ」と分かっているはずのに、複雑な感情が要因となって矛盾した行動に出るし、「こんな考え方をしたらダメだ」と分かってるのに、自分のコンプレックスや弱さが足枷となって人間関係に問題が生じる。
幼少期に怒りのはけ口を見つけられず気難しい性格になってしまったロイドも、現実から目を背け家族から逃げてしまったジェリーも、白と黒が混ざり合った、グレーな面を持ったな人間なのだろう。そしてきっと、人間はずっとグレーな内面を抱えたまま人生を終える。
だから、自分は聖人なんかにはなれなくて(おそらくどこにも聖人はいない)、「弱さもずるさも面倒臭さも抱えていること」をまず自らが肯定してあげる事が、人や社会と上手く繋がる方法なのかもしれない。グレーな自分の中にある「弱さ」と付き合っていく術を考え、それが周囲への刃にならないよう訓練し努力すれば、短所も持ち合わせた「ありのままの自分」を全否定し苦しむこともない。そう言った意味で、この映画は【人の不完全さを愛する映画】なんだなと感じた。

そして、フレッド・ロジャースが『Mister Rogers' Neighborhood』の中で歌っていたナンバー「Sometimes People Are Good」の中にも、この「人間の不完全さ」を愛する一節が書かれている。
この曲は映画終盤でも、フレッド・ロジャースに扮したトム・ハンクスによって歌われている。


時々 人々は善良な心でやるべきことをやる
でも その時々善良な人々が
時々 悪いことをしたりもする
おかしいけど本当のことなのさ
僕にとっても同じことなんだ



多くの子供達に向けて「世界に君は一人だけ。ありのままの君が好きだ。」と伝えてきたフレッド・ロジャース。ありのままの自分や相手を認めて許し、子供も大人も一緒に成長する事が出来たなら、多くの人々にとって世界は温かい居場所になるのではないか、そんな気持ちになれる映画だった。


※2020年公開の映画なので、現在は配信・DVD/ブルーレイ で見れます。


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