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【才の祭】賢者になれない僕たちは

1.便利なヒト

 「またかよっ!」
 口が悪くてごめんなさい。同棲してる彼氏からのLINEを読んだ率直な感想です。どうか許して下さい。
 「まだ帰れないの?」って質問に「これから帰るから先寝てて」の返事。昨日と同じ文面&スタンプもなし。きっと【こ】って入力したら、全文が出てくるようになってるんだ。絶対にそう。
 こっちから連絡しなきゃ帰るの連絡はこないし、「返事中身まで手抜きかよ」って思っちゃう私は悪くない。そういう私も、【ま】を打てば同じ文章が当たり前のように出てくる訳だけど。

 スマホに示された返信時間の早さには誠意を感じたい。
けど、やっぱ不愉快な気配は心から消えない。はぁ~ってため息をつきながらも、ひと目だけでも顔を見たくて、漫画アプリに付き合って貰いながら彼をただ待つ。
 こんな毎日ももうすぐ2年。お互いの仕事の都合でなかなか会えないから始めた同棲なのに、会えない時間が減った気がしない。きっと心配する時間が増えたからだと思う。ほんと何やってんだろ、私。

 だいたい彼は人が好すぎる!数年前まで一緒だったシステム運用の後輩からの問合せだの、事務方さんからのコピー機の紙がつまっただの、上司の「wordで表を作る時に一列増やすのどうするんだっけ?」とかに馬鹿正直にバカ丁寧に応えてたに違いない。だから自分の仕事が終わらないんだよ!
 「朝活は体にいいんだ」なんて6時すぎに家を出てるけど、日中に出来なかった仕事を抱え込んで誰も居ない時に集中してやってるだけ。しかも早めに出勤しようが遅くまで残業しようが役付きの年俸制だからお金にならないってあほじゃないの!?あーもう腹がたつ!!

 「絶対ブラックだから辞めなよ。体壊すよ」って言ってるのに「抜けた後の人を探してからじゃないとみんなが困るから」ってどんだけ(都合の)いい奴なんだよ!周りも周りだ!いい加減自分で覚えろ!甘えるな!人の彼氏を便利屋扱いするな!彼のスキルを無駄遣いすんな!
 あ、また口の悪い私が出てきちゃった。
疲れて帰ってくる彼氏を苛々しながら待ってばっかりの毎日がこれから先もずっと続くと思うとムショーに暗い気持ちになる。
 「私も彼もこれで幸せなのかな?」って不安にもなる、、、さすがに。


2.出来すぎなヒト

 終電の吊革につかまりながら、また遅くまで待たせてるって思うと溜息が零れた。「要領の悪い彼氏を待つ彼女は辛いよなぁ」いつも心配顔で待っててくれる彼女に申し訳なく思う。
 最近は笑顔を見れる回数が減った事も、辛そうな表情が多いのも気づいてない訳じゃない。勿論、彼女を失いたいわけじゃない。だけど、今はどうしようもない。あともう少しだけ、、、って、待っててくれるよな?
 車窓に映る寂しげな夜空を見つめながら、ぐっと押し寄せた不安を打ち消す為に、右手で吊革をぎゅっと握りしめた。

 同棲前にした「家事は半分こ」の約束は、ゴミ出しと自分が食べた分の皿洗いと、風呂掃除のみ。”半分こ”の約束を破ってばかりなのに一言も責めず、顔見て安心したいからって帰りを待っててくれる。彼女も不定期なシフト勤務で疲れてない訳ないのに。
 1年前に退職した先輩の仕事がプラスされて帰りが遅くても、彼女は心配するだけで要領の悪い俺を責めたりはしない。
 そんな出来すぎな彼女にいつかふられるんじゃないかってびくびくしながら甘えてばかりのズルい男。
 自分で分かってるだけに自己嫌悪にもなるよな。でも、もう少しで卒業するんだ。「辛い時は助け合おう」って笑顔で言ってくれた彼女に、やっと恩返しができる。だから頼む。もう少しだけ待ってて。終電の階段を駆け下りながら祈った。


3.不器用なヒトとの約束

 1カ月ぐらい前だったかに、「イブの日は俺も早く帰るから、早番で早く帰ってきて欲しい」って必死に頼んできた彼に、「どうせ去年みたいにそっちが残業になる癖に」って皮肉屋で意地悪な私が言いそうになったけど、必死な表情を見てなんとか堪えた。
 なんだろう、最近は言いたい事が言えてない気がする。疲れてる彼を責めたくなくて、苛々を飲みこむことが増えた気がする。

 あれ。私ってこんな性格だっけ?言いたい事を言っても笑いあえるから一緒に居て楽しかったんじゃなかったっけ?
 なんか大切にしたいことがずれてない?気づいたら自分の気持がさーーっと冷めていく気がした。
 なんで言いたい事を我慢ばっかりしてるんだろう。平気じゃないのに平気なふりしてるんだろう。こんなの変だよね。

 土日が休みで平日勤務&残業ばかりの彼と、土日出勤含めてシフト勤務が徹底している書店勤めの私。
 休日はバラバラで、朝の出勤時間も帰りの時間も全然合わない。少しでも一緒に居られるように同棲を始めたのに、私の職場への近さ(30分)を優先してくれたせいで、彼の通勤は1時間半に増えた。自分が損してるのに、「家事を半分こ出来なくてごめん」って毎日謝られてる。彼だって長時間の通勤が辛くない訳ないのに。

 お互いに我慢ばっかりしてる私達でいいのかな?って怖くなる。
結婚願望や焦りなんて持ってないつもりだけど、この生活が続けられるのか自信なくなってきちゃう。不安に押しつぶされそうで、暇つぶしの漫画アプリを閉じて目を伏せた。またため息が出ちゃう。


4.約束はやっぱり

 「またかよっ!」
 はい、お察しの通りです。彼から「ごめん、遅くなる」のLINE。分かってたよ、そうなるって思ってた。でも!!!

 むしゃくしゃした気持の私に、妹からのメリークリスマス!のLINE。楽しそうな動画付き。「彼氏と同棲いいよね!二人だけのクリスマスいいなぁ」って、無邪気に笑う妹の顔を見てると、「彼氏が帰ってこなくて一人だよ」って言い返したくなる。お姉ちゃんは約束破られて拗ねてます!

 「人にあれだけ早く帰って来てほしいって言っておいて!!」
 やっぱむかつく。無理にシフト変えて貰ったのに。最近はずっと言いたいこと我慢してたけど、どうしても今日だけは文句を言いたい!どんだけ嫌な顔されて早番にして貰ったと思ってんの!

 文句を言いたくて電話してみたけど、あれ、、、繋がらない。留守電だ。さっきのLINEの時間からそんなに経ってないのにどうして?
 ふと今朝の疲れ果てた彼の表情を思い出す。案の定、昨夜も終電だった彼がふらふらな足取りだったことも思いだしてしまった。あ~っ、なんで今思いだしちゃうんだろう。そういえば、朝御飯も珍しく半分ほど残してた気がする。

 一気に押し寄せる恐怖感。どうか、どうか、、繋がって。彼に会えなくなる予感がして、怖くなって何度も何度も電話してしまう。電話の合間にLINEを送っても既読にならない。なんなの!なんで繋がらないの!?
 寝不足でうっかり車にぶつかったり、電車にうっかりひかれたりしてないよね!もうやだ!なんなの!?なんで既読すらつかないの!?こんなに心配してるのに!

 パニックになりながら、彼の名刺を取り出して会社に電話する。業務時間外だから誰も出てくれない。苛立ちながら待つ時間ってやけに長い。なんだか足や手が震えてきちゃう。まさか過労で倒れて病院とかじゃないよね!散々待たされた挙句に繋がらず。もう何をどうしていいのか分からなくなって心細くて涙がこみ上げてくる。なんで繋がらないの。

 毎日遅く帰って来てもいいから、一緒に居られなくてつまんないって顔して困らせたりしないから、お願いだから早く彼の声を聞かせて。彼に何かあったら、ぶっきらぼうに言ってしまった「行ってら(っしゃい)!」を死ぬほど後悔してしまいそう。ううん、もう後悔しまくってるんだけど。


5.そして僕たちのクリスマスは

 びっくりした。帰ってきた途端に大泣きしてる彼女を見て心臓が止まるかと思った。「な、なんで泣いてるの?」って声が震えてしまうほど動揺してしまった。おかしい。こんなクリスマスになるはずじゃなかったのに。

 焦りまくる僕に抱き着いてきた彼女が、泣きながら少しずつ理由を話してくれる。慌ててポケットのスマホを取り出して、二人で覗き込んでみると見事に充電切れ。
 予想外のクリスマスで緊張がどこかに飛んでしまった僕と、呆れた表情の君で笑いあう。あぁ、久しぶりに笑顔だ。泣き顔もレアでいいけど、やっぱり笑ってる方がいいな。ほっとする。

 僕からのプレゼントは、「40日間連続・家事券」と、新しい就職先の雇用契約書の写しと、思い切って婚姻届。
 「何よこれ、プレゼントって紙ばっかり!しかも意味分かんない。なんなの?」若干切れ気味の彼女に、前に居た先輩に呼ばれた会社への転職が決まった事、引継ぎが終わって今日で会社に行くのは終わりだったこと、明日から2月の週明けまで有給で家に居れることを順序だてて話す。

 「今まで心配とか負担かけてばっかでごめん!!先輩の会社はここから近いし、社長の意向で残業が少ない会社なんだ。一緒に居られる時間が増えるし、家事も半分こできる。もっと君の負担を減らせるように努力するからずっと一緒に居て下さい。できればずっと、あの、オネガイシマス。」
 口から出てきたのは、精一杯だけど、へなちょこなプロポーズの言葉。

 彼女は泣き笑いの顔で、”40日”を二重線で消して”40年”に、”家事券”を消して”なんでも言う事きく券”に書き直した。

 「これから40年は私のいう事をきいて貰います。転職する前には絶対に相談して。体調辛い時に平気って言うのもやめて。”俺なんか”って言うのもやめて。それから、婚約指輪も結婚指輪も要らないから一緒に引っ越す為のお金を貯めて。この券は40年経ったら更に40年延長します。」
 「それって、結婚してずっとそばにくれるってこと?」とぼんやり聞いた俺に、「そういうこと!あー、もうこれ無駄になった!!」と彼女が取り出したのは、俺が勤めてた会社に近いマンションの見取り図。
 1時間半の通勤時間が30分に短くなるように考えてくれてた彼女。なんと一人で内見までしてくれてたらしい。いつの間にそんなこと、、、。

 「なんか、ありがとう。気ぃ使わせてごめんな。それとこれも。」と手渡す紙を見て「また紙っ!?」ってぶつくさ言いながら開いて、ぱっと目を輝かせた。
 そう、彼女がずっと欲しがっていたレシピ内蔵タイプの電気圧力鍋の注文履歴。アンダーラインを引いた”25日配達予定”に、「これがあればラクチンだね!料理は当分お任せできるね!やったー!」と嬉しそうな彼女。
 そして、彼女からのもう一つのプレゼントは、リングフィッ〇。お互いに運動不足だからって言うけど、彼女がこれをずっと買い渋ってたのを知ってるから笑ってしまった。自分の為になかなかお金を使えない彼女をめちゃめちゃ可愛いと思う。

 賢者の贈り物のように感動のフィナーレではないけど、40年でも50年でも80年でも、ずっと君と一緒に居られるなら何でも言うことをきくよ。
 一生モノの願いが叶ったんだから、そのお礼にね。


🎄 オー・ヘンリー作「賢者の贈り物」 🎄 


※11/14 17:32 一部変えました(60年→80年)

※11/16 👇作ってみた。ポストカードサイズのつもりです。好きなだけ使っちゃってください!Toには自分の名前を書くんですよ~(👈超大事)




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優しいお気持はありがたく、ちゃっかり頂く方針にしました💖