狂宴 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(11)〜
その夜
〈月の鯨〉を祀る厳かな礼拝堂にて
パーティーが行われた
高級船員限定の集まりだったが
オレは給仕をやらされたのだった
食卓に載ったのはスズノスケの仕止めたマッコウクジラ
(前回から二ヶ月も立っちまったな
オレは面倒くさくなって手紙を書くのやめようと思ったんだが
どうも小骨がノドに引っかかって仕方がねえ
おい お前 前回の話覚えてるか)
そう
奴の投げた銛は勢いよく飛んで
巨大な背中に突き刺さった
クジラは凄まじい叫び声を上げ
真っ赤な血が滝となって噴き出す
ボートはその後約1時間
荒波の中を引きずりまわされた
銛からは麻縄が出ており
ボートの回転柱に巻かれている
計り知れない力がボートを引っ張り
柱が高速回転して炎を噴き上げた
ボートは強い力で引っ張られ
縄の摩擦で大ケガをした舟子もいた
しがみついているのがセイイッパイ
渦と化した海をグイグイ引っ張られ
凄まじいエネルギー
クジラが弱るまでひたすら耐えるしかない
太陽が傾きはじめる頃
クジラは勢いをなくしていた
スズノスケはボートをクジラに近づけると
ジャンプしてクジラに飛び乗った
クジラの背中に突っ立ち
腕をクルクル回し天を仰ぐと
ふいにつむじ風が起こり
周囲が水飛沫で真っ白になる
何が起こったのやらわからない
次に視界が開けたときには
クジラは腹をうえにして浮いていた
その命は絶えていた
クジラは重機で海から吊り上げられ
母船の側面に括りつけられる
スズノスケがナイフを取り出し
クジラのカラダに刃を突き刺し
抉り出した肉を口に入れるのを見た
奴はいかにも美味そうに頬ばり
顔をニヤけさせた
オレはその顔を見て気分が悪くなったが
その夜
鯨肉パーティーが開催されたのだ
スズノスケがマイ(船長の名前だ)に進言したらしい
数人の高級船員が参加を許された
オレは給仕をさせられた
奴らが会場にしたのは罰当たりにも
〈月の鯨〉のマンダラが祀られている礼拝堂
大きなテーブルが用意され
仕止めたクジラの肋骨が数本
テーブルの中央に物々しく飾られ
生肉はもちろん
揚げ物 焼き物 煮物 汁物 漬け物
さまざまに調理された鯨肉が並ぶ
それから
どこに積んであったんだか
ワインやらテキーラやら怪しげな東洋の酒やら
そんなものが際限なく出てきて
悪魔のパーティーが始まったかと思ったぜ
上座にふんぞり返ったマイ
いつもは陰険でおっかないその顔が
おぞましいほどにニヤけていて
鯨の生肉を口に放り込むたび
ヨダレをだらしなく流してやがった
奴が日本人だという噂は間違いがなかったぜ
オレたちにこんな食習慣はない
マイの顔はクジラを喰える喜びに理性を失い
ごっつい顔が溶け始めて
何か別のものに変わっていくように見えた
《ここまでにしておこう
これ以上つづけるとヤバい話になる
奴らは酔いで頭がヘンになったらしい
オレは途中で会場から追い出されたのでよう知らんけど…》
その夜クエクエは木彫の偶像にお祈りを捧げていた
殺生の罪への懺悔のためだ
(月の鯨様
どうかオレらの罪をおゆるしくだせえ
アブラカタブラ ミーカラミヤホーラホーラ)
たぶんそんな内容だ