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永遠に続く汽笛

これは約120年前
大陸横断鉄道が栄華を極めていた時代の話
ジェファーソン駅に発車の鐘が鳴りひびき
赤い列車がおもむろに動き出す
やがて列車は山峡に入っていく

列車は機関車に引かれながら
半径およそ500メートルの弧を描き
大きく横振れしながら
崖の縁を
蒼く深い淵を見ながら走った
時速約30キロだった

やがて信号所で
108両編成の白い貨物列車とすれ違う
すれ違いには
長い時間がかかった
その75分の待機の間に
赤い列車の乗客たちは
葡萄色の液体を飲み
貨物車で豚が鳴いているのを聞いていた
乗客の多くは酔っていた

ようやく
列車が動き始めた頃には
運転手も乗客も
すっかり行き先を忘れ
ただ惰性のままに走った
崖の底に見える蒼い淵には
魚が跳ねている
乗客の何人かは窓から釣糸を垂らしていた
トランプやチェスを楽しむ者もいた
ある者はバンジョーを鳴らしている
やがて乗客たちは
自分たちの名前すら忘れてしまった

数日が経った
白い貨物列車は目的の駅に到着し
街にたくさんの羊や豚を届けた
一方で
赤い列車の行方がわからない
鉄道会社も警察も手を尽くして探したのだが
ついに見つからなかった
当時の詳細な記録が残されている

これはもう120年も前の話
とっくに忘れられていた話
赤い列車はどこに行ってしまったのだろう
この話をするといつも同僚に笑われる
ホラ話が好きな鉄道員の仕業だろう
公記録に書くなんて念が入っている
けれど俺は
レールの傍でつるはしを振るいながら
いつも列車のことばかり考えていた
毎夜の夢にその列車が姿を現し
汽笛を鳴らしながら走り過ぎていく
客車からは笑い声や歌声が聞こえる
夢は
何度も夢見ているうちに
次第に色鮮やかに
現実感を増していった

ある日
眼が覚めると
俺はその列車の乗客になっている
バンジョーを弾きながら
古いヒット曲を歌っている自分に気づく
酒に酔った乗客たちは手拍子をしながら歌う
窓の外には蒼く深い淵が見える
そのとき 列車は
まるで永遠に続くような汽笛を鳴らす

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