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2021冬 - 振り子式と、スイッチバックと、路面電車と ③1日目その3

【まえがき】
ご覧いただきありがとうございます。まさか木次線だけで5000字使ってしまうとは思わなかったので、また分けました。今回は寒いし暗いです。
それでは出発進行!

↓前回

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山間のターミナル、暗闇の持久戦

 17時01分、木次線の最終列車で備後落合駅に降り立った。

ここは芸備線と木次線がまさに「落ち合う」場所。かつて両線が陰陽連絡の主流として活躍していたころ、備後落合駅もまた要衝としてにぎわいを見せていた。それが今は駅員さんもおらず、たった1両のディーゼルカーが、わずかな客を乗せてやってくるだけだ。

 17時15分、たくさんいた観光客が三次行きで去っていくと駅は一気に静かになった。

おそらく時間的にガイドさんももうお仕事は終わりの時間だと思われるのだが、わざわざ駅の案内をしてくださったので、ありがたくお話を伺った。そればかりでなく、なんと倉庫の鍵を開けてジオラマを見せてくださった。お話によるとここで再現されているのは1970年、全盛期の備後落合駅で、当時はSLが現役だった。駅舎側、ヘッドマークまでつけたSL列車は広島と松江を結んだ急行「ちどり」だろうか。当時のダイヤで「ちどり」は昼行便2往復に加え夜行便も設定されており、この駅はまさに「24時間営業」だった。
 広々とした駅構内には機関区や保線区などが置かれ、蒸気機関車のための機関庫や転車台、給水塔があった。最盛期には実に200人を超える職員が勤務していたという。この駅で列車は機関車の付け替え、分割併合、方向転換を行い、次の目的地へと向かっていた。駅前にも旅館や食堂があり、「落合銀座」と呼ばれるほどにぎわった。
 しかし、機関車が気動車に置き換えられたことで職員の数は減り、さらに過疎化や道路網の発達で利用客も減少。1997年に木次線の信号制御が自動化されると同時に無人駅となった。現在かつての面影はわずかな遺構に残すのみ、急行列車がやってくることもなく、静かなターミナル駅になっている。
 「合理化の対象になっています。ここもじきに消える。そういう運命にあります」国鉄に勤めていた、備後落合駅の輝かしい過去を知るガイドさんはそう語ってくれた。

 今、備後落合駅のみならず、芸備線も木次線も非常に厳しい状況にある。10年後、いや5年後、この駅が、路線が、残っているかわからない。こうしてこの駅が「生きている」うちに訪問できたことを本当に幸運に思うし、鉄道黄金時代を今に伝え続けるこの貴重な存在が、世間の許す限り、少しでも長く残っていてほしいと、そう願うばかりである。

 ガイドさんが帰った少しあと、17時41分にたった一人の乗客を乗せた宍道行きの最終列車が出発していった。

僕が乗車するのは20時12分発、芸備線の上り最終列車かつこの駅を今日最後に出発する列車である新見行き。それがやってくるまで2時間半、1人で過ごすことになる。

 窓口は板でふさがれて本来の役割をとっくに失っているが、代わりにたくさんの写真やポスターが駅の壁を彩っている。ガイドさんについての新聞記事の切り抜きもある。掲示物をひとつひとつじっくり見ていくだけでも、それなりに時間はつぶせる。

ここには歴戦の勇者たちが残してきた駅ノートも置かれていて、自由に書き込みができる。もうこれで何冊目だろうか、最後のページまで達したノートが何冊もある。またここに来ることを誓って、僕も書き込ませてもらった。

 ただ、何事にも限度というものはあって、駅舎内でできることが尽きてしまうともう何もできなかった。暖房器具はあるはずもなく、あいにくカイロも今日は持っていない。夜が更けていく中、駅舎内で凍えているしかなかった。友達に「次の列車まで3時間待ち」とメールを送って電話させてもらおうと思ったら「かわいそう」と返されて会話は終わった。バカバカしいとでも思われたのだろう、僕も自分でそう思っている。ここまで心細く感じる3時間は過去になかったと言って間違いない。最終的にはスマホのボイスメモを開いてただただ一人でしゃべり倒すことでなんとか孤独を紛らわせた。

 18時46分、せっかく三次からやってきた列車に乗客の姿はない。駅の周りに何かあるわけでもないので当然ながらこの列車に乗ろうとする人も現れず、結局運転士さんだけを乗せて、19時18分に三次行きの下り最終列車が去って行った。

 再び備後落合駅に静寂が訪れる。

 スマホに入れてきた音楽だけが僕の友と言っても過言ではなかった。

 そして19時52分、救世主(メシア)はやってきた。

 奥からのっそりと姿を現した、20時12分発の新見行き最終列車。3時間にも及ぶ戦いはギリギリ僕の勝利である。おそらく。親から「本当に列車来るんだろうね?」というメールまで来ていたくらいで僕も心配していたので、1分の狂いもなくきちんと列車がやってくることをここまでありがたがったことも初めてであった。まさかこんな山奥で日本の鉄道の優秀さを実感することになろうとは。

 車内は暖房がきいてとにかく暖かかった。

芸備線終列車、暗闇を駆ける

 20時12分、新見行きは時刻通りに備後落合駅を出発した。乗客は僕を含めて3人。

道後山駅までは直線距離にして3㎞ほどだが、間には標高800mほどの山が挟まっているので、芸備線のレールは北側に大きく迂回して進む。建物は非常に少なく、家の明かりがまったく見えない。並行する道路の街灯だけが頼りだ。
 この区間は列車の本数が芸備線の中でも最も少なく、木次線の県境区間と同じく1日に3往復しか運転されない。それでも普段はガラガラらしく、100円を稼ぐのに10万円近くかかっているとかいないとか、そんな厳しいことをいわれている。運営状況のひどさを物語るかのように、列車はノロノロと徐行区間を走り続ける。そういうわけで、JR西日本からはすでに廃止の話が上がっており、どうにかできないものかと自治体との間で協議が行われている。

 道後山駅は無人駅だが、それなりにちゃんとした駅舎があって、明かりが点いている。中には写真も貼ってあり、きちんと管理されているようだ。

その次が小奴可駅で、「おぬか」と読む難読駅だ。ここはちゃんとした集落になっているようで、なんと駅員さんがいる。

内名駅は待合室だけの小さな駅で、「秘境駅」と呼ぶにふさわしいほど駅以外に何もないところだ。

次の備後八幡駅も同じような駅。この夜遅い時間帯に列車に乗ってくる人はいない。

1日にたった3回しか列車が来なくても、踏切はきちんと音を鳴らして明かりをともす。

 広島県内最後の駅、東城駅に到着。帝釈峡がある東城町の代表駅だったが、東城町は2005年に庄原市と合併している。広島県内ではあるものの庄原へよりも岡山県の新見方面への移動が圧倒的に多く、この駅から新見駅までの区間列車も数本設定されている。

東城駅を出ると国道をまたぐ。コンビニを見るのは昼間の宍道以来だ。ここまでコンビニと離れることも普段の生活ではそうそうない。

 岡山県新見市に入り、最初の駅が野馳駅。古い駅舎に暖色系の照明で、昔から変わっていない、そんな安心感を得られる駅だ。

なんと野馳駅で一人が下車し、これで乗客は僕を含め2人になった。相変わらず暗闇の中を列車は進む。

 待合室とホームの電灯が光るのは矢神駅で、交換設備を持つ数少ない駅だ。

その次の市岡駅は小さな無人駅。明かりが少なくかなり暗い。

最後の中間駅である坂根駅も、待合室があるだけの小駅だった。東城駅からしばらく快調に飛ばしていた列車だったが、坂根駅の手前でまた徐行を余儀なくされた。

そして右にカーブして神代川を渡ると、伯備線と合流して備中神代駅に到着する。乗換駅にしてはここも寂しいところだ。芸備線の正式な起点はこの駅であるが、列車はすべて2つ先の新見駅まで乗り入れる。

 伯備線に入ってその次の駅が布原駅。1987年に信号場から昇格した駅で、アクセスの悪さと建物の少なさゆえに利用者はほとんどおらず、「秘境駅」と呼ばれる駅の一つになっている。伯備線でSLが現役だったころからこの布原駅ーー当時は布原信号場だったーー近くが撮影地として有名で、それはSLがいない現在でも変わりはない。特に紅葉の美しい秋は注目されるところである。
 布原駅は先にも述べた通り伯備線の線路上にある駅なのだが、利用者が少ないために伯備線の列車は客扱いを行わず、芸備線の列車のみが「停車」する扱いになっており、案内上でも「布原駅は芸備線の駅」とされることが多い。時刻表でも伯備線ページの布原駅の段には通過を示す「レ」マークが目立つ。

 街明かりが近づいてきた。今日の目的地はすぐそこだ。

 21時36分、終点の新見駅に到着。

重い体を引きずるようにして宿を目指す。もう新見の街は眠りにつこうとしていた。

 今晩の宿は、高梁川を渡ったすぐ先にある「グランドホテルみよしや」さん。旅に出る数日前に「翌朝の出発がとても早いんですが早くて何時にチェックアウトできますか」と電話したら「芸備線の始発に乗られるのでしたら……」と返して下さった。やはり駅に近いからか僕と同じ理由で利用する人も少なくないようだ。

 部屋は一晩泊まるには十分の広さ、設備も整っている。

 荷物の整理を一通りして、ベッドにもぐりこんだ。明日の起床も早い。きちんと寝ることにしよう。

2日目その1につづく!


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