見出し画像

ゆとり世代ライターの未来について考えをめぐらせる


ゆとり世代っていうより、アメリカ的に「ミレニアルズ」っていったほうがしっくりくるかもしれない。

最近、ずっと考えていることなんだけど、ここ数年のwebのライターに求められているスキルって、「文章力」とか「構成力」とかに関しては紙媒体を凌駕する部分があるんじゃないかと。

もちろん、問題になっているクラウドソーシングの記事作成の場合は除いて。

仕事のスタートが出版の制作会社だったから思うのだけど、メディアの世界は確実に変化していて、特に私たちの世代でこの業界に入った人たちのキャリアには多分、あえてはっきり言ってしまえば「 前 例 が な い 」。

会社辞めてフリーになってwebで書かせてもらうことのほうが多くなってびっくりしたのが、求められる文字数の多さ(と、それに伴わない原稿料の安さ)と、私みたいなぴよぴよしてる若手ライターにも平気で大物のインタビューをさせてくれる自由さ。

いまもちょっと紙のお仕事してるし、あんまり認識はずれてないと思う。


紙の世界では、決まった文字数の中に情報を詰め込むことがメインだから、原稿は長くても500文字とかが多かったし、たまーに冊子の巻頭インタビューとかをさせてもらうときは、ボスに「気合いで頑張れ!」とか言われてそれでも4000字とかだった。

今はwebでふつうに6000字とか書いてるけども。

この前、久々に紙のお仕事で他のライターさんと一緒になって原稿の文字数の話題になったとき、紙専門でやってるフリーランスのライターさんとの感覚の違いを改めて実感した。


今って、安い原稿料でお願いしたいけど、SEO的には記事の質も担保したいっていうwebメディアが少なくないから、必然的に若手ライターにそういう案件が回ってきやすい状況になってるように思う。

身の回りに、「いい原稿書くなぁ」って思う同世代ライターさんも数人いる。(見習いつつ、自分もそうなれるようにがんばってる…)

そんな人達(できれば自分も)が、歳を重ねていわゆるキャリア層になったとき、日本のインターネットはいい記事で溢れているのかな?

その前に、原稿料は上がっていくのかな?
コレばっかりは私自身の未来にも関わるから、無関心ではいられない。

雑誌もどんどんwebサイトやアプリに力を入れ始めているし、「ライター」とひと言で表現しても属性はいろいろになってきてる。

ミレニアルズライターの私たちは、日本を変える一要素になれるのだろうか。

世の中の動向を見つつ、自分が食いっぱぐれないように、そしてちゃんと意志をもってものづくりに励むように自立心を持ってないとキケンかもとぼんやりと考えてるところ(真剣に考えろ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?