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認知症の祖母と、恋バナ。

5年前に、父方の祖母が91歳で亡くなった。

祖母は年を重ねるにつれて、できないことが増えていった。白内障で目が見えづらくなり、認知症で色々な記憶が無くなっていき、大腿骨を骨折してからは歩くことも無くなり、車いすで生活を送っていた。

それでも、祖母はいつも笑顔で、周りの人に感謝を伝えていた。

今回はそんな祖母を見てきて感じたことや、二人で恋バナをした思い出について。

祖母に会うときはいつも背筋が伸びる思いがした。子どもであっても、一人前のように接してくれるのだ。

祖父母の家に遊びに行くと、小学校低学年でも自分で使ったお皿は自分で下げる。家に泊まるときは自分で布団を敷く。朝になると、ほうきで廊下の掃除をするところから一日が始まる。

そんなしっかり者な祖母が白内障で目が見えづらくなり、認知症になった。一体どんな生活を送っているのか想像しづらい。

久しぶりに会いに行ったときに「どなた?」と聞かれて「孫のしおりだよ。」と父が紹介してくれた。祖母は父の紹介を聞いてもピンと来ていなさそうだった。

父は「俺のこともしょっちゅう自分のお兄さんと間違えるくらいだから。そこまで気にしなくていいよ。」と私にフォローを入れて、自分は祖父と話し始めてしまった。

祖母と会うこと自体が久しぶりな上に、認知症がどのくらい進んでいるのかわからない私は少し緊張しながら祖母のとなりに座ると、予想外の質問が飛んできた。

「あなた、好きな人はいるの?」
祖母はまっすぐと私の目を見つめている。

えっ!おばあちゃん、こんなキャラだったっけ?まさか祖母に恋バナを振られると思っていなかった私は動揺しながら「実は彼氏がいて…」と返した。

祖母は「まあ!どんな人?」と目をキラキラさせて、相槌をうちながら「若いっていいわねぇ。」と嬉しそうにしていた。

認知症になる前の一種の厳しさのようなものは一切感じられない。祖母と孫の会話という感じでもない。あまりにもピュアな反応に、私は中学生くらいの女の子と話をしているような気分になった。

そこから何年か経ち、状況は少しずつ変わっていった。祖父が肺炎で亡くなり、祖母は介護老人保健施設に入所することになる。

施設での様子を尋ねると、父は「職員さん、一人ひとりに“あなたに幸せなことがありますように”って言っているんだって。」と教えてくれた。

祖母に面会に行くと毎回、祖父について尋ねられる。

「あの、うちのお父さんを見ませんでしたか?お部屋でお仕事をしているから、なかなか会いに来られないの。」

祖母は、祖父が亡くなったことを忘れてしまった。枕元にはアルバムが置いてあり、何度も他の人たちから聞かされているはずだが、頭からスルッと抜け落ちてしまうらしい。ずっと夫のことを待ち続けていた。

祖母を見ていると「忘れることは、悪くないのかもしれない」と思うようになった。

祖母の中で何十年も前に戦争で亡くなったお兄さんは生きていたし、自分の夫に会えない理由は仕事で忙しいからというだけなのだ。現実よりも幸せな世界で生きているように見えた。

何かができなくなって他者から支えてもらう機会が増えるのは、障害や病気や怪我のときだけじゃない。高齢になれば多少の差こそあれ、何かしらの不調を抱えながら生きている人の方が多い。

祖母はいつも手編みのセーターやカーディガンを着ていた。藤色のサマーセーター、春や秋にはベージュのベスト、冬には厚手のセーター。どれも自分で編んだものばかりだったけれど、白内障を患った祖母は手術を受けても段々目が見えなくなってしまい、編み物ができなくなった。

趣味だけじゃない。目が見えづらくなったことで、お皿を洗っても、掃除をしても少しずつ汚れが残ってしまうようになり、家事も祖父が担当するようになっていった。家の中での役割が減り、肩身が狭そうだった。

大腿骨を骨折してからは車いすを使うようになり、毎年恒例になっていた桜や紅葉を見に行く旅もできなくなった。自分で歩くこともなくなり、施設や病院からほとんど出られなくなり、介助を受けながら生活を送っていた。

何より、長く一緒に生きてきた祖父は先に亡くなってしまった。亡くなったこと自体を忘れてしまっても、会えない寂しさは残る。きっと、手放していくことやつらいことは多かっただろうと思う。

そんな状況でも、職員さん一人ひとりに対して「あなたに幸せなことがありますように」と笑顔で言っていた祖母はすごい。本当にすごいと思う。

自分や周りの人達や状況が変わっていく祖母の心の支えは何だったんだろう。幸せなときの記憶だろうか。痛みで苦しむ時間が増えても、静かに耐えるあの強さはどこから来ていたのか。

私は祖母ほど性格がよくないから、そんなに素敵な年の重ね方はできないかもしれない。

たまに「どこかで、またおばあちゃんにひょっこり会えたりしないだろうか」と妄想してしまう。そのときには、また好きな人についての話を一緒にしよう。私はこれから先もたくさんの思い出を作っていく。

次は私だけじゃなくて、おばあちゃんの恋バナも聞かせて。

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