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困った顔を見せて

人生で一番頑張った誕生日のお祝いのことを、ふと思い出した。

今の夫と付き合い始めて、ちょうど10日目が彼の誕生日だった。「誕生日に何を食べたい?」と聞いたら、「カルパッチョ!」とのこと。当時から変な奴だった。ワインが美味しいお店や、和食が美味しいお店の探し方ならわかるけれど、カルパッチョが美味しいお店は探し方がわからず、苦戦したのを覚えている。

お店の名前はなんだっただろう。とにかく神楽坂のどこかのお店でカルパッチョを食べた。神楽坂を選んだのには理由がある。

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その日は、付き合う前から入れていた飲み会の予定があって、でもその集合時刻よりうんと先に家を出た。

バースデープレートを乗せたケーキと、スパークリングワインを携えて東京ドームホテルに向かう。ここに彼を連れてくるのが誕生日のハイライトで、近くのレストランを探した結果、カルパッチョを食べるのは神楽坂になったのだ。チェックインを済ませ、ワイングラスとお皿とフォークを部屋の中に用意していただいた。

準備は万端。彼の喜ぶ顔が早く見たかった。

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神楽坂でカルパッチョを堪能し、ほろ酔いの彼に、「2軒目に行こう」と声をかけてタクシーに乗った。運転手さんに「東京ドームホテル」と言うとバレてしまうから、水道橋駅に停めてもらってそこから歩いた。街はほどよく暗くて、寒くて、気持ちがよかった。

ずんずんと東京ドームの方に進んでいく私に、「もしかして」と彼が言った。気付くのが早いな、と思いながらも、観念してキーカードを見せる。
「今日の2軒目はあそこだよ」
指差した先には東京ドームホテルがある。

すると、彼はとてもとても困った顔をして、呟いた。
「どう反応したらいいかわかんない」
さぞ喜んでもらえるだろうと思っていた私は、愕然とした。でも、そういう奴なのだ、私の夫は。

まあ単純に、付き合って10日目の彼女にそんなことをされて、引いてたのかな?とも思う。私も私で、ベタベタなサプライズに興じてしまう子供だった。

スパークリングワインで乾杯をして、バースデーケーキを二人でもそもそと食べた。

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なぜだかわからないけれど、今朝、そんなことをふと思い出した。

最近は夫を驚かせる方法もネタ切れなのだけど、あの心底困った顔を、素直に喜ぶことの苦手な夫の表情を、また見たくはある。

「私が東京ドームホテルに連れて行った時、どう思ったの?」と夫に今日聞いたら「これが大人の誕生日なのか、と思った」と言われた。そんな夜も、もう6年以上前のことで、今はただただ懐かしい。

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