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父がきた

一人暮らしを始めて一週間経った頃、
父が車で私の家に来てくれました。実家に残っていた私の荷物を届けるためです。

その日、私は仕事だったので、夕方荷物を受け取った後に2人で駅前の商店街の方に夕飯を食べに行きました。

私の家は坂の途中にあるので、駅前に行くためにその坂を登って、さらに下っていく必要がありました。
2人で一緒に歩いているのですが、気付くと父は私より少し後ろで歩いていました。
私が歩くの速かったかな、それともお父さんも結構歳になってきてからかしら。
もし後者だったら、なんだかちょっと切ないなぁなんて考えながらえっさほいさと歩きました。

普段家ではあまり喋らない父も、その日は娘と久々一緒にいるからか、ぽつりぽつりと話しました。
「この辺、うちの地元のあそこと似ているね」
「うん、そっくり」
とか。
「坂急だね、いい運動になるね」
とか。
それでもたまにちょっと間があったりして。2人の寒くて鼻を啜る音が目立ちます。

商店街につくと、どこでご飯を食べようかと2人でうろうろしました。
父もスマホで色々と見ていたらしいのですが、意外と食事屋さんが少ない商店街。
「商店街抜けたとこのサイゼリヤで食べよう」
と私が言うと、
「え、サイゼリヤでいいの?」
と少しびっくりしたような父。焼肉とか焼き鳥じゃなくて?と聞いてきたので「いいよサイゼリヤにしよ」と私は笑って返しました。

サイゼリヤに入ると、奥の席に通されました。
暖かいものを食べたかった私はグラタンとサラダスープセットを頼み、父はムール貝のガーリック焼きとパスタを頼んでいました。
父が頼んだムール貝が来ると、
「食べていいよ」
と、父は言います。
最初は特に食べる気もなかったのですが、父が私を気遣ってくれていると思うと「食べたい」と思ったので
「ありがとう」
といただきました。

食事中も、ぽつぽつと父は私に質問してきました。
「いつまで仕事忙しいの?」
「んー3月頭とかまでかな」
「彼氏転職するの?」
「うん、今の仕事が合わないんだと思う」
とか。
父とちゃんと、と言うと大袈裟かもしれませんが、2人で面と向かって話したのは久しぶりでした。

全て食べ終えると、
「デザートは?いいの?」
と父は聞いてきたのですが、私はお腹がいっぱいで「ううん、大丈夫。ありがとう」と答えました。
けれど会計中に「やっぱ食べた方がよかったかな」ってちょっぴり後悔しました。父なりの優しさなのかなって思ったからです。

家に帰ると、次の日の資源ごみの日に出す段ボールを運んでもらいました。
「じゃあ、またね」
「あ、送るよ!駐車場のところまで」
私はそう言ったのですが、
「いいよ、ここで」と父は少し寂しそうに笑って言いました。「いいよ、ここで」って、切ない言葉だなと思います。相手を思いやって言う言葉なのかもしれませんが、だからこそ、言われた側の心に触れます。そして「あ、ここでバイバイか」と一瞬、心がきゅっとしぼみます。

「ありがと、気をつけてね」
「うん、おねーちゃんも頑張って」

それで玄関から父が歩いていく姿を見ていました。父の、少し歩幅が小さく、外股で歩いていく姿。一回振り返って、はにかみながら手を振ってきたので私も振り返しました。

なんだか胸が締め付けられ、私は部屋に戻って少しだけ泣きました。
どうか、父が、母が、妹が健康でこれからも過ごしてくれますように。
素直にその夜、そう願いました。

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