掌編/コロコロ、恋心
コロコロ、恋心
たぶん、学校の帰り道に落とした。
気づいたのは翌日。教室に入ってくる遼河クンを見て、「アッ」と思った。
バレたらマズイし、「セーリツーしんどいから保健室」とウソをついて教室を出た。
あたしは、遼河クンの”コイゴコロ”を落っことしてしまった。
一週間前に告白されて、「これ」と渡された彼の”コイゴコロ”。あたしはお返しに自分の”コイゴコロ”をあげて、恋は成立した。
”コイゴコロ”を飲み込むと、胸がドキドキして、体があったかくなる。だから、冬は恋の季節。
あたしの”コイゴコロ”は、今日も遼河クンの胸をドキドキさせている。
あたしの胸はスースーしていた。遼河クンの”コイゴコロ”がなくなったせいだ。
思い当たったのは、昨日の帰りのこと。公園で偶然瑞樹に会った。
小学校の卒業式、あたしは瑞樹に”コイゴコロ”を渡そうとして、フラれた。その”コイゴコロ”は、一週間くらいで消えてなくなった。
なのに、「久しぶり」と声をかけられてドキッとしてしまった。落としたのは、たぶんそのとき。
気づかないうちにポコッっと”コイゴコロ”が生まれて、それで、遼河クンの”コイゴコロ”が落っこちてしまった。でも、昨日生まれた”コイゴコロ”は消えてしまっている。
ちょっとドキッっとしただけなのに、”コイゴコロ”はやっかいだ。
こっそり学校を出て、あたしは公園に向かった。
息を切らせて公園にたどり着くと、同じクラスの椎名サンがいた。あたしを見て、学校の方へ走り出す。
「わたしが拾ったから、わたしが遼河クンに返してあげる。公園に落ちてたって、遼河クンに教えてあげる」
椎名サンの手の中に、遼河クンの”コイゴコロ”があった。
「ダメ。遼河クンの”コイゴコロ”はあたしのなんだから、返して」
「落としたくせに」
椎名サンに掴みかかると、彼女は何を思ったのか、遼河クンの”コイゴコロ”をゴクンと飲み込んでしまった。
リャクダツだ。そんなことをする人を、あたしは初めて見た。
居場所のなくなった椎名サンの”コイゴコロ”が、コロンと胸から転がり落ちる。あたしはとっさに手を伸ばし、椎名サンの”コイゴコロ”を拾った。
あったくて、ほわほわして、あたしの”コイゴコロ”とも、遼河クンの”コイゴコロ”とも違う。
「返してよ、わたしの”コイゴコロ”。それを遼河クンに渡せば恋が成立するの。あんたはフラれちゃうんだから」
あたしの”コイゴコロ”はまだ遼河クンが持っている。あたしは遼河クンが好きなのに、遼河クンの気持ちはもう椎名サンのものだ。
悲しくなって、胸がスースーして、涙が出てきた。
「遼河クンは渡さないからっ!」
あたしは椎名サンの”コイゴコロ”をゴクンと飲み込んだ。
胸がドキドキして、体があったかくなる。遼河クンに会いたくて、あたしは学校に向かって駆けた。
「ちょっと待って。わたしの”コイゴコロ”返して!」
あたしは走り、椎名サンが後を追いかけてくる。
教室のドアの前に見たことのない女子が立っていて、担任が招き入れるところだった。
「コラ、お前らどこでサボってたんだ。転校生紹介するからさっさと座れ」
担任はあたしと椎名サンに向かって言うと、さっさと教室に引っ込んだ。後ろのドアを開けると、どよめきが聞こえる。
何人かの男子が、落とした消しゴムを拾うように床に手を伸ばしていた。拾おうとしているのは、”コイゴコロ”だ。
「お前ら、カワイイ転校生が来たからって、動揺しすぎだぞー」
”コイゴコロ”を拾う男子を見ながら、担任が笑った。
コロンコロンと、教室のあちこちで”コイゴコロ”が転がって、うずくまる男子の中に遼河クンを見つけた。
「アッ、あたしの”コイゴコロ”!」
遼河クンはあたしの声にビックリして顔をあげた。
「アッ、椎名サン」
遼河クンの”コイゴコロ”がすでに椎名サンのものだと思い出した。
椎名サンはタタッと遼河クンに駆け寄り、サッとあたしの”コイゴコロ”を掴んだ。
居場所を失ったあたしの”コイゴコロ”。瑞樹の時みたいに一週間くらいで消えるだろうか、と思った時だった。
ゴクンと、あたしの”コイゴコロ”を椎名サンが飲み込んだ。
「アッ」
椎名サンの胸からコロンと”コイゴコロ”が落っこちた。遼河クンの”コイゴコロ”だ。
椎名サンはそれを拾って、「はい」と遼河クンに返した。遼河クンは呆然としたままそれを受け取る。
「なんだ、お前ら。おかしなことになってんなー」
担任が笑った。
あたしの”コイゴコロ”はすでに椎名サンのもの。
椎名サンの”コイゴコロ”が、あたしの胸の中でドキドキしていた。
end💓
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