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夜次元クジラは金魚鉢を飲む  #0

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0. プロローグ 記憶の中の母親


 夜次元ヨジゲンクジラが汽笛のような声で鳴いて空に昇っていった。

 波留ハルはパーカーの胸あたりに手をやり、服の下にあるクジラの尾ビレを模したペンダントを握りしめる。母親の那波ナナミと一緒に留里ルリの遺品を確認しているとき、スーツケースの中に『Happy Birthday』のシールが貼られた細長い箱を見つけた。その中に入っていたものだ。

 留里が死んだのは波留が小学五年生の夏。波留が那波の実家がある姫路を訪れていたときのことで、留里の死に目にはあっていない。那波の仕事に空きができて、思いつきでバタバタと姫路に向かったのが七月三十一日の昼。VRアーティストとして活動していた留里は二週間前からパフォーマンスのためシンガポールに滞在しており、八月二日夜の彼女の帰国にあわせて波留たちも家に戻るつもりでいた。

 地震速報が飛び込んできたのは八月一日の夜だった。波留たちは祖父母と一緒に神戸牛の焼き肉を満喫していたが、常連客ばかりの焼き肉店の壁に突然NHKのニュース番組が映写され、ニュース速報の警告音と文字が流れた。左右に揺れるスタジオの映像と、「南関東を震源とする最大震度五強の地震」と伝えるアナウンサーの音声。地域ごとの震度が読み上げられ、波留の住んでいる地域は震度五弱だった。

 留里のアトリエがめちゃくちゃになりはしないかと心配したものの、波留の祖父母は「二人ともこっちに来ていてよかった」と他人事のように胸をなでおろしていた。関東州で頻発する震度五クラスの地震にみんな慣れ切っていて、店の客も祖父母も当たり前のように焼き肉を食べ続け、心配性の那波だけがスマートフォンを手に「留里に繋がらない」と苛ついていた。

 そうしているうちに、アナウンサーが事故のニュースを報じ始めた。地震によって土砂が線路内に流入し、緊急停止していた列車を巻き込んだ可能性がある、数日前までの豪雨で地盤が緩んでいたのではないか、と言うことだった。

 波留と那波がニュースに釘付けになったのは、それが東京への行き来によく利用していた路線だったからだ。山肌は茶色い土が露出して横倒しの木々が線路を塞ぎ、レールもおかしな角度に歪み、押し流された列車の一部は土砂に埋もれ、他の車両はドアを上にしてひっくり返っていた。

「いつ崩れるかわからへんな」隣の席の客が口にした。

 地震発生時に留里が日本に戻っていたことは、深夜にかかってきた彼女の仕事仲間からの電話で判明した。スマホは繋がらず圏外のまま、留里の遺体が発見されたのは八月三日のことだ。那波も波留も、遺体確認を要請する連絡が入っても留里が本当に死んだとは信じられなかった。

 地震で最大の被害を出したのがこの事故だった。夏休みの終わりに「あの事故から一か月が経ちました」という報道を見たきり、波留はこの事故のことがメディアで報じられるのを見たことがない。

 同じ関東州でも波留の家はほとんど被害がなく、リビングの一輪挿しが床に落ちて割れた程度だった。留里がアトリエに使っていた部屋は、主人がついさっきまでいたように何の変化もなかった。

 どうして、と波留は考える。答えがわかっているのに、何度も何度も繰り返し考える。どうして留里は予定を繰り上げて帰って来たのか。

 八月一日が波留の誕生日だからだ。

 波留たちが姫路に行っているとは知らず、留里はサプライズのつもりで予定を早めて帰国した。そして列車の中で地震に遭い、土砂に襲われ、ひしゃげた車両の中から土に埋もれて発見された。二人いた波留の母親は、那波一人になった。

 留里のトレードマークだった長さ三センチのベリーショートを、波留は幼稚園の頃から真似している。もともとは平面的で派手さのない顔に肉付きの薄い体で、どちらかといえば留里ではなく那波似なのだが、服装も髪形も留里と同じ中性的でカジュアルなものが好きだった。本当は留里と同じ金髪にしたかったけれど、母親二人ともに高校まではダメだと止められ、留里が死んでからもその約束を守り続けている。

 事故で留里がいなくなってから、波留のまわりの空気は薄くなり、VR絵本『夜次元クジラ』を読もうとすると息苦しさを覚えるようになった。海洋生物を街中に描くアートパフォーマンスの他に留里がやっていたのが大人向けのVR絵本製作で、その代表作が『夜次元クジラ』だ。

 波留が『夜次元クジラ』を読むのに使っていたヘッドマウントディスプレイ「WIZMEEウィズミー」はクリエイター向けのため一般には普及しておらず、ホビー用の廉価なものには視野透過機能がついていない。親の姿が見えなくなることを怖がり装着することを拒むため未就学児向けのVR絵本は広まっていないのだが、波留がそのことを知ったのは保育園に入ってからだ。

 WIZMEEウィズミーを買ってもらえばいいのに、という波留の言葉は友達の嫉妬心を煽ることになり、波留にとって最初のいじめ体験につながった。かといって波留にとってのWIZMEEの価値は変わらなかった。三六〇度別世界のVR絵本に慣れた波留は、手のひらサイズの妖精が紙の上に現れる仕掛け絵本では満足できない。WIZMEEには留理の生み出した夜次元クジラがいて、波留のための世界が広がっていた。 

『夜次元クジラ』で波留が一番好きだったのは、満天の星が頭上から降って来るシーンだ。宇宙空間に浮かんでいるように空にも足下にも星空が広がって、遥か高いところに夜次元クジラが泳いでいる。星空と信じて疑わなかったその世界が、留里の事故死を境に暗い海の底に見えるようになった。

 キラキラ瞬きながら頭上から足元へと流れる光は、星ではなくプランクトンの死骸。月に見えていたものは海を漂う海月。溺れそうな圧迫感が、現実でも仮想空間でも波留につきまとった。

 それでもWIZMEEの世界が波留にとって救いだったのは、留里のように三次元に絵を描くことですべてを吐き出せたからだ。留里のアトリエでWIZMEEを装着し、ひたすらブラシを手に描画する。波留が描くのは星空と海底と、クジラ。WIZMEEがあれば留理が隣にいるような気がした。

 留里のアトリエに引きこもってばかりいる波留に、「転校してみない?」と那波が提案してきたのは中二の終わりの正月が明けた頃。そのころ波留は不登校になっていた。

 親の同性婚を冷やかされることは小学校時代に何度もあったが、留里の死を機になくなっていた。それが、中学校にあがると同じ小学校出身の子が発端で波留がレズビアンだという噂が広まり、中二の時には波留をトランスジェンダーと決めつけた担任に根掘り歯掘り詮索され、挙げ句の果てに学校の広報サイトで波留の家庭のことを勝手に記事にされた。みんなで理解を深めましょう、と締め括られた記事は、波留が不登校になった直後に削除された。 

 同性婚が法的に認められたのは波留が保育園に通っていた時で、同世代で同性婚の子どもはめずらしい。平成の時代と比べ、広至になって同性愛者に対する理解はずいぶん広がったのよと那波は言うけれど、波留にはまったくピンと来なかった。これで良くなったというなら、昔は相当ひどかったということだ。

 転校の提案に、「海が見える学校なら行ってもいいよ」と波留はその気もなく答えたのだが、あれよあれよという間に話が進んで春には引っ越すことになった。祖父母の住んでいる姫路ともそれほど遠くない、近畿州の日本海に面した田舎町だ。

 夜次元クジラは空っぽになった留里のアトリエを名残惜しそうにぐるりと見回し、波留と一緒に玄関を出ると汽笛のような声で鳴いて空に昇っていった。留里を奪われた過去から逃げるように、波留と那波はアトリエのあるその家を後にした。


次回/1. 金魚のいる教室

#小説 #長編小説 #ファンタジー   #夜次元クジラ


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