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短編小説/Morning Dreams

【無料公開中】目覚まし時計が鳴ってもずっと夢の中。制服姿の男子の名前も、自分の名前も思い出せないまま、何度も目覚ましの音で目をさます。


〈1〉


 5、4、3、2、……

 1、を数えるまえにテレビをつけた。目覚まし時計がジリジリとレトロな音であたしの脳をゆらし、警告する。夢とうつつの境界について、君は考えたことがあるか。そんな自問自答。

 瞼をゆっくりと持ち上げると世界は光に埋もれていた。まぶしさに目を細めて佇み、じきに目が慣れると光源がコンビニの明かりだったと気づく。あたしはひとり、店の前で待っている。

 ――誰を?
 ――××を。

 脳内ひとり会話で導き出された結論は、失敗。

「もう!」

 腹立ちまぎれに夜空に向かって叫ぶと、通り過がりのおじさん二人がギョッと目を見開いてこちらを見た。気にしない、気にする必要なんてない。

 振り返るとロータリーの向こうに駅舎。電車の音が遠ざかり、酔っぱらいの叫び声が鼓膜をふるわせる。街路樹の向こうには繁華街のネオン。目の前を行く人々の歩調がみなおなじように軽いのは金曜の夜だから。夢見がちにネオン街へと消えていく人、人、人。

 コンビニ脇にある薄暗い階段を見上げた。現実に続いてるみたいな色のない階段の先は学習塾で、下りてきた学生の群れがぞろぞろと夢の街へ吐き出されると、あたりは急にしんと静まった。あたしは待っている。かすかな期待とともに、無駄な期待とともに。受け入れることも必要だよ、と頭のなかで誰かがいった。そんなのわかってる。わかってるんだ、頭では。

『ミュージーーーーック、スタート!』 

 ボイスチェンジャーを通したいびつな声は、駅舎の方から聞こえてきた。遊園地のパレードみたいにきらびやかな音楽。四方からあらわれた着ぐるみの動物たちはロータリーをぐるぐるスキップしながらまわる。つづいて現れた妖精たちはピカピカ光る衣装で、通りすがりの人をつかまえてはステップを踏んで踊った。

 車は立ち往生。あちこちでクラクションが鳴り響き、動物たちはそれに合わせて手を叩く、シンバルを鳴らす、笛を吹く。ある通行人は踊り、別の通行人は悪態をつき、また別の通行人は見ないふりをして足早に立ち去っていった。

 愉しげな人たちを見ていると、寂しくなることはないですか?
 はい、あります。
 浮かれた人たちをながめていると、腹が立つことはないですか?
 はい、あります。
 それは、彼らのことがうらやましいからですね?

「違う」

 自問自答なのに思わず声が出た。音楽とクラクションと怒声はしだいに大きくなって、ピンクいろの光をまとった妖精があたしの手をとってお辞儀をした。差しだされた手は指先までピンクいろ。さあ、あなたもおどりましょう。

「あたしはいいです」

 あら、つれない。気がむいたらいつでも待ってるわ。ひとことも喋らない妖精のかわりに勝手にアテレコ。妖精が着ぐるみたちの中にまぎれると、一糸乱れぬキレキレのダンスがはじまった。アップテンポな曲と乖離するあたし。こんなやつらと違うんだ。抗いながらふと気づき、首にかけていたカメラを彼らに向かって構えた。光の残像を切り取る。空間と時間が2次元に閉じ込められる瞬間、あたしは世界の外側にいる。

 ポツ、レンズに水滴がついた。

 ポツポツ、ポツポツ。ようやく立ち位置を見つけたあたしをあざ笑い、雨足は強くなっていく。背負っていたリュックをおろして中身をあさってみたけれど、傘はもちろん帽子もレインコートもなくて、期待はしていなかったけどため息がもれた。

「なにやってんの?」

 声のしたほうに目をやると、学生服の男子が立っていた。顎から目の下まですっぽりとマスクで隠された顔。コンビニ脇の階段を下りたところで、傘をさしてあたしを見ていた。距離は2メートル。はっきりキッチリ2メートル。

「○○、まだ帰らないの? 傘は?」
「うん、えっと。……傘持ってないみたい」

 ああ、と彼は納得したようだったけれど、あたしは彼の名前も自分の名前も思い出せない。彼は今たしかにあたしの名前を口にしたのに、その声をあたしはうまく聞き取れない。

「送ってってやるよ。相合い傘でよければ」

「えっ……、でも、あたし、ほら、傘だけじゃなくて、マスクも持ってないし、ソーシャルディスタンス、……××は気にならないの?」

 名前は思い出せないのに、あたしは彼の名前を口にする。そんなおかしなことが起きるのはここが夢の中だからだ。ふたつまえの夢で、あたしは英語ペラペラだった。だって、夢だから。

「なに意味わかんないこと言ってんの」

 彼はわらった。こうやってあたしに笑いかける彼もあたしの作り出した夢、目の前で踊る妖精たちも着ぐるみも、ぜんぶ意味のないただの幻想。夢占いするには数が多すぎてうんざり。

「ねえ、あたしたちさっきも会ったよね」
「さっき? 学校で会ってたんだから当たり前だろ。変なやつ」

 帰るぞ、と彼があたしに傘をさしかけたとき、踊り狂っていた光が一斉に消えた。

『ジャジャジャジャーーーーン!』

 スピーカーを通して聞こえた爆音は、ピアノでも他の楽器でもなく、ボイスチェンジャーを通した安っぽい声だった。雨音が激しくなり、暗闇のなかで無数の足音が乱れる。着ぐるみも妖精も通行人も四方の建物に散っていった。

『ソーーーーシャル、ディスタンスッ!!』

 ボイスチェンジャーの嗜虐的な声が雷鳴とともに落ちてくる。空一面が稲光に覆われ、あたしはその場にしゃがみこんだ。目を瞑って耳をふさぐ。からだを打ちつけていた雨粒が途切れ、顔をあげるとすぐそばに彼の顔があった。自分が濡れるのもかまわずあたしに傘をさしかけ、「帰ろ」とすこし困ったように笑う。稲光が走り、彼の姿が光に埋もれた。

 発車のベルがどこかから聞こえ、あたしはハッと我に返る。――次こそは、失敗しない。


〈2〉


 5、4、3、2、……

 1、を数えるまえにテレビをつけた。

 目覚まし時計の音はやんだけど、まわりはザワザワ騒がしいままだ。蒸し暑さで襟元に手をやると、身に着けているのが浴衣だと気づく。紺地に金魚。帯にさした扇子をひらいて首筋をあおぐとどこかでリンと鈴が鳴った。リンリン、リンリン。いくつも重なる風鈴の音。

 夢とうつつの境界について、あたしは考える。幾度となく繰り返されるカウントダウン、気ぜわしく鳴る目覚まし時計、真っ白な光、そして目覚めた場所は夢なのかうつつなのか。

 目の前には銃が置かれていた。立ち並ぶ屋台、焼きとうもろこしの香ばしい匂い、立っているのは射的屋の前。坊主頭の店主は首にかけたタオルで額の汗を拭き、「嬢ちゃん、残念だったな」とからかうようにあたしを見てわらった。

「もう一回チャレンジするか?」
「しません。当てても倒れないんじゃないですか、ソレ?」

 店主はあたしが狙ったサルのぬいぐるみをヒョイと手にとり、後ろのネジを回して銃の横に置いた。ガシャガシャと安っぽい音を立てながら、サルはシンバルを鳴らす。笛をくわえた男の子がピープーと音をさせながら参道を駆け、追いかける父親の肩があたしとぶつかった。父親はペコッと頭をさげる。りんご飴売りのお姉さんが男の子をつかまえ、父親はまたペコッと頭をさげる。ピープー、ピープー。

「嬢ちゃん、今日はひとりで来たのかい?」

 3回千円という高値のせいか射的は人がすくなかった。店主は暇をもてあましている。

「ひとりのほうが楽だから」

 クク、と笑いを絞り出し、店主は煙草に火をつけた。咳ばらいをひとつして空になった煙草の箱に四つ折りの千円札を入れ、火のついた煙草もその中に放った。蓋を閉じ、景品と一緒に並べる。

「燃えたら使えませんよ、あの千円」
「金なんて最初から入っちゃいないよ」
「じゃあ、何が入ってるんですか」
「愛しき俺のゴミたち。もう、撃たれて死ぬしかない。殺してくれよ、嬢ちゃん」

 首にかけていたカメラを構え、あたしは店主をファインダー越しに見つめた。タオルで額の汗をぬぐうのは若い男。シャッターを切り、過ぎ去った時を2次元に閉じ込める。切り取られた店主の時間は、煙草の空箱のなか。

「嬢ちゃん、おごってやるからもう一回チャレンジするかい? 思い出の品くらいほしいだろ」
「思い出は写真に残してる」
「いつもそっち側か? こっち側に来るのが怖いか?」

 クク、と坊主頭の店主はわらう。その手が銃口をつかんで、銃床のほうであたしの胸をぐいと押した。

「それをひとりでいる言い訳にすんな、お守りにすんな。嬢ちゃんが撮ってるのは何だ? こっち側に来い。撃て」

 カメラを持つ手が震えた。これがあれば、あたしは一人でいられる。綿あめを手に歩く浴衣の女の子、金魚すくいのポイが破れて泣く男の子、手をつないで空を見上げる恋人たち。カメラがあるから、あたしは外側に立っていないといけない。
 
「俺がとってやろうか?」

 振り返ると学生服の男子が立っていた。祭りは人でごったがえしているのに、彼のまわりには誰もいない。こんなに蒸し暑いのに、彼の顔にはやっぱりマスク。

「××、帰ったんだと思ってた。なんでいるの?」
「○○がいないとつまんないし、やっぱマジメな俺でもこういう賑やかなのとか恋しくなっちゃうわけ」

 彼の肩越しに見えた夜空に、ひと筋の光が走った。

「なに?」
「流れ星」
「縁起がいいじゃん」

 店主は「千円で3回ね」と言って銃を彼に渡す。おごってやるという言葉はなしになったらしい。店主はサルを元あった場所に無造作に置き、ガシャ、と一度だけシンバルが鳴った。景品のはずの煙草の箱をあけ、一本とり出すと口にくわえて火をつける。箱には煙草がぎっしり詰まっていた。

「○○、どれが欲しいの?」

 あたしの代わりに「これだよ」と店主がサルの頭をたたく。にいちゃん、よく見るとこのサルに似てんな。吐き出した煙があたしの目の前をただよって消えた。

「サル取ってやるからさ、○○も一緒に帰ろうぜ」××があたしを見る。
「嬢ちゃん、自分でとらなくていいのか?」店主が口元をゆがめて挑発する。

 あたしは無意識にカメラを構えた。銃を構えた××は、片目をつむって狙いを定める。あたしは××を見ているけれど、××はあたしを見ていなかった。あたしは彼の外側にいた。

 彼とあたしの境界について、君は考えたことがあるか。そんな自問自答。

 シャッターボタンを押せないままカメラを下ろすと、彼の視線の先でサルが寝ころがってガシャガシャとシンバルを叩いていた。ガシャガシャガシャガシャ。いつまでたっても音は鳴りやまず、店主は「壊れたみたいだけど、それでよかったらやるよ」とあたしにサルを渡し、××には千円札を返した。そのとき、ドンと爆発音がした。

「あ、花火だー」

 子どもがはしゃいでいる。「星を撃ったな」と店主が愉快そうに声をあげてわらった。一面の流星で真っ白に輝く空。「帰ろ」と言う××も、バカ笑いする店主も、参道を埋め尽くした人々も、みんな光に埋もれる。ガシャガシャガシャガシャ。シンバルの音だけが聞こえ、あたしはハッと我に返った。――次こそは。

 手を握られた気がした。待ってる、という彼の声。夢だとわかっているけれど、空耳でなければいい。



〈3〉



 5、4、3、2、

 ……1を数えるまえにテレビをつけた。

 目覚まし時計の音はやみ、隣の席の男子は教科書を片付けはじめている。黒板にはあたしの嫌いな公式がびっしりと並んで、先生が教室を出ていくと日直がそれを消しはじめた。数人の男子が競うように購買部へと向かう。つきあいはじめたばかりの二人が冷やかされながら手をつないでどこかへ行き、女子たちはいくつかグループにわかれてお弁当をひろげた。

 仲良しのともだちがあたしの机に集まってきて、てきとうに椅子を引き寄せて座った。お弁当独特のおかずの匂い。パンにかぶりつきながら、正面の女子が「あのね」と声をひそめて顔をよせた。ガールズトーク。あたしは失敗したのか、ちゃんと帰れたのか気になっている。

 クスクス笑いあうともだちを横目にぼんやり隣の席をながめる。視線に気づいた彼は呆れたようにフッと笑った、と思う。彼の顔のほとんどはマスクでおおわれているけれど、目元が緩んでいた。いつか、彼の笑顔を忘れちゃうんじゃないだろうか。

 彼とあたしの境界について、あたしは考えている。マスクとソーシャルディスタンス。手を伸ばしても2メートルじゃ繋げない。

「○○、学校のベルは目覚まし時計じゃないよ」

 彼の言葉でおもわず机に突っ伏した。どうしたの、○○? 心配して声をかけてくれるともだちもあたしの作り出した夢。あたしは自分の名前が聞き取れないし、彼の名前もわからない。どうやって夢から脱出すればいいかわからない。

 夢と現実の違いはなんですか?
 触れられること。
 現実だと触れられるのですか?

『ソーーーーーーシャル、ディスタンス!!』

 スピーカーからボイスチェンジャー越しのいびつな声が聞こえてきた。遊園地のパレードみたいな浮かれた音楽が流れ、DJ気取りで文化祭の催し物を紹介しはじめる。軽音部はライブ中、演劇部は上演中、落研は公演中、料理部は調理中、映像研は撮影中、ユウチュー部は配信中、写真部は多目的ホールにて部員の作品を展示中なのでみんなこぞって見に行ってちょーだい。なお、コンクール入賞作品にはリボンがついてるけど、○○の写真には何もついてないんだよね、趣味みたいなものだから。アハハ。

『ダンスターーーーイム!! みんな校庭に集合!!』

「だってさ。さっさと行こうぜ」
「行かない」あたしは机に突っ伏したまま答えた。

 フォークダンスなんて嫌いだ。浮かれた人たちの中で浮くのはあたし、楽しげな人たちのなかで感じるのは孤独。ようやく見つけたカメラ越しの立ち位置。でも、あたしにリボンはつかない。趣味みたいなものだから。

 カメラを言いわけにすんなって言ったろ。
 してない。
 お守りにすんなって言ったろ。
 してない。
 飛び込まないとわかんねーんだよ。

 リボンのついた××の写真。同じ時期にはじめたのに、そんなこと言われたくない。夢ならいいのに。夢なのに、無遠慮に現実が流れこんでくる。

 夢と現実の違いはなんですか?
 現実はイタイです。

「○○、まだ寝る気かよ」
「うるさいな! あたしだって好きで寝てるんじゃない!」

 反射的にからだを起こすと、××はあたしにレンズを向けていた。いつのまにか教室は空っぽで、校庭からオクラホマミキサーが聞こえてくる。夕焼けが彼の輪郭を赤く染めて、シルエットになった彼は何も言わないままシャッターを切った。あたしの切り取られた時間は2次元になって彼の手元にある。

「写真が完成するのは誰かが見てくれたときだと思うんだ。見る人のなかになにかが湧きあがったとき。それまではただのデータ。俺、○○の撮るもの好きだよ。なぐさめてるわけじゃなくて」

 目のまえで再現されるシーン。写真部でコンクール結果が伝えられた日、あいそ笑いができなくてトイレと嘘をついて抜けた。教室でぼんやりしていたあたしを見つけたのは××。それは現実。もしかしたら、現実にあったことだと夢のなかのあたしが勝手に思ってるだけかもしれない。だって、このあと××は、

「俺、美優のことが好きだ」

 リプレイされた彼の言葉は、記憶にあるのとそっくりそのままだった。黒いマスクから出たふたつの目が照れくさそうに細められて、ごまかすように××はまたカメラをあたしに向けた。

 現実はイタイです。夢のなかでもイタイです。苦しくて泣きそうです。

「美優、帰ろうよ」
「あたしだって、帰りたい」
「ほんとに?」
「ほんとだよ、だって!」
「だって?」
「だって……、卓斗が待ってる」

 ようやく、と言いたげに呆れ気味のため息をついた卓斗は、ずいぶんひさしぶりにマスクを外した。卓斗の笑顔は変わらない。あたしは彼につられてマスク外し、自分がマスクをしていたことに気づいた。

「帰ってもまたマスク生活だし、窮屈で仕方ないんだけど、美優がいないとつまんない。せっかく告白したのに、返事くらい聞かせてもらわないと」

 卓斗が手を差しだし、「うん」とうなずいて握り返したら思いのほか強い力でひきよせられた。リンゴーンと鐘が鳴りはじめ、目の前には白いタキシード姿の卓斗、あたしはヒラヒラのウェデングドレス。白い教会に、飛び立っていく白い鳩。さすがに夢だといっても自分の発想に顔をおおいたくなる。

「行こう、美優」

 彼の腕のなかで、あたしは夢とうつつの違いについて考えている。近づいてきた卓斗の顔は、光に埋もれて見えなくなった。



〈4〉


 5、4、3、2、1

 頭のなかでカウントダウン。スマホに表示された時計を見ながらテレビをつけた。ジリジリと聞き慣れためざましの音。

『じこくはろくじごじゅーごふん、じこくはろくじごじゅーごふん』

 訪れた朝の景色はいつもとおなじで、からだを起こしてパンと頬を打ったら痛かった。たぶん、夢じゃない。キャスターの挨拶はおはようございます。カーテンの隙間からさしこむ光が机のうえの一眼レフカメラを照らしている。

 人と話すのが苦手でお守りみたいに持ち歩いていたカメラ。同情されたくなかった。自由人だねと言われてひとりが楽だよと返してたけど卓斗にはバレていた。

 〈想い〉がテーマの写真コンテスト。あたしが望遠レンズで撮ったのは寄り添うふたりのシルエット。卓斗の写真にうつっているのは、みんな剥き出しの笑顔だった。夢のなかで撮った射的屋の店主の顔は、あたしにしてはマシだったかもしれない。あれくらい近くで、卓斗を。

 テレビには太陽がいっぱい並んでいる。きょうは全国的によいお天気となるでしょう。

 卓斗の告白も夢だったんじゃないかとパンと頬を叩いた。痛いけれど、やっぱり夢のような気がした。妄想と現実と夢がごちゃまぜ。

 羨ましくて、妬ましくて、告白されたのが悔しかった。また、先を越されたと思った。好きになったのはあたしのほうが先なのに。

「お姉ちゃん、テレビうるさい」

 二段ベッドの上から寝ぼけ眼で顔をだした妹は、眠そうに目をこすったあとニヤッとわらう。

「お姉ちゃん、緊張して寝れなかったんだ。久しぶりの学校だもんね。告白してきたひと、卓斗クンだっけ? その人も今ごろドキドキだよ。今度会ったとき返事するって言ったんでしょ?」

「言ったけど、べつに今日じゃなくてもいいし」

 平然と返しながら、夢じゃなかったと胸をなでおろしている。なのに、心臓は臨戦態勢。

「いやいや、いつやるの、今日でしょ。っていうか、LINEのやりとりしてるくせに返事は先のばしするなんて、恋愛経験少ないんだから、ヘタな駆け引きしないほうがいいよ」

「うるさい。あんたも学校でしょ。さっさと起きな」

 えー、とボヤキながら、妹は梯子をつたって下りてくる。ボサボサの頭のうえで両手を組んで「うーん」と伸びをし、カーテンを開けた。まぶしさに目を細め、手をかざす。

 テレビのニュースはいつものようにコロナの話ばかりで、慣れて麻痺していくニューノーマル。なにが新しいのかわからない。アップデートした情報はすぐに劣化、以前のようには戻れない。陽性者が出て休校になってたけど、ようやく今日から再開だ。

 夢と現実の違いはなんですか?
 触れられること。

 文化祭も夏祭りも、夢のなかなら卓斗と手をつないで歩ける。一緒にいられる。でもその世界は走りつづけられない。何も残らないし誰ともつながれない。

 つながる勇気があるんですか? あるんですね? あるんですよね?

 エンドレスな自問自答。白黒つけたがる不安だらけのあたしと、決められない臆病なあたし。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。サランラップ越しのキスとかなら許されるんじゃない?」

 うはは、と笑いながら、妹は髪をとかしていた。おねえちゃあん、と甘えた声をだしてあたしを呼ぶ。彼女の手からリボンを受け取り、髪を結う。

「お姉ちゃん。手をつないだあとはアルコールシュッシュね」

「それもなんだかなあ」

 触れることができるのは特別。”なんとなく”で手をつなぐことなんてできなくて、それがコロナのせいかはよくわからない。コロナじゃなくても、あたしにとって手をつなぐことは特別。卓斗はどうだろう。

「たぶん、つきあうことになっても何も変わんないよ」
「えー、つまんなーい」

 ぶーぶー言いながら妹は鏡のまえで首をふり、ツインテールがリボンと一緒にゆらゆら揺れた。スマホが鳴って、目覚ましのスヌーズかと思ったら卓斗からのLINEだった。

「お姉ちゃん、顔、ひきつってる」
「うるさい」

 朝イチのLINEを開く。おはようにおはようで返して、あとで学校でって、それだけ。

 新しい一日がはじまる。

『ミュージッーーーーク、スターーート!!』


〈end〉

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