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理学療法士や作業療法士の仕事はAIに奪われるのか

このたび自分で会社を興し、2019年6月末をもって大学病院を退職することになりました。7年強の間、好き放題に研究することを許していただいて、そしてまた様々な迷惑をかけながら仕事を続けさせていただいてきました。
最近はどのような形で職場に恩返しができるのかと考えながら過ごしてきたのですが、そのひとつの方法が、後輩を育てるということでした。

役職的に私にできることは限られていて、とくに学会や研究のお手伝いという手段が主だったわけですが、最後に何か後輩の道標となることをお話したいと考えていて、準備したものをここに記録したいと思います。

そもそもどんな業種であっても終身雇用を守ることは難しい

理学療法士や作業療法士になった方に動機を聞くと、自分や家族がリハビリを受けた経験があったというケースが多いですが、それ以外に親が勧めたからという方が少なくありません。

失われた20年ともいわれるこれまでの日本において、安定した職業に就いてほしいという親の気持ちも理解できます。その一方で、テクノロジーの進化に伴い、多くの職業が必要なくなるという話を聞いて不安になっている人もいると思います。

しかしそもそもどんな業種であっても終身雇用が守られるということは難しい時代となりました。例えば、日経連の会長が「終身雇用を前提とすることが限界となっている」とコメントしています。さらにあのトヨタですら終身雇用制度の終焉を示唆しています。

冷静に社会の変化を捉えると、栄華を極めた東芝やメガバンクが苦境に陥っているなか、公務員や医療法人だけが守られ続けるわけがないということを、薄々感づいている方も多いのではないでしょうか。

AIによってなくなる仕事、なくならない仕事ランキング

米労働省労働統計局(BLS)によると、818種のうち17%の職業において、2026年までに従事者が大幅に減る見込みだと報告しています。さらにアメリカで「最も速く消滅しつつある職業」として第2位に呼吸療法士がランクインしています。

その一方で、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン氏のレポートでは、2030年までに無くならない仕事ランキングの第6位に作業療法士がランクインしています。

なぜこのような結果になったのでしょうか。呼吸療法士と作業療法士の違いがどこにあるのか、AIに仕事を奪われない理学療法士・作業療法士の働き方について考察していきたいと思います。

マシーンラーニングは万能か?

マシーンラーニング(機械学習)では、センサやデータベースなどに由来するサンプルデータを入力して解析を行い、そのデータから有用な規則、ルール、知識表現、判断基準などを抽出し、アルゴリズムを発展させる。
そのアルゴリズムは、まずそのデータを生成した潜在的機構の特徴(確率分布)を捉え、複雑な関係を識別・定量化する。次に学習・識別したパターンを用いて新たなデータについて予測・決定を行う。
機械学習は検索エンジン、医療診断、スパムメールの検出、金融市場の予測、DNA配列の分類、音声認識や光学文字認識などのパターン認識、ゲーム戦略、ロボット、など幅広い分野で用いられている。応用分野の特性に応じた様々な学習手法が提案されている。
wikipediaより引用

マシーンラーニングの登場により、人間は様々な単純労働から解放されてきています。しかし、少なくとも現状において、マシーンラーニングはすべての事象を解決してくれるスーパーマンのような存在ではありません。

誤解を恐れずに、AIがどのような存在であるかを端的に表現すると、私はAIの持つ能力は高機能自閉症の方に類似していると考えています。高機能自閉症の方は、知的に障害があるわけではなく、興味が極端に偏ったり周囲の雰囲気を読むことができずに集団行動をとることができないという特徴があります。

つまり、AIは質的に定まっているデータの処理に極めて優れている一方で、異質なデータの統合や、定量化できない情報の処理が苦手なわけです。

0/1で分けられるbinaryなデータ、たとえば病気の有無といった診断学は既にAIによる置換が始まっています。また連続測定できるデジタルデータ、たとえば人工呼吸器の圧設定や換気量といった情報の最適化は、人間の勘で行うよりもAIの方が得意になっていくはずです。

ですので、呼吸療法そのものの必要性がなくなることはありませんが、人の手によるスクイージングのような手技がAIの成長速度を超えて発展していくとは到底考えられません。

そのような文脈で考えると、エビデンスが蓄積しない領域の方がAIに置換されにくいという考え方もできます。作業療法士の方と研究の話をしていると「エビデンスが無いからOTはダメなんだ」とおっしゃる方は少なくありませんが、そもそも作業療法士の方の業務では個人のQOL改善という極めて多様で曖昧な指標を対象とすることが多いです。そのため同質な対象者を集めて解析することが困難であり、だからこそAIに置換され難い仕事としてランクインしたのだと考えます。

AIと共生する方法

変化の遅い医療業界ですので、黙っていても仕事が無くなるまでにはある程度の余裕があると思います。中高年の方は気にしなくても逃げ切れるでしょう。しかし若い方は、これからの長いキャリアにおいて、いずれAIの社会実装にともなう変革の影響を受けることは間違いありません。ではこれからの理学療法士、作業療法士がAIと共に生きていくためにはどのようなキャリアを形成していけば良いのでしょうか。

大きく分類して2つの方法があると考えられます。
①AIの苦手な分野に進む
②AIの作り手側に進む

です。

まず、AIの苦手な分野とは、上述のとおりエビデンスの蓄積しづらい領域です。作業療法以外にも、たとえば精神疾患、ペインクリニックなどは定量化が難しい典型的な領域でしょう。さらに、ビックデータへ集積すること自体が非効率なニッチ領域を深堀りするという手段もあると思います。

またAIの作り手側に進むことについて、いまからScalaやSparkなどのエンジニアリングを学ぶというのも一つの手段ですが、もっと単純に考えて、人件費を減らすためにはどのような技術が応用できるか?といった視点で自分の目の前にある事象を捉えることが重要だと思います。
あなたの職場での非効率......きっとたくさんありますよね(笑)

メガトレンドを意識する

目の前の患者さんに一生懸命尽くす、という姿勢はセラピストの基本です。しかし、自分がいま存在している社会の構造や変化を知らず過ごしていると、最後までパソコンを受け入れず、そろばんで経理をしていた方のような存在になってしまいかねません。

私が最も意識する必要があると考えるトレンドは、内閣府の科学技術政策「Society 5.0」です。

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
(内閣府ホームページより引用)

もちろん堅牢なデータ管理を行うはずですが、電子カルテデータとマイナンバーの突合は徐々に進むはずです。
全国のレセプトデータを集めたNDBは、匿名化した一部の情報であるものの既にオープン化をしていますし、有用な使用方法についての研究が始まっています。

そのような社会の中で、暮らしをより良くするための情報がどのようなもので、どうやってデータを測定し、収集し、解析し、適用していくのか。
それらのどの場面で自分が仕事として関わっていきたいのかを想像して、経歴を築いていけばよいのだと思います。

働き方改革を勘違いしてはいけない

副業を解禁する企業が増えてきました。先日、みずほファイナンシャルグループがメガバンクで初めて副業を容認することを発表しました
副業をしない場合でも、若い人は「有給が取りやすくなってラッキー!」と思っているかもしれません。

いやいやちょっと待ってください。ぜひ違う目線で考えてください。
これは人件費削減とか人事採用の流動性を高める政策とも捉えられますよね。もちろん人の流動性を高めることは重要ですが、その結果、企業がより欲しいと思う人材に報酬が集まります。つまり逆に言えば、代わりのきくような人材へのコストは下げられ、首を切られやすくなるということだと思います。

増えた可処分時間で何をするのかは自由ですが、はっきりとしているのは、努力をする人はもっとスキルや人脈を得やすくなる一方で、努力をしない人は今以上に単純労働者として扱われることになるでしょう。

これは、教科書を読むことを勧めているわけではありません。これからは世界観を広げ、人の役に立ち、他の人に支持される人になることが重要です。

理学療法士・作業療法士技術の応用範囲は広い

人間の活動が身体性に依存している限りにおいて、理学療法や作業療法は必要です。日常生活はもちろんですが、たとえばスキューバダイビングであればフィンワークや呼吸機能のサポートが可能でしょう。
登山であれば膝を痛めにくい歩き方の指導が必要な方がいるでしょう。
身体的に制限のある人が旅行に行く場合、理学療法士・作業療法士以上に適切なサポートができる職種はないと思います。

いずれにしても、自分の興味がない分野で努力するのはつらいですから、自分が好きなことにおいて、理学療法や作業療法の技術を応用することができないかと考えてみて下さい。
その際に、自分が楽しむだけでなくて、理学療法や作業療法の技術を応用することによって、喜ぶ人がいるかどうかを意識することが大切です。

病院にいる理学療法士や作業療法士の方は、黙っていても患者さんが来てくれる環境に慣れてしまいがちですので、ぜひ自分の技術やこれまでのキャリアを別の場面で役立たせることができないかといった視点を持って考えてみて下さい。

いますぐにできること

とはいえ、副業はできないし、仕事はすぐにやめられないといった環境の方も多いと思います。そのような方でもいますぐできることとしてお勧めしたいのは、ステークホルダーの利害を考えることです。

患者さんやご家族の利害......は、もちろん考えてきた方ばかりだと思います。それ以外の、医療法人、理学療法士・作業療法士協会、市役所、県庁、厚生労働省、各学会、製薬会社。それ以外にも文部科学省、経済産業省、保険会社、フィットネスジムなども関わりがあるといえるでしょう。

これらの方々がどのような方向性を持ち、そしてどのような問題を抱えているのか。公的な機関の多くは、ステートメントを出しています。たとえば国立大学の附属病院に勤務しているのであれば、国立大学附属病院長会議の資料は必ず読むべきだと思います。

ここでは、多職種における卒後教育の重要性や、地域病院との間における人事交流、ICTの積極活用、外国人を対象としたサービス向上など、数多くの指針が示されています。どのような課題があるかを認識し、具体的な指標の改善に取り組むことができる人材が、これから必要とされるのだと思います。

まとめ

自分の持つ技術で困っている人を助けようということを、目の前の患者さんだけではなくもっと広い視点で捉え行動していくと、自分も楽しいし良いキャリアを築けると思います!

これだけのことだったのに5千字もかかってしまいました(笑)
お付き合いありがとうございました。
そして筑波大学附属病院の方々、本当にありがとうございました。

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