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【日記】前職のノートを読み返せない。まだ。

※ネガをポジに変換しきれないままおわってしまった文書なので、かなしみをすこし蹴散らせていない。

母に呼ばれ、うちから数駅離れたところにある実家へと久しぶりに自転車を飛ばした。二人でよく訪れた洋食屋のテイクアウトパスタを食べ、近況の報告をし、最近家の断捨離をしているということなので置きっぱなしにさせてもらっていたノートなどの紙類を回収して帰った。

とはいったものの自転車に積める量ではないので、まずはひとつの箱に詰めてあったぶんを。高校生の頃演劇部で使っていた台本、卒論の控え、イラストと詩を書き溜めたノート、そしてその底に入っていたA5サイズの三冊のノート。開くまで、それが何なのかわたしは思い出すことができなかった。

表にxxxx.xx.xx.~xxxx.xx.xx.と日付だけが入ったそれは、前職(湯灌師)をしていた一年半の間に関わった、すべての研修と納棺の記録だった。

研修のこと、二人一組での役割分担のことを書いたページは、へぇ、わたしったらおもったよりきっちり書いてたんだななどと思いながら呑気に読んでいたけれど、実際にスタッフとして関わるようになってからのページに差し掛かると手が止まった。

故人さんのお身体の状態と、させていただいた処置や着替え、副葬品のあたりはなにも問題なかった。あの頃と変わらずに怖いとか不快とか思うことは一切なく、もう7、8年以上前のことにもかかわらず現場を思い出せる日のこともあった。

そこに添えられた反省文と指摘を受けた点の記述にさしかかるともう無理だった。納棺は一度しかない、たったいちどしかないさいごのみじたくとおわかれ。なのに毎回こんなにもこれができていないあれができていないもっとああすればよかったこれがだめで相方に迷惑をかけた余計な労力を使わせた。飛ばし飛ばし、読めるところをすこしだけ、読んだ。

前職に就いた理由は、一度人生を失敗して実家に回収されて、職業安定所で自己分析なのかなんだかわからない書類をつらつらと書いていたときに、最初に就いた葬祭業に自分はまだ何らかの形で関わりたいのかもしれない、たぶんそうだ、となんだかしらないが思ってしまったからで。

そんな前職の退職理由は、とてもざっくりいうと人間関係に耐えかねたのと己の不器用さに向き合うことに疲れてしまったからだった。そこから全く職種の違う現職に移り、それなりに幸せにやっている。自己分析とはなんだったのか。だから、前職のことをあまり思い出すことはなかった。わたしの仕事が遅くて不完全だったから、だから仕方なかったのだと。

ノート中のわたしは、頑張っていた。仕事が終わってからも、着付けを少しでも早くするために事務所で自主練習もしていた。道具の手入れも、先輩に倣って中身のアップデートも。さっするにわたしに仕事を教えてくれた先輩も、繰り返し根気よく注意をしてくれたようだ。なんとか遺族の方に満足してもらえたときも、至らなかった点はきちんとあとから指摘してくれた。ここまでしてできなかったのだから、根本的に向いていなかったのだろう。

記憶には、できなかったということしか残っていなかった。事実、もっとやれることはあったはずだ。誰にとっても一度きりの儀式を、残された人のためにも完璧に行うべきだった。わたしはそれができなかった。事務所に戻る車のなかではいつも反省会で、自分の至らなかった点を挙げれば被せて気付かなかった点を指摘された。わたしの変わらなさに諦めたのか、先輩のうちひとりはそのうちなにも言わなくなった。退職の日にわたしの仕事を全否定してくれた。わたしはそれだけのことをしたし、できなかった。だけど。

こんなにがんばっていたわたしのことを、わたしくらいはおぼえていてほしかった。おぼえていてあげたかった。

記録は、ノートはこれから少しずつ読んでいこうと思う。わたしが血を吐く思いで残したこれを、なかったことにはしたくないから。