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3つの映画から読み解くアンチエイジング

今回はアンチエイジングをテーマに3つの映画の話。

私は自分のファスティングセミナーで

若さは誰にも与えられる武器であり
必ず奪われる武器である、

という言葉をいつも使います。
こちらは私のファスティングセミナーのスライド↓

ビビアン・リー、美しいですよね。

「若さ×美しさ」は、あまりにも鮮烈で無敵であるがゆえに、それが失われていく恐ろしさや敗北感はきっと美しい人ほど大きいものではないでしょうか。

このスライドでも引用している私が好きな作品のひとつが「風と共に去りぬ」

小学生の頃、初めて映画を観てビビアン・リーの美しさに心奪われたものです。このグリーンの花柄ドレスがなんて可愛いのだろう!と思ったのを覚えています。

その後、大人になってからも何度か見返し、マーガレット・ミッチェルの原作も読み、さらに作者も違う続編を読むほど一時期ハマりました。そしてコロナ禍には、久しぶりに、この古い長い映画(3時間42分!)を見直し、改めてビビアンの美しさに浸りました。

有名な話ですが「風と共に去りぬ」は、この強烈な性格と美しさを持つ主人公スカーレット・オハラ役の女優がどうしても決まらなかった、と言われています。そしてもうこれ以上スケジュールが引き延ばせない!!となって、ヒロイン不在のまま撮影が始まった中、現場にやってきたビビアン・リーに会ったプロデューサーが、ひと目見て「彼女こそスカーレット・オハラそのものだ!」と採用したとか。それくらい美しいというのは、問答無用の力があるのでしょうね。

「As God is my witness, I’ll never be hungry again」私は二度と飢えません、と誓う前編ラストが印象的

美しいだけでなく、高慢でひたむきで愚かで強い主人公の生き様が、とにかくすごいこの作品。土地を失い、愛する人の心を失っても、それを取り戻すために愚直なまでに何度も立ち上がるスカーレットの姿は、好き嫌いや善悪を越えて心に残ります。

「若さ×美しさ×強さ」を前にしたら世界はひれ伏すしかないですよね。(この作品はアカデミー10部門に輝いています。)

で、そのビビアン・リーが40歳前に演じた「欲望という名の電車」がこちら。テネシー・ウィリアムズの名作戯曲です。

ここでビビアンは神経症で自意識過剰、プライドだけは高い落ちぶれた未亡人を演じています。老け役ということもありますが、この鬼気迫る痛い演技をしている女優が、あのスカーレット・オハラと同一人物だとはとても思えません。たよりない体型で、線も細く、言動のすべてが痛々しく、美しさを感じる場面は一瞬もありません。

実際に、”女優は40歳になったら終わり”という当時のハリウッドの風潮の中、美しいビビアン・リーが完璧な美貌と才能への強迫観念で精神を病んでいった、というストーリーは、あまりにも時代とリンクしすぎていて、逆に信じがたく思えるほどです。

3つ目はトーマス・マンの小説をルキノ・ビスコンティが映画化した『ベニスに死す』

主人公が心奪われる美少年タジオ

大学時代に見た映画の一つだけれど(その頃は通学途中のTUTAYAで毎週ビデオをレンタルしていたものです)今も忘れられない作品。

年老いた作曲家が、旅先のベニスで出会った美少年に心を奪われ、その圧倒的な美しさを前に理性を失い、最後は妄想と疫病の果てに、自分自身が最も嫌悪していた白塗りの醜悪な姿で息を引き取る・・・

確かそんな結末だったと思います。

芸術家として努力を重ね創り上げてきた美しさなど到底かなわない鮮烈な美しさ。知性や経験や理屈など及ばない全てを無意味にする美しさ。

それを体現していたのがルキノ・ヴィスコンティに見出された15歳のビョルン・アンドレセンでした。ヴィスコンティは金髪碧眼の美少年をヨーロッパ中探し回ったそうです。そして巨匠に大抜擢されたビョルンは、世界で一番美しい少年”として、公開後一気に世界中の話題となりました。

白髪のビョルン・アンドレセン。一昨年ドキュメンタリー映画となって話題になりましたよね

「美を見つめることは、すなわち“死の凝視”だ」

と語るヴィスコンティが表現しようとした美は、あまりにも傲慢で危うく、翌年のカンヌ映画祭では既に16歳のビョルン対して「当時は完璧な美しさだった。今はもう年を取りすぎている」とこきおろしたそうですから・・・いやはや背筋こおりますよね。


美しさや若さは本来目に言えない、形のないもので、それが人に宿り、ある一瞬、ある一時期、まるでその人そのものであるかのようにさえ感じられます。しかしそれは徐々に、またはある時急に、奪われてしまう。だから私たちは若さと美しさを前にすると、心を奪われるし、心を掻き立てられるのでしょうね。

もちろん歳を重ねた美しさ、というものもあるし、内面からにじみ出る美しさ、というものがあるのも承知していますが、ここで言う「若さ×美しさ」はまた別の領域にあるように思います。

ちなみに、ファスティングと出会うまで、私は「健康」が徐々に失われたり、奪われたりするのが「病気」だと思っていました。でも今はそう思いません。健康は奪われるものでも、失われるものでもなく、育んでいくもの。そして健康状態は常に今の自分を表現したもの、であるように思います。

だから圧倒的な「若さ×美しさ」を求めるのは不自然だけど、「健康美」を求めるのは自然なことではないかと思っています。完璧な健康は存在しないし、揺れ動く中でバランスを保っているもの、それは常に生きようとする生命の自然な営みである、というイメージ。

潮風健康美塾では、そんな一人ひとりの「健康美」を育んでいくことを目指しています。

「美しい」は「正しい」ことよりも、ダイレクトに心に響くし
誰の心にもまっすぐに届くもの♡
そんな風に感じています。

優しさで繋がる美しい未来を創る 
潮風健康美塾

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