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冷蔵庫のプリン【第5話】

【疑問六・前田徹はなぜ殺害されたのか?そして、だれに殺害されたのか?】

「副島崎さん、これこの後の展開どうなるんですか?」
「いやまぁ」
 副島崎は原の詰問をのらりくらりとかわす。ミステリー作家として転身したものの、この三作は鳴かず飛ばず。ヒット作品連発の編集者・原とのコンビは今回で四作目となる。
「これ、前田徹って、悪役にするんですか?そもそものプロットってどうなってます?」
「質問はひとつずつにしてほしいな」
 副島崎はぼそっと原をいなす。
「オチませんよ、これじゃぁ。だってこれ、冷蔵庫に見知らぬプリンがあったらって
それでミステリーまで突っ走るって先生、俺を信じろって言ったじゃないですか」
原の泣き落としのような口上が副島崎のリビングに響く。
 児童作家としてコツコツと実績を積み、夏休みの作文課題図書、児童文学関連の賞、国語の教科書への採用、中学入試問題への採用、など副島崎丈一郎は輝かしいキャリアを歩んでいた。
 ある日、丈一郎は「俺はミステリー作家になる」なんて途方もない、淡水魚が海水魚になるようにお門違いな、にっちもさっちも、すっとこどっこいな転身を掲げた。
 クジラを見て俺も明日から哺乳類だ、なんて言っているシャチみたいに。実際に同期デビューの作家たちが小説というジャンルで成功していく様を見て、忸怩たる思いがあったのだ。児童文学が下で、大人向け小説が上というわけではないが、丈一郎は懇意にしている出版社に頼み込んで、ミステリー作家として再デビューした。ペンネームは「西の海へさらり」災厄を西の海へ流してしまうという意味だ。もっと普通の名前にしましょうと、原は編集長と一緒に説得したが、丈一郎の決心は堅かった。
「で、先生この冴島奈央子が男性ってことですが誰なんですか?」
「これはね、島直哉という男性なんだよ。坂木優斗と幼馴染の設定で、見た目はもう女性なんだ」
「その、ジェンダーまわりの作品ってことですか?」
「いやいや、そのあたりはサラリと流すよ」
「ペンネームを雑に使わないでくださいよ。先生、ミステリーはフィクションとはいえ、リアリティは大切なんですよ、そこどうお考えですか!」
 興奮したせいか、原の汗が止まらない。このソファー、組んだ足がやたらとしびれると、原はソファーから立ち上がった。
グラグラっと原はソファーから立ち上がることなく崩れた。
「こ、これは」
 原は体の力が抜けていくのを感じた。テーブルには、飲みかけのアイスコーヒー。氷が溶けて、薄まっている。その隣には食べきったプリンの容器があった。
「これなんだよ、これ」
「副島崎せん、せ、い」
 原は朦朧とする意識のなかで、丈太郎を見上げた。
 丈太郎はプロットを書き直した。
冴島奈央子改め島直哉は、優斗の部屋に徹を連れてきた。それは、殴打事件の前日。冷蔵庫にあったクリームが乗ったプリンは徹が食べたものだった。そのまま、直哉と優斗は徹を山林へと連れ出し、殺害し遺棄。
翌日、直哉は別の女性と優斗のいるコンビニですれ違う。まるで別の女性が冴島奈央子であるように店長にも防犯カメラにも印象づける。
 優斗の家に着く前に、その女性と別れ直哉は優斗となり、優斗は徹となり狂言殴打事件を起こす。二人の調書には冴島奈央子の存在を匂わせ、かつ優斗が仕組んだプログラムを発動させ警察無線をジャック。事前に作り込んだ音声で、冴島奈央子が護送中に逃亡したと思い込ませる。
 丈一郎はプロットを整えた。原はもがき苦しんでいる。
「原さん、リアリティを試してみました。プリンに仕込んだのは…」
 原は泡を吹き、息絶えた。
「種明かしで、死なれちゃぁ困るんだよなぁ」
 丈一郎は絶命した原を引きずり、地下倉庫へと降りた。そこには児童文学時代の編集員たちの亡骸が。
 丈一郎は、近くのコンビニへと出かけ、クリーム乗せプリンを買った。冷蔵庫に新しいプリンを補充した。隣にはいつ買ったか見覚えのないプリンがひとつあった。

「…と、いう二重構造のミステリーってどうですかね?原さん」
「副島崎先生、それ、複雑すぎますよ」
 副島崎は立ち上がり冷蔵庫からプリンを持ってきた。
「原さん、普通のプリンと生クリーム乗せプリン、どっちがいい?」
「そりゃぁ、普通のプリンに決まってるでしょ!」
(おわり)

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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