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私の子育て中のトラウマについてのお話(してたら、熱くなってしまって深い話してしまった件)

こんにちは!ソルトです。
今回は、私の子育てについての「トラウマ」についてのお話。
そして、最近それを克服するために挑戦のタイミングが来たお話です。
プチ挑戦でしたが私にとってはかなり大きな一歩でした。
軽く日記のように書こうと思ったら、、当時の「思い」がまあ溢れて出てくるわ出てくるわ、でした。。(;^ω^)
前編は、子育て中に私がどんなことに襲われ、それがなぜトラウマになってしまったのかというお話。当時の気持ちを誰に配慮するわけでもなく、文章にぶつけまくっています(笑)
克服についての後編はもう少し冷静になってお話します(笑)
根深い背景と共にお伝えしますので長くなってしまうこと、、ご了承ください。。
では始めます(^_-)-☆


『 私は一人ではやれない・トラウマ発動 』


~トラウマ発動の当時の背景~

私には、今11歳の長女と7歳の双子の姉妹の子育て中です。
下の二人が小学校に上がり、子どもたちが自分のことをだいぶ自分でできるようになってきて、私が子どもが小さいことで「大変だな」と感じることはすごく減ってきたと思います。

今住んでいる家に越してきて丸6年が経ちました。
引越してきた当時は、下の二人は1歳半、長女もまだ年中さん、、そして私はそれまでの「三人の育児」・「家を建てる準備(複数の業者とのやり取りや調整)」・「家庭の事」・「仕事と家庭の両立」、さらに「引越しにつてのあれこれや手続き」、、、たくさんのことを一人で抱えた末、引越し間近に、とうとう限界を迎えてしまい、体を壊していました。
年明け、あと一か月で引越しというタイミングで、酷い耳鳴りと吐き気が続いたのが始まりでした。

引越した後から徐々に本格的に始まってくいく体調不良、、毎月何度も風邪を引き、熱を出し、そのうちに、めまいで数日まともに生活できなかったり、、気候の変動でもめまいと嘔吐、さらに極度の不眠症、不安症、パニック症、、私の体調はどんどん悪化していきました。
複数の病院に通い、色んな検査をし、種類の薬を常に飲んでいました。
正直なところ、日常生活もままならなく、子育てを余裕をもってしている場合ではありませんでした。
それでも、私は子どもたちのことは大好きだったし、三人の子どもたちも本当に明るく健気で、、。長女はいつもわたしの心配をしてくれていたり、まだまだ甘えたい盛りなのに小さい双子の面倒もよく見てくれていました。
引越してきたばかりで、子どもたちもまだ新しい環境にも慣れていないし、子どもたちも、もっと好き放題外で遊びたかった時期だと思います。
それもすべて分かっていたから、私は「私がつぶれてはダメだ!しっかりしなくては!」と子どもたちの前ではできる限り「元気で優しいママ」に徹し、もっと外に連れて行ってあげたいと、休みの日は車で行ける広い公園に連れて行ったり、観光地に連れて行ったりしていました。
(今思えば、無理して本当は外出なんてしている状態ではなかったんですが。。)
責任感の強い私は、自分の精神と体をさらに追い詰めてしまっていました。

我ながら、本当によくやっていたと思います。
今、思い返せば、、なんですよね。当時は目の前のことに精一杯でした。

当時は「もっと子どもたちにやってあげたいのに、、もっと余裕を持ちたいのに、、なんでできないんだ。なんて私は不甲斐ないんだ。」と自分を責める毎日でした。

まだまだ手のかかる子どもたち。。

それまで狭いアパートの慣れていた一歳半の二人は、一軒家の部屋がとても広く感じたようで、私が少しでも視界から見えなくなると大泣きしてしまいました。
まだ家具も十分そろっていない家は音がよく響き、それだけでも怯えているようでした。
長女が幼稚園に行っている日中は、トイレにもまともに行けず、ご飯を作ったり、物をちょっと取りに立ち上がったりすることもダメでした。二人で足にしがみついてわんわん泣くので家の事はまともにできないし、子どもたちのことも自分のこともできないしで、、本当に病んでしまいそうでした。

子どもたちのことばかりで朝から何も食べれず、お腹がすきまくり、、。ようやくの思いで作ったインスタントラーメンも、冷めてノビノビになってしまったままキッチンに放置してしまっていたら、、どうして手が届いたのか、そのあと、二人にひっくり返されてしまい。。
床とキッチンの隙間にスープがしみていくのを見て、「新築なのに。。お腹すいて仕方ないのに。。またやることが増えてるし。。」「うぅ、、」と泣きながら床を拭いていたことを覚えています。

またその当時、外構屋の怠慢でトラブルが続いており、対応を私がしなければいけなかったり、ご近所さんが駐車場の前で毎朝飼い犬におしっこやウンチをさせてそのままにしていくこと(しかも複数人)にもストレスを感じていました。

とにかく、自分の中も外も、引越し当時は本当にいろんなことがカオス状態でした。
本当にもう、、毎日対処することが多すぎて、精神も体もボロボロでした。。

え?夫??
そう、夫です。
います。当時もいました(笑)
彼は、私がこんな状態なのにもかかわらず、その時何をしていたのかって、、?
家庭のことは私に「丸投げ」状態でした。

夫は、ひたすら「仕事が忙しい」と家庭のことは私に丸投げ、話は間接的に聞く程度で、、当たり前なのですが、実際何も目の当たりにしていませんでした。
だからいつもこのような話は他人事。
子どものことは、、「そうなんだ、大変だな~」
ご近所さんのペットについては、、「うわ~信じられないな~、人のことを考えてない飼い主って多いよな~」
外構トラブルは、「う~ん、困っちゃうね~~、、」
以上。。
「だから、どうしようか」が彼からは出てこない。

まあ、他人事は今に始まったことでありませんでしたが。。(-_-)
彼はいつもそうなのです。

そして、
私が大変な時、、本当に一人ではどうにもできないような状況になるとき、
なぜか必ず彼も「大変な」状況になるのです。
これは、
なぜか、本当に、、。
「必ず」です
それは、本当に大変な状況の時もあるし、大変な状況に自分を装う時もありました。私は分かっていました。逃げるのです。おそらく本能的に

私はこの事実に気づいた時、、
「こいつは本物の悪魔かもしれない」と思いました。心底。
だってそうでしょ?一人の人間がそのまま放置されたら目の前でつぶれてしまうのに、分かていて逃げてしまうんだから。
しかも「自分と深くかかわっている人間」が、ですよ?

~突然、体に異変~

そんな中、引越しから2か月のある時、、
まだ複数の病院に通う前、、負のループに入っている自覚がなかったころの話です。

日々の寝不足・疲労・プレッシャー・ストレスに耐えかねて
ついに私は突然のパニック発作に襲われました。
極度の恐怖と不安感、過呼吸、、
夕食の仕度をしている時でした。

「ヤバい、、なんだこれ??苦しい、、息がうまくできない、怖い、、どうしたらいいの?
私が今倒れたら、この子たちはどうなるの。。
泣いてパニックになってしまうかな、、そんな光景耐えられない、子どもでは救急車呼べないし、、救急車呼んだところで、子どもたちはどうするの??どうしよう!どうしよう!」
子どもたちが泣き叫んでカオスになっている様子を勝手に頭が想像していき、さらに頭がパニックになりました。

もうすぐ夫の帰ってくる時間だ!と頭をよぎり、とっさに夫に連絡を取りました。
なんでもない時にはすぐ電話を掛けてきたりするし、こちらからの電話にも出てくれるのに、、この時はなかなか出ない。
またか。。
私は、落胆と絶望の中、余裕のない頭で思考を巡らせます。
実家の父と母に来てもらおうか、、いや、、二時間はかかる。。
騒ぎになるかもしれないけど、ご近所さんに助けを求めるしかないかも。。
いや絶対に嫌だ!騒ぎになるのは。ここぞとばかりに噂をしてクスクス笑うご近所さんしか想像できませんでした。
私視点ですが、その当時、ペットのこともですが、他にもいくつも首をかしげるような対応をされていて不信感も抱いていたし、けん制もされていたし、とても親身になって助けてくれるよなご近所さんをどうしても思い描けなかったからです。
今は周りに頼れない!かたくなにそう思っていました。

夫のスマホに何度も着信を残しました。
おかしいな、、もう仕事は終わっている時間。。なんでいつもこうなんだ!
なんでいつも肝心な時に助けてくれないんだ!
腹立たしさと悲しさとパニックとでぐちゃぐちゃになってさらに症状が強くなってくると、やっと夫から折り返しの電話がかかってきました。

私は「なんで出てくれなかったの!今どこ!早く帰ってきて!!」と
ハアハアと息を切らせながらなんとか自分の状況を伝えました。
「分かった!できるだけすぐ帰る」との返事をもらえたのでその時は少し安堵しました。

夫が帰ってくる間、子どものいる部屋の光景が目に飛び込むと「お世話してあげなくては」と「私が気を失ってしまったらどうしよう」が頭の中で大音量でせめぎ合い勝手にどんどん考えが膨らんで、頭がおかしくなりそうなるので家にいられず、、とにかく外の空気を吸おうと玄関に出ました。でも子どもたちを家の中にそのまま放置するわけにもいかず、、玄関の外に「ハァハァ」とうまく呼吸もできずうずくまりましたがまた立ち上がって、子どもたちに異変を悟られないように家の中をうろうろして、、を繰り返しました。

20分で帰れるといっていたのに、未だ帰ってこず、もう一度夫に催促の電話をすると、道が混んでいるとのこと。。精神のギリギリを耐えて、子どもたちの様子を見に中に入ったり、出たり、また一人でうろうろして何とか夫の帰りを待ちました。

この極限の精神状態、なったことのある人しか分からない。。
私も全くこの体験をしたことがなければ、話をされても、きっと理解できなかったと思います。
一人でこの極限状態を耐え抜くしかないのです。
例え周りに人がいても、発作が治まるまでは本当につらい。

今、当時の私のところに駆けつけられるなら、、背中をさすりながら、
「あなたは偉いよ!!
ホントよーーく頑張ってる!
よーーく一人で頑張ってるよーー!あんたホントすごいよぉ!」
って傍で励まして労って強く強くその頑張りを認めてあげたい。
「ちゃんと知ってるからね!その辛さも。孤独も。ちゃんと分かってる!」

だって自分しか知らない。
もう自分しか分かってあげられないんです。
例え、一生懸命伝えたところで夫には伝わらない。
この極限状態に独り耐えている辛さも、孤独さも、理解してもらえない絶望も。

案の定、帰宅した夫は、(何が起こったのか。何をそんなにヒステリックになっているのか。。?)そんないまいち理解できない顔をしていました。

「ヒステリック」?。。違います。発作なのです。
これは、過度に脳に疲労がたまり、尋常じゃないストレスが蓄積された末に起こる発作。決して、私の性格、気質的なものではありません。

わたしのことを勘違いしないでほしい。特に夫は。
本当は分かってほしい。。
今の今までの環境が・状況が、私をそうさせたのです。
「面倒くさい」が勝ち、負担を考えず、逃げ回って、すべてを私一人に背負わせたあなたが、そうさせたのです。

夫は一筋縄ではいかない人です。
でも決して悪い人ではない。分かっています。
ただ、「ずるさ」を持っています。これを読んでいる常識ある人たちからすると、一緒に生活すれば、恐らく「え??うそでしょ?」となる部分がいくつもある人です。

一方、、
前世というものがあるなら、私は、絶対武士だったのではないかというくらい頭の固い人間です。曲がったことが大嫌い、筋が通らないことは許せない、義を尽くす、人に誠意を尽くす、義理堅く、責任感で動く、、。
戦国時代なら、足元をすくわれて簡単に裏切られてるか、、義や忠義を通してすぐ切腹していますね(笑)

こんな人間だからこそ、なおさらこの「夫」という人間が、、本当に理解できないというか、、許せないというか、、。
もちろん、私が完璧な人間だなんて微塵も思っていません。
むしろ、足りないところがたくさんあるし、苦手なこともたくさんある。
夫は、それを「キャパを超えてでもすべてカバーしろ、何なら俺の分まで」と言わんばかり。夫婦に「協力」がないのです。
パートナーシップとは??
現実は、私の認識と理想とはだいぶかけ離れていました。
夫は、なぜ目の当たりにしても自覚・意識が出来ないのか。。
もう私の意識にギャップがありすぎて、、あの頃はもう、、
私の頭と精神が、、どうにかなりそうでした。。

実を言うとわたしがこんなことになるのは、これが初めてではありませんでした。
引越す前から、夜中に息が出来ず飛び起きるということが何度かあったり、何度かうっすらとこれに近い症状は私に出ていました。
ここまではっきりしたものではありませんでしたが、夫もその時いて、私の様子を目の当たりにしています。

フツー、一度こういったことを目の当たりにしたら、少し気をつけて見てあげようとか、どうしてそうなってしまったのかな?とか、考えたりしないのかなーと思ってしまうのです。。??
せめて、もう起きてしまっているなら「大丈夫?」と寄り添う姿勢は見せてほしい。
彼はそんな時なぜかあえて「距離を置く」戦法で来ます。
それが一番つらかった。
真っ先に駆けつけるのではなく、「面倒なことには触らないでおこう」といくスタンスで来る。
一人で背負ってきたパニック症にはそれが辛かったです。
ここまできてなお「また一人で解決しろよ」と言われているみたいで。
わたしは、頼ってはいけないんだ。手を差し伸べてもらえないんだと思わされました。

私だったら分からないなりに「辛そうだな、どうしたらそうならないようにできるんだろうか?」と調べたり、サポートしたりするんだけどな。。
自分のパートナーのことだったらなおさらね。。
私なら、ね。。

寂しかったなぁ。。
辛かったな。。

頼っていいはずの人に理解されないから頼れない。
期待していい人に期待してはいけない、、。
人に期待はしてはダメだとよく言うけれど、、
これは過度な期待なのだろうか??
私が追い詰められてどうにもならない状況に心の底から「助けて」とは言ってはダメなのだろうか??
これが「過度な期待」だというの??
「辛い時」に「辛い」といってはいけないの?
困ったら助けてほしいは、相手に対する過度な期待だというの!??

そもそも彼は関心がないのかもしれない、、、私という人間に。
私とは、夫にとってそんなに価値を持てない人間なのかな?
私は、人に優しくしてもらう価値のない人間、手を差し伸べる価値のない人間なんだろうか??
結婚までしたのに??
じゃあ、「結婚」するとは何なのかな??

私は、どんどん自分の価値をなくし、彼との関係の中で、自分という人間が壊される恐怖を感じました。

お互いに寄り添って家庭を作っていこうと一緒になったはずなのに。。
少なくとも私はそうでした。。

私の中で、「夫と連絡がつかない」ということが「突き放されて裏切られるかもしれない」という不安感につながっていき、、
このことは、「到底一人ではやれない弱い人間なのに、私は人に助けてもらえない。」という「トラウマ」になっていきました。

~ トラウマになっていると確信したこと ~

あれ以来、夫の帰りが少し遅くなるとまたあの時の不安感がおそってくるようになりました。
夫はいつも朝早いので、何もなければ遅くても夕方六時半に帰ってきました。

夫の帰宅が夕方六時半を過ぎると少し首や背中に緊張が走り不安感の足跡がしてくるので、またあの発作に発展しないように、夫には平常心を装い「今日は遅くなるのかな?」と一度LINEにメッセージを入れます。

不思議と不安感が強い時ほど、夫からの返信は来ません

そして、夜七時を回ると私は落ち着かなくなってきてしまいまい、
ドキドキと動悸がしてきてキッチンにいられなくなります。
手にたくさんの汗をかき、夫からの返信が来るまで、また、夫が帰宅するまでいつあの発作が出てしまいやしないかと不安と一人戦いながら待ち、精神のギリギリのところを崖から落ちないように懸命に耐えます。
これが、夫が帰ってこないときの「テンプレ」でした。

決して、子どもたちには悟られないよう、、一人で戦います。一分一秒がとてつもなく長く感じ、このような経験を重ねるたび、「誰にも頼れない」
「私は孤独なんだ」
という意識が深く深く自分の意識に突き刺さっていきました。

「自分がおかしい。何とかしなくては」と、夫に自分に起きていることを話し、帰宅が夜七時を回ってしまう時は一度連絡を入れてほしいとお願いをしました。

夫は、私の状況が伝わらなかったのか、、
何か自分が縛られるように感じて嫌だったのか、、
日ごろ何かと私に怒られることが多いから好機だと思いこのタイミングで弱っている私を苦しめて仕返しをしたかったのか、知りませんが、、。

夫は何度お願いをしても連絡を入れてくることをしませんでした。
返信がいつまでもない時は、自分を自分で守るために私から電話をかけ確認をとりました。
理由を聞いても何かにつけ、「忙しくて忘れてしまった」「コンビニのトイレに行っていた」など、言い訳をしてきました。
「人のために自分が動きたくない」そんな夫の心理が透けて見えました。

何にせよ、私の症状を軽く見ていたに違いありませんでした。
あのパニック症の症状は経験しないとどんなに怖いか分からないとは思いますが、それでもパートナーがそうなっているのであれば、分からないなりに寄り添う気持ちがあってもいいはずです。
少なくても私なら、そうします。何度も言いますが(;^ω^)

本当に優しくない。本当に。
私は、本当に人に優しくされない人間なんだなあ。。
この人は、私となんで一緒にいるのでしょうか?
私は、なんのためにこの人と一緒にいるのでしょうか??

いやいや、、ダメだ。
そんなことを考え出してしまうと、どんどん気持ちが底に落ちて行ってしまうので、ごちゃごちゃと考えることはやめました。
現実は何だろうとそれを探すことを辞めました。
自分を守り、日常を保つために。

あの時「人が壊れるって、案外簡単なんだろうな」と悟りました。

ある日、夫が珍しく七時前に「今日は遅くなる」と連絡をくれました。
しかし、いつ帰ってくるか、なんで遅くなるのか、詳しいことはメッセージには書かれていませんでした。
「忙しいのかな?仕事で何かあったのかな??今は詳しく説明する余裕がないくらい忙しいのかもしれないから、もう少し待ってみよう。。」

七時を過ぎたあたりから動悸がしてきましたが、この時間に帰ってこないことが分かていたのでいつも夫の係りだった「子どもたちをお風呂に入れること」を一人でやりました。
小さい子三人をお風呂に入れるのに加え、あがった後もやることはたくさんあるのでいつも二人で手分けしてやるのですが、、それを普通の体調と体力ではない状態の今の私が一人で行うのはかなりきつかったです。

息が苦しくなり、エレベーターで降りているような立ちくらみ、意識も極度に疲弊したときのように朦朧としてきて、、
それでも、子どもたちが不安にならないように気丈にふるまい、パパがいないからと不安にならないように楽しくみんなで過ごし、なんとか三人の寝かしつけまで終えました。。

その間も、やはり私は自分の体力と体調が不安で、できるだけ夫に早く帰ってきてほしかったので、何度もメッセージを送りましたが、、既読すらつきませんでした。

夜十時を回り、ついに症状が出始めました、、。発狂しそいうになり、外に出ても真っ暗、、そのせいでさらに緊張状態になり、家に戻っても息が苦しくなり、うまく空気が吸えません。

「どうしよう、、どうしよう、、子どもたちは寝ているし、、意識がなくなったらどうしよう、、まだ意識があるうちに救急車を呼んだ方がいいだろうか??ダメだ、、救急車に寝ている子どもたちを起こして全員を乗せるのか?無理でしょ!、、実家の父母に来てもらうか?二時間かけて?来てもらっても深夜になってしまう、親に負担がかかりすぎる。
ご近所さん、、こんな夜中に?ダメだ。どうしよう」
とにかく慌ててしまいました。
でもそこには私一人、、。
とても狭い、窓のない空気の入れ替えが全く出来ない部屋に一人で閉じ込められてるような感覚。。
一人で抱えきれず、「とにかく誰かと話したら違うかも」、、
痺れてきた手で、実家の母に電話をしました。
いつもはスマホにすぐ出ない母が珍しくすぐ出てくれました。
「こんな時間にどうしたの?」と声をかけてくれたので、私は堰を切ったように今までの事情を話しました。じっとしていられないで家の中を歩き回りながら、連絡がつかない夫への不満と心配、今の私の体の事、夫に自分の体の事を話したのに未だに軽く考えられてたこと、、。

私は、母には「夫に大切にされたいないこと」を「可哀そう」だと思われたくなかったところがありました。
実家を離れ「きちんとやれている娘」でありたかった。
それまでまじめな優等生だった私が、結婚を見据えた準備をしてはいたけど結果、流れとしてはいわゆる「授かり婚」になってしまった経緯もあり、、また相手の家族が不誠実だったこともあり、母にはいろいろと納得がいかない部分もありました。
だから、夫の不誠実さや彼の(根っから悪気のない)物事への考えの軽さ・浅さなどが私の家族に露呈すると、私の両親をがっかりさせ、また一段と心配させ、そしてそんな夫と結婚してしまった私が責められているような気がして、、親の心配や落胆の顔を見たくなく、助けを求めることに関して気持ちが重くなっていました。
だから、夫の穴を両親に埋めてもらうようなことはあまりさせたくなかったし、頼めないなと思っていました。

ただ、、彼と結婚することには今でも不思議と心に迷いが全くなくて。
これが「縁」というものなのでしょうか。
私はその縁を受け入れなくてはいけず、何か苦しければ、自分で改善しなければいけない、という道しか私にはなかったのです。
理屈が通っていないと気が済まない私が、不思議なんですけど、、
「あぁ、決まったいるのだな」と思ってしまうほど、夫とのいろんなことがあれよあれよとこれまでの人生にないくらいのスピードで進んでいきました。

今考えても、私には他に選択肢がなかったし、何度自分に聞いても結婚は決まっていたってわかるんですよね。大きな理由は特にありません。そう決まっていたという感じでした。おそらく、彼と結婚しなければ、私は今も結婚はしていなかっただろうと思います。
「恋愛」とか、そんなものでは説明できないような気がしました。
何度も言いますが、思考過多で生きてきた私には、夫との結婚はとても不思議なほどスムーズな展開でした。

話しを戻しますと、、(笑)
結果、母と話して家の中をうろうろしているうちに、呼吸も落ち着いていき発作は治まっていきました。

その時の母は、私を刺激することがないように強く「感情」や「言葉」を出すことをせず、「うんうん」と優しく私の話を聞いてくれました。

「もう少ししたら、きっと○○くんとも連絡が取れるよ。大丈夫よ。」と声をかけてくれ、私が落ち着いてきたのが分かり、母は電話を切りました。

母と電話をして落ち着いたけど、まだ震えている手で、もう一度夫に電話をかけてみました。
すると、ようやくつながり、、
言いたいことをたくさんたくさん我慢して、何をしていたか聞くと、、

仕事仲間に「パチンコ」に誘われ、その人がフィーバーしていて帰れなかったというのです。

それを聞いて、夫と連絡がついたこと、仕事のトラブル・何らかのトラブルに巻き込まれていなかったという安堵感、、と同時に、本当の理由(ホントかな?)について拍子抜けしてしまったこと、そして今までの経緯を踏まえて「なぜ?連絡してくれなかったのか?」という強い疑問と、とてつもない怒り。
私の中にはたくさんの言葉が大渋滞で何から吐き出していいのか分からなくなりました。

頭の中のたくさんの声が一つに集まり両目から飛び出さんとしていました。くそ!くそ!くそ!くそ野郎が!!!!!!!!!!!!!!
わたしにこんな思いをさせやがって!!!畜生が!!!!!!
(汚くてすみません。。でも正直なテンション。。)
私の健康な日常を返してくれよ!
前はこんなことなかった!
悔しくて悔しくて、その言葉たちが涙として目にいっぱいいっぱい溜まっていきました。

この状況においても、連絡を無視し続け、私に理由を言わなかった言い訳は、、
「めったにいかないパチンコに誘われて気乗りしなかったけど、断れんなかった」「聞いてもどうせダメだといわれると思った」とのこと。
連絡が出来なかったのは、、
「店内がうるさくて連絡に気づかなかった」とのこと。

どれも、自分の保身に走った薄っぺらいくだらない言い訳でした。

どんな理由にせよ、、
この期に及んでも、微塵も私のことを考えていないことが分かりました。

「断れないから、付き合いで行ってくる」となぜ言えなかったのか??

私が「日ごろから責めているから、夫に言えなくさせているんじゃないの??」と思いますか??

そのとき夫も、日頃のことを都合よく解釈してその時そのようなことをいっていた気がします。
はい、きた、責任転嫁。
ホント、都合がいい。馬鹿げてるくらいに自己中な解釈。

私は、日ごろ飲み会にも付き合いにもってきていいよと言っています。
それが付き合いなら全然構わない。私も以前は働いていましたし、そのようなこともあるでしょう。
ただ、今、子どもたちも小さいし、私の体調もおかしい状況。
一緒に住んでいて、毎日何がどんなに大変か見ているわけで、、。
だから、せめて、「○○に行ってくる」「帰りは○○頃になっちゃうよ」とか、連絡が欲しいといっているのです。
私の要求は言ってしまえば、それだけ。

その大変なことを体調のおかしい私一人が請け負うわけです。
頼る人もいない中で。
「きちんと説明と連絡があれば、私なりの心の準備と対策ができるから」と説明をしてきたのです。
それにせめて、一言私に「お願いね」ということができないのでしょうか??

このような家庭状況を把握しておきながら、「説明・連絡」してというのはそんなに難しいことなのでしょうか??
これが、彼の自由を奪うことなのですか??

もちろん、夫に大激怒し、泣きながら再再再再再再度目の説明をしました。

夫は、
「分かったよ、もう二度とパチンコにはいかないよ」
それが答えでした。

伝わっていなかったのです。
この期に及んで。
全く。

むしろ、逆ギレしているくらいでいってきました。
また、自分の都合のいいように解釈してね。
「俺は息抜きでほんの少し遊びに行くことも許されない」
そんな風に、他責にして都合よく、ね。

私:「私はそんなことは言ってない」
夫:「いや、もうパチンコはいかない、金輪際いかない」

いや、だから、違うんだよ。そこじゃないだって。

この人、ホントに脳みそ回路どうなっているんだろう。
いや、見下すでもなく、差別とかでもなく、、
本当に、脳みそ回路が普通の人と全く違う作りなんじゃないかと感じました。私の常識を覆される思いでした。自分の立っているところが分からなくなりそうでした。

悲しかったなぁ。。確かに彼は自分のことで常に精一杯だったのかもしれません。
でもこの時期は、、
私がボロボロになってしまっていたのが誰の目にも見えているこの時期だけは、、

自分を少し置いても私に寄り添っていてほしかったです。

今思い出しても「私ってやっぱり大事にされてなかったのかなぁ」なんて思います。。当時からそんなこと分かってましたから、ボロボロ真っ最中でその事実を目の当たりにすると尚更辛かったですね。

体もしんどいのに、支えられることもなくむしろ逆に精神もえぐられて。
頼れる人もいなし、相談できる人もいない、、子どもたちとの生活は待ってくれないし、自分より子どもたちを優先させないといけない、なんと八方塞がりな状況。。

おかげでその後パニック症はひどくなり、電車に乗れない、遠くに行けない、高速道路に乗れない、、色々とできないことが増えていきました。
私はこの後(のち)心療内科に通うことになりますが、一年通院して薬を飲んでもよくなるどころか体がますますおかしくなってきたので、自分で調べたり専門のコミュ二ティーに入って情報を集めて現状を把握して、方法を実践したりして自分を改善へ向かわせました。
もう根性と根気ですね。このままで終わりたくないという意地した。
私の場合、自分を助けてあげられるのは、やはり自分しかいないのです。


「夫の自尊心について」

~自尊心の前にまず「覚悟」~


夫は、自分に負荷がかかること・特に自分の仕事に影響があることに関しては自らのポリシーを侵されるようで嫌悪感を持つようでした。

夫は、「俺は仕事あっての自分、何より仕事を最優先したい」
という考えを固く持っています。

もちろん、夫が言うように仕事をし収入を得てなければ家庭は守れません。
確かに、「家庭」基盤には、経済的な安定は必須です。
ただ、きれい事に聞こえるかもしれませんが、、バランスは最低ラインは保ったまま、時には、仕事より優先させなければいけないことってあると私は思っています。

何を優先すべきかの軸をはっきりしておけば、何が何でも「仕事優先」ではなくても、大事なものを優先させるために「仕事」の位置づけを少し下げることになっても「やり方・方法」はいくらでもあると私は思っています。例えその方法を見つけるのに時間がかかっても、探せば他の方法はきっとあると信じています。

しかし、彼の中の「仕事」は何かもっと「利己的」な意味合いがあるような気がしていました。
彼にとっては、自分の仕事(自営です)は自分のプライド・尊厳であるようで、その聖域を犯すような流れや雰囲気が少しでもあると、
「めんどくせーな、俺の邪魔をしてくるなよ」といわんばかりに、家族・家庭の厄介事関わろうとしてこない。
「勝手にそっちで解決してよ。」と
口を出してきてくれない夫から、そんな声が聞こえてくるようでした。

一方の私は、子育てや環境を整えるために、好きな仕事と今までのキャリアをある意味、犠牲にしてきたのに。。
ただ、必要なことだと思ったしやらなければいけないことだと思うから、私は腹を決めました。本当はできることなら続けたかった。でも当時それを許してもらえない状況ばかりでしたから。。
そもそも家庭のことは私一人で背負ってやることではないし、始めからそのつもりもありませんでした。
だって、私だけの子どもではないし、私だけの家庭ではないもの。
私だけでは子どもを作ることはできないですしね。

なぜ、あなたは今まで通り同じポリシーをもってやっていけると思ったのかな?逆に。って話です。

今このような話ができるのは、私が彼に長い年月根気強く働きかけて、彼の意識が約10年かけてほんの少しづつ変わってきたなと、ようやく、最近思ったからなのですが、、。
その代償として、私は、「私の体の健康」と「子どもとの余裕のある時間」を犠牲にしました。

私には長い時間かけてでもこの男を改心させ意識させる必要がありました。私は乗り込んでしまったんです。私の選んだ「人生の船」に。
私にはその意地もありました。ただ、とてもしんどい道でしたが。

「その人がいいって、自分が選んだんでしょう?だったら文句言わないで」
無神経な人は、そう簡単に吐き捨てますよね。
でも、こんな思いをするとは、、こんなにも悲しい気持ちになる経験をするとは、、始めから知ってる人っていますか??
みんなわかっていたら、これまで「離婚」なんて存在しない。
「これは離婚するな」ってわかっていたら、そもそも結婚なんてしないでしょう??誰も。

「じゃあ、あなたの見る目がなかったんだね」

それって、それを言ってる人の目と考えが薄っぺらい。
そんなに簡単じゃないですよね?人間って。夫婦って。
逆に「見る目がある人」ってどんな人?
そんなに失敗しないで生きてこれた人って世の中にいますか?(笑)
あの人もこの人も、「人」ってそんなに簡単じゃないから、人間関係のトラブルってどこに行ってもあるわけです。
「その人を選んだあなたの責任」なんて簡単に言われたくない。
むしろ、責任は持っていたからここまで来たわけで、、来れたわけです。

ああ、この人と結婚するんだな。。その感覚は
私にとって確かなものでした。何度も言いますが、、。笑
覚悟はあって、その覚悟があるから犠牲にしてきたものもある。
だけど、当然あると思っていた相手の覚悟が、予想をはるかに超えて常識を超えて驚くほど低くかったとしたら??(笑)
え?そう来る?的な、、(笑)

結婚すれば、、子どもが生まれれば、、責任って変わるでしょう??
意識だって当然変わるでしょ??
だって、目の前の事柄が今までとは、まるで変わるんだから。
意識も責任も変わっていく、、自然なことではないですか??

なんで、相手(パートナー)にまかせておいて、自分は今までと同じスタンスでいけると思うんでしょうか??
ましてや、女性は出産すれば体までが全く変わってしまうし。妊娠・出産て当たり前にできることではない。命を削てするものです。
女性は、身をもって経験して自覚するんです。
出産していない女性だって、姓が変わって、働き方も変わてる人だっているかも、、やっぱり身をもって自覚する。
でもなぜ女性だけ??
今後の覚悟は誰にだって必要なはずです。

私はそちらの方が不思議で、理解が出来ません。
だって、結婚する、、一緒に頑張っていくって、、決めたのでしょう?
私は覚悟が決まっていますよ?だから結婚したのです。
覚悟とは、「一人で背負う覚悟」ではない。
「一緒に家族を作っていく覚悟」です。

この男は、私にとって縁のある人間であり、最大の敵であり、最後は「お互い」にとって「最大のパートナーになる」はずの人です。

夫とは基本的な性格の相性は確かに本当に悪くない。
ノリも笑うツボも全く一緒だし(笑)

ただ、私が生きていく上で大切にしたい部分、、
そんなに高望みなことではありませんよ、、?
それは「人に対する思いやり。人や物を大切にする気持ち」。

みんな、基本的には大切にしたいと持ってることではないでしょうか?

出会った時から、彼の「子どもの様な純粋さ」が人より強いことは分かっていました。
そして、その純粋さを持ちながら人に対しての感情への無知さ・関心の薄さがあり、普通の人より大きく何かが欠けているような感じにも気づいていました、、。
分かっていいたなら、結婚する前に離れてしまえばいい、、。
そんな簡単な話ではないような気がしました。
何かもっと根が深く、私は彼と進むためにはそこに関わらざるを得ないといけないのかもしれないという予感もありました。

「男って~だからさ・・・だから何?」


「男って単純だから・・」とよく言われますよね。
私は、男の人ってむしろとても計算高いと思っています。
単純なように見せて、とても冷徹。感情に流さとれず、自分がいかに損な立場にならないかを本能レベルで実行している。。
と感じています。

私が見てきた人たちがそうだっただけかもしれませんが、、(笑)
女の人にもそんな人たくさんいるしね。
ただ、何か男女で質が違うような気がします。ポイントは「感情に流されてない」ってところかもしれません。
女性は感情で動く人の方が多いと思うので。

多様性とか言われる時代、、単純に男女で分けるのはナンセンスかもしれません。
ただ生物上の特性レベルで、大まかざっくり分けるとそんな傾向にあるのではないかという、いち個人の勝手な仮説です。

私は家庭の現場でそれをより強く感じました。
夫は、目の前に、精神的・物理的にも無理な状況をたった一人抱えて潰れそうなパートナーがいても、「自分を犠牲にして手を差し伸べるまでもない」と日常的に自分中心に物事を考えている。。

「あなたが助けてあげたいと思わせる女性じゃなかったのでは?」
そんな意地悪なご意見がありますか?

私が、それに値するかしないかは関係なく、有無を言わせず、「パートナー」になった以上はそうしていくのは自然なことだと思っています。
そのために一緒にいるのでしょう?と思てしまう。

結婚とは「自由をなくす」ということではなく「もっと自分の可能性を大きくしていくため」。にするものだと思っています。
もちろん、お互いがです。
一緒にいて成長が望めない関係に、意味があるのでしょうか?
もちろん価値観は人それぞれなのですが、わたしはそこの考え方がとくに強いかもです。

ましてや「子育て・家庭運営」に夫婦が協力し合うのは当然だと私は考えています。
そこに自分の「利己的な思考や、損得、優位性」、そんなもの持ち込んでいたら、関係は成り立たないと思うのです。
「そこ」は、常に関係性やパワーバランスが変動しているし「平等」はないからです。

これ、ちょっと怒られるかもしれないけど、、(;^ω^)
私はそれらを持ち込む男性(夫)を見ると、どれだけ今まで自分の母親にフォローされてやってきてもらったんだろうかと思ってしまいます。。

無論、私は夫の「お母さん」ではない。
義親からお世話係を引き継いだわけもなく。
あなたのパートナーです。
私は仕事よりキャリアより家庭を大事に思い優先しました。ホントはやりたいことだってたくさんある。。でも、今は優先することがあるから自分の中でたくさんガマンもしてる。そんな思いでいる私に対して、無責任な「丸投げ・逃げる・利己的に立ち回る」ってなんなんですか??
本当に、私に対して誠意的ではない、と思いました。


う~ん、ここまで当時の感情を吐きに吐きまくって吐き出したけど、、
私のネガティブな吐露話にお付き合いいただいた方、、本当にありがとうございました。
不快な思いをさせてしまったら、、本当にごめんなさい。。

吐き出すところまで吐き出して、時間を置き、心に小さな空間(余裕)ができたところで、ようやく次の段階に進める気がします。
次は「相手の立場を考えてみる」ということをしてみる。

夫と家庭を持ってみて約11年、、始めよりも彼の扱い方、納得できないことの受け流し方、割り切り、境界線の引き方等々、、頑固で頭ガチガチの私は日々試行錯誤、トライ&エラーの繰り返しでした。
しかし、相手との関係を考えることが、本当の自分と向き合うことにもなっているなと感じることがあります。

11年前の私より、やっぱり柔軟にはなってきたと思っています。
ひたすら「我慢!我慢!ガマン!!」ではなくなってきました。
それは、私のからだが教えてくれたことではあります。
このことについては、別の機会でじっくりお話してみたいです。

目の前に起きてくる出来事だけではなく、相手の生い立ちや背景を含めて
時間をかけて相手を理解していく。。

それが「夫婦になっていく」ということなんだろうなとも思いました。


” 男って、そんな生き物のだよ ”
そんな「テンプレ」みたいなこと言われても現実問題、納得いきません。
それなら、、
は?「女だって、そんな生き物だよ?」
そんなので許されるなら、みんなこんなに苦労してない。
目の前の現実に真剣に向き合ってるから、そんなこと言ってる場合じゃないって肌で感じてるから、「自分に蓋をして」でもまずは目の前のことをやっていかなければいけない。

「家庭・育児」の前では「立場の差」なんてないと思っています。
夫も、妻も、同じ方向を向いていなければ成り立たない。
そして、連携プレイ、協力、、チームワークです。
どちらかだけが負担を背負うなんてあってはいけない。

前を向いて進む原動力はやはり「相手への思いやり」。

大事なのは、「何ができるか」よりも先に「どう思っているか」、、
そして、それを相手に伝え、相手に知っていてもらうことだと思います。

色々いってきましたけど、、結局のところ、
夫婦が「信頼関係を築けているか」
相手は何を困っていて、それに対して自分はどこまでしてあげられるのか?
そして相手はそれを知ってくれているか?

それには、「ホウ・レン・ソウ」必須!!
これしかない!何ならこれだけでいい(笑)

「ここは会社じゃないよ、家に帰ってもそんなことしたくない」
そんなことはないですよ。
多くのタスクを抱える家庭では、大人二人と言えども小さな会社の様なもの
「報告・連絡・相談」は家庭では夫婦の信頼を保つための必要事項です。
ここで、夫婦間の誤解やズレも修正できるんですから。

長々お付き合いしていただき、ありがとうございました(´▽`*)
次回は、後編「トラウマ化した出来事をいよいよ克服していくお話」と「夫について少しづつ理解を深めていくお話」です。

ソルトでした。
ではでは(´▽`*)





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